素人質問で恐縮ですが、初デートで映画館を選んだ理由を教えてください
「は!? デートすることになった!?」
教室中に響くほどの大声で驚いたのは、制服をだらしなく着崩して薄い金髪のチャラそうな男子生徒の棟方。
デート、という高校生なら強く興味を惹かれそうな内容なのだが、彼があまり関わりたくない人物なのかクラスメイト達は近寄って来ない。一人を除いて。
「何々? 何の話?」
興味津々と言った感じで近寄って来たのは、噂話と恋愛話が三度の飯より大好きな小動物系女子の立柳。
彼女は彼らの元へ辿り着くと、早速棟方の会話相手をロックオンした。
「もしかして佐藤君が誰かとデートするの?」
「う、うん」
佐藤は良く言えば大人しく、悪く言えばキョドりがちな男子生徒であり、今日も普通に話しかけられただけなのにオドオドしている。
「わぁ!おめでとう!相手は誰なの?」
「二組の光永さん」
「え!? あの光永さん!? うっそおおおお!」
立柳が驚くのも当然である。
光永といえば校内で知らない人が居ないとすら言われている程の美少女であるからだ。
物腰や雰囲気がとても柔らかく、艶やかな長い黒髪が特徴的な光永はやまとなでしこだと男女問わず評判が高い。
そんな彼女を恋人にしたいと狙う男子生徒は数多く、その全てが見事に撃沈した。誰かと付き合う気が無いのだと誰もが思っていた彼女が、突然男子とデートするなんて話を聞かされたら驚きもするだろう。三人に近づいてこないクラスメイト達も耳をそばだてて聞いている。
「凄い凄い。超凄いよ、ねぇ棟方君」
「あ、ああ……」
最初に大声をあげた棟方は、佐藤を祝福するという雰囲気ではなく頬をひくつかせていた。
「(クソ! 俺をフッた癖にこいつを選ぶなんてどういうことだ!)」
棟方は佐藤よりも前に光永に粉をかけようとしたのだが、全く相手にしてもらえなかった。
「(こいつがフラれたところを馬鹿にしてスッキリするために告白しろって唆したのに、ふざけんなよ!)」
棟方と佐藤は決して心を許した友人関係という訳では無かった。
佐藤の失敗やキョドりを侮辱して、イライラした気持ちを発散させる。これまで何度も繰り返されてきたことであり、クラスメイト達が彼に近づかないのも巻き込まれたくないからだった。
「それにしても良く告白しようと思ったね。こんなこと言うと悪いけど、佐藤君って告白するようなタイプに見えないから」
「む、棟方君に好きなら告白しろって言われて……」
「棟方君ナイスアシストじゃん」
「(クソがクソがクソがクソが超ムカツク、佐藤も光永もぶん殴りてぇ!)」
だがここで物理的な手段に出たら停学退学待ったなしだ。口も態度も悪いがこれまで問題になっていないのは、致命的なラインを越えないような狡猾さがあるからだった。
「(いや待て。落ち着け。こいつが女とデートだと? こんな挙動不審野郎がまともにデートなんか出来る訳が無い。無様に失敗するはずだ)」
佐藤が情けなく失敗する様子を想像して気持ちを落ち着かせる。
誰かを貶めなければ平穏を保てない腐った精神の持ち主。
「お前デートなんか出来るのか?」
「え? あ、どう、だろ、一応プランは考えてあるけど」
「ほーん」
「女子と沢山付き合ってる棟方君からしたらつまらない内容かもしれないけど……」
クラスでは関わりたくないと思われている棟方だが、女性と付き合った経験はかなり多い。
今は怒りできつい雰囲気になってはいるが、普段は軽くてチャラくて口が上手く顔も悪くないため、楽しそうだから試しに付き合ってみても良いという女子がそこそこいたのだ。
「いやいや、俺でも堕とせなかった光永を堕とした佐藤先生には敵いませんよ」
「せ、先生!? 止めてよそんな呼び方!」
「参考までにどんなデートプランを考えているか教えて貰ってもいいですか?」
にやけ顔になり、ふざけて丁寧語を使い、心にもないおだて方をする棟方は、佐藤を侮辱する気満々だった。
「う、うん。といっても、映画を見て、カフェでお話しするくらいだけど……」
佐藤が考えたのはド定番の映画館デートだった。
だがこの話を聞いた棟方の笑みが更に悪い意味で深くなる。
「素人質問で恐縮ですが、初デートで映画館を選んだ理由をお聞かせください」
「それ絶対素人じゃない奴だよね!? 映画館デートって普通、でしょ?」
数ある定番の中から、これなら自分でもこなせそうだと思ったものを選んだのだが、どうやら問題がありそうだと佐藤は戦々恐々だった。
「もちろん映画館デートは素晴らしいアイデアだと思います。ですが、相手の好みが分からないのに、どの映画を見るつもりなのでしょうか」
「うっ……そ、それは、今人気の奴にしようかと思って……」
「人気があっても相手が好きとは限らないのでは。そもそも相手が映画が好きかどうかご存じなのでしょうか」
「あ……う……」
顔を青褪めて戸惑ってしまう佐藤の様子を、愉悦に満ち溢れた表情で全力で堪能する棟方。
確かに映画館デートは相手の好みによって成否が左右される可能性はある。友達から恋人になった時のようにある程度相手の好みを把握しているのであれば、あるいは事前に相手と映画で良いかのすり合わせが出来ていれば問題無いのだが。
「棟方君ったら、そんな意地悪言わなくても良いじゃない。ねぇ、佐藤君、映画を見に行く話って光永さんに伝えてあるの?」
「ううん、デートプランは任せる、当日楽しみにしてるって言われちゃって……」
「えぇ? あの光永さんがそんな相手を試すようなことするなんて」
光永が女子からも人気が高いのは、彼女の性格が良いことが大きな理由となっている。
いくら自分が告白された側とはいえ、一方的に相手に任せるようなことはしないはずだというのが立柳のイメージだった。
「そんな試すだなんて。きっと光永さんは僕がやりたいことをやって良いよって言ってくれてるんだよ」
「すっごいポジティブ。でもそうでも思わなきゃプレッシャーで潰れちゃうか」
ただでさえ美少女とのデートというだけで緊張してしまうのに、もしもそれが試されているだなんて考えたらその緊張が大爆発してしまう。そうならないために精神的な自衛が働いたのか、あるいは佐藤が元々相手の考えを好意的に受け止めるタイプの性格なのか、どっちにしろギリギリのところでメンタルが保たれていた。
「でも確かにそうよね。光永さんがそう言ったなら、佐藤君がやりたいようにやれば良いと思うよ」
「ああ、俺もそう思うぞ」
立柳は善意から本気でそう思ってアドバイスしている。
一方で棟方は好きにやって大失敗しろと呪っていた。
「う、うん。二人ともありがとう。僕頑張るよ」
デートのことで頭が一杯であり、二人の内心など全く気付かない佐藤であった。
ーーーーーーーー
デート当日。
待ち合わせ場所は映画館が入っているショッピングモール。
その中で待ち合わせに良く使われる広場に佐藤が立っていた。
「うっわ、だっさ」
そしてその佐藤から離れた所で、佐藤の服装を侮辱する不審な男性が一人。
棟方である。
「あれでデートするとか光永かわいそー」
佐藤の服はファッション誌で紹介されている物を適当に切り貼りしたようなもので、全く似合っていなかった。佐藤本人もそれは気付いてはいるのだが、ファッション誌に載っているのだからこれが世間では格好良いと思われていて自分の感覚が間違っているだけだと思い込んでいた。
いきなり面白いものが見れそうだとほくそ笑む棟方。
そんな彼に真横からいきなり声が掛けられた。
「確かにアレは無いなぁ。アドバイスしてあげれば良かった」
「うお! た、立柳!?」
「やほ。覗きとは趣味が悪いね」
「な、なんでお前がここにいるんだよ!」
「さぁ、何ででしょう」
こっそりデートを覗き、大失敗するところを堪能しようと思ってこの場に来た棟方。
では一体立柳は何のためにここに来たのだろうか。
「あ、光永さんが来たよ。うわぁ、超綺麗」
「チッ」
本来であれば自分が彼女の隣にいるべきだ。
そう思ったら舌打ちが出てしまった棟方だが、すぐにその暗い気持ちは消え去ることとなる。
『変わった服装ですね』
などと言われて佐藤が挙動不審になって慌てていたのだ。
「(そうそう、これを見に来たんだよ。ざまぁ)」
想像通りの無様な姿を見られて笑いが止まらない。
恋愛で佐藤に負けてズタズタになったと感じていたプライドが修復されようとしている。
「あれじゃ相手を辱めるだけだ。デートなんて止めちまえよ」
それは棟方の歪んだ願い。
みっともない服装で臨んだことで、デートを開始することも出来ずに終わってしまう屈辱を佐藤に味わってほしい。その姿を見て全力で嘲笑してやりたい。
だがその願いは叶わなかった。
二人は並んで映画館に向かって歩き出したのだ。
「チッ、あいつがそんな気遣い出来るわけないか。光永も可哀想に」
相手を気遣ってここでデートを終わらせるような判断が佐藤には出来なかったのだと推測する棟方。このままでは光永は超絶ダサイ相手とのデートを続けなければならず、苦痛でしかない。
「まぁそれはそれで良いか。俺をフッたあの女も苦しめば良い」
そしてその姿を見ることもまた、棟方にとっては心地良いものであった。
だがしかし。
「そうかなぁ。光永さん、満更では無さそうな雰囲気だけど」
「あぁ?」
立柳に言われて新ためて光永の表情を確認すると、嫌そうな感じがするどころかむしろ楽し気だった。
「どういうことだ?」
ダサイ男とデートするだなど、普通に考えたら嫌で嫌でたまらないはず。
それなのに光永が全く気にしていない様子なのが棟方には理解できなかった。
再び嫉妬という闇が彼の心を覆い潰そうとしてくるのだが、それはすぐに霧散した。
『この映画ですか。もう一度見たいと思っていたので助かります』
選んだ映画は、すでに光永が見たことがあるものだったのだ。
彼女の言葉通りに受け取るならばそれでも問題ないかもしれないが、この状況だと『せっかく選んでくれたのだから断るのは申し訳ない』とフォローしているようにも聞こえてしまう。実際、佐藤はそう感じたらしく盛大にキョドっていた。
「ぶははは! だから映画は止めろって言ったのに!」
休日で騒がしい映画館だから腹を抱えて盛大に笑っても佐藤達には聞かれないだろう。
だが近くの人に怪訝な顔をされ、隣の立柳が嫌そうな顔をしていた。
映画の最中に覗き行為は不可能だ。
かといって棟方は映画を見るつもりは全く無い。
「立柳、一緒に見るか?」
「何言ってるの?」
一応立柳を誘ってはみるものの、彼女は心底嫌そうな顔になり何処かに行ってしまった。
棟方の嫌なところをこれでもかと見せつけられているのだから当然の反応だろう。
「ふん」
棟方も立柳の攻略はもう難しいと分かっているため食い下がることもせず、何処かに去って行った。
そして映画が終わりそうな頃。
二人は揃って映画館に戻って来て佐藤達が出てくるのを待つ。
映画中に何かトラブルがあったなんてこともなく、かといって映画の内容で盛り上がるなんてこともなく、二人は普通に出て来た。
何かあったとすれば、ポップコーンを食べきれずに処理をどうすれば良いか焦って困った姿をまた棟方が小さく鼻で笑った程度か。
佐藤達はショッピングモールから外に出て、街のカフェへと向かった。
ここで佐藤が本デート最大のミスをしでかしてしまうことになる。
『臨時休業!?』
なんと予定していたカフェが開いていなかったのだ。
「ぎゃははは! 前もって調べておかないからこうなるんだよ!」
実はカフェのホームページに、この日に臨時休業になることが告知されていたのだ。デートでここにくることもそのことも棟方は知っていたが、わざと佐藤に伝えなかった。
店の前でおろおろキョドる佐藤だが、この時点ではまだゲームオーバーというわけではない。
念のため別の店も候補として用意してあった。
だがしかし。
『一時間待ち?』
いざ目的のカフェに辿り着いたは良いものの、店の前には長蛇の列。
最後尾には最低でも一時間待ちという札が用意されていて、今から待ったとしたら夕方になってしまいゆっくり話をすることも出来ないだろう。
「ひー!ひー!人気のカフェなんだから当たり前だろ!」
これまた棟方は知っていたが言わなかった。むしろこうなることを期待して、この時を楽しみにしていたのだ。
『え、ええと、あの、ええと……』
予定が完全に狂ってしまいどうすれば良いか分からずパニックになってしまっている佐藤。
デート中に情けない失態を晒してしまうこの状況を見るために棟方は後をついて来たと言っても過言では無かった。
自分はフられて佐藤がデートしてもらえたことによる鬱憤が一気に晴れて行く。
佐藤が惨めな思いをし、光永もまた嫌な思いをたっぷりしているだろうと思うと、快感すら感じられる程だ。
結局佐藤達がどうなったのか。
焦る佐藤に光永が声をかけて、何処にでもあるファミレスのチェーン店に入ることになった。
意気消沈していた佐藤は映画の感想を語ることも出来ず、かといって普通の会話もままならず、一言二言ボソボソと話をするだけ。会話が盛り上がっているようには見えない地獄の空気。
そんな二人を棟方達は遠くの席から眺めていた。
佐藤の表情が見える席に座っているので、光永は背中しか見えず表情は分からないが、今の佐藤の正面に座って楽しい筈が無いと棟方は考えていた。
やがて陽が落ちて来て二人はファミレスを出る。
予定ではカフェを出たら真っすぐ駅に向かってそこでデートを終えてそれぞれ帰ることになっている。
佐藤達は無言で歩き、すぐに駅についてしまった。
せっかくの美少女とのデートなのに、佐藤は『もう終わってくれ』とでも言いたげな悲壮な表情だ。
『佐藤君、今日はありがとう』
デートの最後、光永が佐藤に声をかけた。
今日一日で情けない姿をたっぷりと晒してしまった佐藤と付き合いたいだなと思わないだろう。
二人の関係はここで終わりを迎える。
棟方も、あるいは棟方でなくともそう思ってしまっておかしくない状況。
だが。
『とても楽しかったわ。これからもお付き合いしましょう』
棟方の期待は裏切られ、光永は佐藤と付き合いたいと宣言したのだ。
「は?」
これには棟方も間抜けな声が出てしまう。
現実が受け入れられず呆けてしまう。
だがそれが事実であると理解すると、たちまち全身が沸騰するかのような怒りに襲われた。
「ふざけるな!」
「あっ、馬鹿! しまった……」
そして大声をあげて佐藤達の前に姿を晒してしまった。立柳が慌てて止めようとしたが、あまりの勢いで止められなかった。
「え、棟方君? どうしてここに?」
きょとんとする佐藤。
怒りで顔が真っ赤の棟方。
止められず苦笑いの立柳。
そしてすまし顔の光永。
突然のことに全く動揺しておらず、まるで覗かれていたことに気付いていたかのようだ。
「こんな奴の何処が良いんだよ! 服はダサいし、デートプランも相手の事を全く考えられてないし、面白い話も出来ないし、いつもキョドっててキモいし、付き合うとかありえないだろ!」
「棟方君!?」
佐藤はこれまで棟方から酷い言葉を投げかけられたことが何度もあるが、ここまで強く貶められたことは無かったのだろう。酷くショックを受けていた。
「いきなり酷いことを言いますね。どちら様でしょうか。あなたが何を知っているのか分かりませんが、私は楽しかったので怒られる筋合いはございませんが」
「楽しかった!? あんなのが!? だったら俺ならもっと楽しませてやれる!」
「と言いますと?」
「見れば分かるだろ! 俺なら並んで歩いても恥ずかしくない! それにデートも……夢の国を選ぶ!」
光永の通学鞄には夢の国のキャラクターの小さなキーホルダーがつけられている。棟方はそれを確認してあったのだ。細かな部分をチェックして相手の好みを把握するのが棟方が女性を口説く時のテクニックの一つだった。
「あるいはこいつと同じデートコースだったとしても、見たい映画が無さそうな反応だったらショッピングデートに切り替えるし、カフェだって予約できる場所を選んで待たせない。話題だって豊富だからどんな話でも盛り上げられるぜ」
佐藤のような失態は絶対にしない。
その上で一緒に居て楽しませてあげられる。
そんな自分よりも佐藤が選ばれるだなんて絶対におかしい。
棟方のプライドがそう強く主張させた。
あるいはそれは普通の女性が相手であれば通じた理屈かもしれない。
このような強引な手段を取った時点でノーセンキューされるに違いないが、彼が本性を隠して女性のためを想って行動して口説こうとしたならば、佐藤よりも楽しい時間を提供できるのかもしれない。
しかし誰もがそれを良しとするとは限らない。
「素人質問で恐縮ですが、それのどこが楽しいのでしょうか?」
「は?」
そして光永はそれを楽しいと感じられないタイプの人間だったのだ。
「そのような練習すれば誰もが出来そうなことに、私は価値など感じません。不器用ながら精一杯困……努力する姿こそが尊くて共に居て幸せに感じられるのです」
「な……!」
確かに今日、佐藤は失敗した。
だがその失敗こそが光永にとって好ましいことだったのだ。
棟方は気付いていなかった。
服装以外でも、どれだけ佐藤が失敗しても、光永が全く嫌そうな顔をしていなかったことを。
それどころか、むしろ微笑ましいものを見るかのような感じで楽し気だったことを。
「もちろん私の感覚が他の方と比べて少し風変わりであることは自覚しております。ですが、それはそれとしてあなたはありえません」
「な、なんでだよ」
「ストレス発散のために他人を侮辱するような人間を好ましく思う訳がありませんから」
「ぐっ!」
そう、光永は棟方のことを知っていた。
その内面までもしっかりと。
「それに貴方、女子の間で悪い噂が広まってますよ。デート中に胸ばかり見て来る最低な男子だって」
「はぁああ!?」
隠しきれない下心が棟方の行動に現れていて、そして女子もそのことに気付いていたのだった。
棟方は光永だけでなく、他の女子からも嫌われ始めていた。
少し前ならまだ間に合ったかもしれない。
何人かは噂を真に受けず、棟方のチャラい感じが好みで付き合ってみようと思える女子が残っていたかもしれない。
だがもう遅い。
今回、光永にフられたことをきっかけに佐藤を酷く侮辱するために無理矢理告白させ、それが成功したと知ると今度はデートで失態を晒す姿を侮辱しようとしたこと。
その行いに、光永がブチ切れだった。
「今度佐藤君に酷いことを言ったら、女子全員が敵に回ると知りなさい」
「!?」
厳しい瞳で射貫かれ、棟方は思わず後退ってしまう。
激昂していたはずが、たったの一睨みで怯えさせられる。
そのことに屈辱を覚え、プライドがズタズタに斬り裂かれ、羞恥でどうにかなってしまいそうだった。
「くそがぁ!」
その結果、棟方が選んだのは逃亡だった。
よろめくようにして走り去るその背中は、デート中の佐藤よりも遥かにみっともないものだった。
「立柳さん、ありがとう」
「どう致しまして。でも最後の最後で邪魔しちゃってごめんね?」
「いえ、むしろしっかりと引導を渡せて助かりました」
何故立柳がここにいたのか。
それは佐藤達のデートを覗くためではなく、棟方が邪魔をしてこないように監視するためだった。
光永が佐藤のことを事前に調べ、棟方のことを知り、面倒なことにならないようにと立柳に声をかけて協力を仰いだのだ。
「それならよかった。それじゃお邪魔虫は帰るね」
「はい。詳しくはまた学校で」
「たっぷりお話し聞かせてね」
立柳があっさりとその場を離れると、この場は佐藤と光永の二人きりになる。
全てを知っていた光永とは異なり、佐藤は何が何だか分からないと言った様子で困惑している。
そんな佐藤に光永は向かい合う。
「ごめんなさい」
「え?」
光永は優雅に腰を曲げて謝罪の言葉を口にした。
「私は佐藤君が失敗して困っている姿を見て楽しんでいた嫌な女なの。デートのプランを全部任せたのも、佐藤君なら失敗してくれそうだなって思ったから。最低でしょ」
「…………」
やまとなでしこ、だなんて評される優しくて人当たりが良い彼女には、人には言えない特殊な嗜好があった。彼女が誰かと付き合わないのは、この特殊な嗜好があるが故だった。
「怒られて当然のことをしました。本当にごめんなさい。謝っても許されるようなことじゃないけれど……」
心の底から本気で悔い、本気で申し訳なく思っていることが佐藤にも伝わった。
それなら最初からこんなことをしなければ良かったのだが、どうしても我慢できなかったのだ。自分が最も萌えるシチュエーションを味わえるかと思うと、つい佐藤を利用してしまった。罪悪感に駆られ、棟方をやりこめたのも罪滅ぼしだった。
そんな光永に向けて佐藤は何を思うか。
「良かった~」
「え?」
なんと佐藤は怒るどころか、心底喜んだ様子では無いか。
「光永さんが嫌な思いしてなくて本当に良かった」
「な!?」
情けない姿を晒すように仕向けられたにも関わらず、光永のことを変わらず心配していた。
「あの、佐藤君? 怒ってないの?」
「怒る? どうして?」
「だって私、あなたに酷い恥をかかせちゃったじゃない。今日ずっと苦しかったでしょ」
「あはは、そんなの僕がダメダメだっただけだから気にしてないよ。むしろ光永さんの本当の気持ちが分かって安心したかな」
「え!?」
怒るとしたらそれは自分自身に対してであって、光永に対してでは無い。
しかも失態を望んでいた光永に対してネガティブな感想を抱くどころか、そういった本質を知れて良かったとまで言ってのけた。
「(どうしてかしら、すごいドキドキする。佐藤君の顔がまともに見れない。もっと反省しなきゃダメなのに)」
その人間としての大きさに、懐の深さに、光永の胸が激しく高鳴った。
罪悪感を塗り潰そうとするくらいに、新たな感情が押し寄せて来る。
「次は失敗しないように頑張るからね。あ、でも光永さん的には失敗した方が良いのかな?」
「え?次?」
「うん。あれ、もしかしてまた僕の勘違いでやっぱりもう別れ……」
「ううん!次!次もデートしましょう!」
「あっ……うん!」
光永の中では自分の酷い行いのせいで別れることが確定だったのだが、佐藤に全くその気が無かったことが予想外で焦ってしまった。らしくなく超早口で今後のお付き合いの約束を取り付けた。
「それに失敗した方が良いなんて思わなくても良いです。ただ、失敗しても気にしないとだけ分かってもらえれば」
などとフォローしながらも光永は思う。
「(でも多分佐藤君はまた失敗して困りそう。ってああもうこんなこと考えちゃダメなのに! 反省しなさい私!)」
邪な気持ちがムクムクと湧きあがるのを強引に抑え込むかのように、光永は一旦深く息を吐いた。
「これから先、佐藤君の失敗を望むことは絶対にしません。それにどれだけ佐藤君が失敗しても支えると決めました」
「え?」
「ですのでこれからもよろしくお願いします。佐藤君にもっと好きになって貰えるように頑張りますから」
「ええ!?」
少し歪んだ嗜好を持つ少女は、この日、恋するということを知ったのかもしれない。
素人質問で恐縮ですが、あなたにとって恋とはどういうものですか?




