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女にとっての優しい男とは何か ③

「優しい男はいいわ、いっぱい好きになれるから」



 せ、先生?



「やっぱりそうなんですか!?」

「えぇ。『これをやったら嫌われるかな?』という女の不安を、彼らはいとも簡単に乗り越えてくる。だから、先生もコロッと落ちてしまったのよ」



 落ちたんだ、コロッと。



「キャーっ! 私も恋したーい!」



 興奮するラブの後ろで、切羽と星雲はコソコソ話をしながら頬を赤く染めていた。

 しかし、結果的に氷室先生はフラレているのだから、その優しい男とやらが純愛の非現実性を証明している気がするが。



 それにしても、氷室先生。あなた、何をやらかしたらそんな優しい男にフラレるんですか。



「ところで、上月君が性格重視とは意外ね。どんな性格の女が好きなのかしら」

「意外ってなんですか、まったく」



 瞬間、キャイキャイと盛り上がっていた三人が声を潜めてわざとらしい咳払いをした。横を見ると、いつのまにか夕もペンを止めて恋バナを観察している。



 なんだよ、この空気。緊張しちゃうでしょ。



「……頑張り屋さんが好きです。本気で頑張ってる人は、凄く綺麗に見えるから」

「あら、かわいい。それに、まるでつい最近まで見ていたような言い方ね」



 ざわ……。



 明らかに、息を呑む音が聞こえた。なんだよ、俺が恋してたのがそんなにおかしいのかよ。別に正誤の意見は唱えても、否定をした覚えは一度もないぞ。



「議題とは無関係な質問です」

「意義あり! 私は関係あると思います!」

「そうだぞ! 虎生! その話は議論に関係ある!」

「裁判長! 前に、トラちゃんは恋人が欲しいと思っていないと言っていました! その恋が本当に最近の出来事なら、証言には明らかな矛盾があります!」



 ここはいつから法廷になったんだ。



「別に、恋してた事と恋人が欲しくない事は矛盾しないだろ」

「します! 本気で好きなら絶対に諦めたくないハズです! つまり、先輩は恋をしてません!」

「大体、虎生には欲が無さすぎる! どうしてそんなに欲しがらないんだ!?」

「相手の幸せを本気で願うなら、自分の幸せなんて求めるべきじゃない。それだけだ」



 ……もしかすると、俺が決定的なミスを犯したのはこの時だったのかもしれない。人生をセーブポイントからやり直せるとするならば、少なくともここよりも前を選ぶだろう。



「と、トラちゃん。それって、どういう意味?」

「待ちなさい」



 裁判長、じゃなかった。氷室先生が、優しい声で場を制す。夕に顔を向けると、いつもと変わらない微笑みで俺を見てくれていたから落ち着けた。



「今日のところは、これでおしまいにしましょう。そろそろ時間だしね」

「でも、先生――」

「もしも、本当に理由を知りたかったら個人的に聞いてみなさい。上月君は、ちゃんと答えてくれる男性(ひと)だから」



 なぜ、先生がそんなに俺を買い被っているのかはよく分からなかったが。とりあえず、俺の様子を察して何とかしてくれた事には感謝だ。



 切羽の一件から、追い詰められた俺が何をしでかすか俺自身分かってないからな。



「ねぇ、トラ」



 みんなが帰ったあとで議事録を纏めていると、黙っていた夕がようやく口を開いた。



「好きでいられて、幸せだった?」

「あぁ、幸せだった」



 恋は、愚かなモノだ。純愛なんて絶対にあり得ないモノだ。それだけは、不変の事実であると自信を持って言える。



 しかし、愚か者の一人である俺が恋をしていたってなにも矛盾はしていない。むしろ、否定するための材料を得ていることこそが、誰かを本気で好きになった証拠となるハズだ。



 俺じゃない俺を客観的に見れば、俺は間違いなくそう指摘するだろう。



 それでも、彼女たちが俺の叙述的なトリックに嵌まったというのなら、もしかすると周囲は俺が思うほど俺をバカだとは思っていないのかもしれない。



 不相応に買い被られるのだけは、是非とも避けたいモノだ。とりあえず、今日の議事録をアホっぽい内容にしてみよう。



「恋愛、最高」

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