碧の凪、災禍は唐突に
本日は第174話を投稿します!
いよいよ東方大陸からの帰路に着いたウィル達一行! 今回は唐突に海の上からのスタートとなります!
-174-
空と海の碧の境界が無い、青一面の世界に一筋の線を引く様に進む白い巨船。言わずと知れた『大海の剣』である。
ここは魚人族のマディから教えてもらった ” 水路 ” で、東方大陸の港町ドンチュワンを出港して既に5日経っていたりする。
「……あと10日あまりは海の上、か」
静かな海を甲板から眺めていた俺がボソリと呟く。
「何ですかマスター? もう陸が恋しくなりましたか?」
「うるせぇぞ、コーゼスト」
俺の呟きに対し傍らに居たコーゼストが律儀に反応をする、別に陸地が恋しくなった訳じゃないんだよ!
「それにしても……本当に海が静か、怖いくらいね」
コーゼストとそんなやり取りをしているこれまた傍に居たアンが海の様子を見て、見たままを声にする。一緒にいるヤトやセレネもそんな海の様子に興味津々とばかりに黙って見ていたりする。
「荒れる海と言っても年に何回かは今日みたいに凪になる事もあるのよ。多分あと半日はこんな風も波も無い状態だと思うわよ」
そんなアンの声に答える声が背後から聞こえ、振り返るとルストラ師匠が居た。どうやら船橋から下りて来たらしい。
「こうなると普通の船は魔水晶の魔力が足りなくなりかねないね」
更に続けて、その後ろのドアからそう言いながら姿を現したのはオルガさん。
因みに今オルガさんが言った普通の船とは荒れる海を渡る為の外洋を航海する船の事である。こうした船の推進力は風を受ける帆と水流推進機と言う『大海の剣』に使われている魔導推進機の劣化版を併用した複数動力式となっているのだそうだ。動力源は魔水晶に溜めた魔力なのが普通なのだ。
まぁ中にはジータが使用している元海賊船『ヴィテックス』号みたいに、オールを人力で漕いで進ませる手漕ぎも併用しているのもあるが。
「そいつは……海が静かなのも善し悪しか……」
師匠とオルガさんの言葉を聞いて、改めて辺りを見回す俺。そこには全く波ひとつ無い、鏡の様に静まった海面が何処までも続いているだけであった。
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それから半日後、鏡の様に凪いだ海に不意に一陣の風が吹き抜けたかと思ったら、瞬く間に風が吹き始め海面も波立ち始めた。本当に師匠が言った通りだったな、流石は年の功──歳の事は口が裂けても言えないが! そんな珍しい出来事から更に2日後── 。
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時折かなり離れた所をドゥンダウ大陸に向けて航海している船とすれ違ったりもしたが、とりあえずここまで何事も無く、航海も極めて順調で日程を消化していたのだが──
『魔動波探知機に反応! 左舷前方80度に魔物の群れを感知! 距離6キルト!』
──あと8日ほどでメロウ族の島オーリーフに到着だと言う時、ブリッジからの報告が拡声器で甲板に響く。
「魔物の群れだって?」
この ” 水路 ” で魔物とは珍しいな、等と思いつつ皆んなで左舷に駆け寄り、前方の海に目をやる──が、流石に6キルト先は見えないか。
「──確かに魔物の群れが接近している。あれは──犬かしら?」
するといち早くルアンジェが見えたモノを伝えて来る。その辺は流石魔法生命体だけの事はあるな、視力が常人を軽く凌駕している。
「アレは──海獒ですね。約15頭前後の群れみたいです」
訂正、もう1人凄く視力が良い奴が居たのを忘れてた。ルアンジェの後を引き継いでコーゼストが接近して来る魔物の種別を声にして伝えてくる。その辺は流石自動人形である。しかし海獒か…… 。
ケートスとは体長が2メルトから3メルト程の頭が犬、身体が海豚の海の魔物で、基本的に肉食で常に何頭かで群れて行動する、と冒険者ギルドの魔物図鑑で読んだ事がある。何にせよ注意が必要、か。
「ルアンジェ、コーゼスト、群れはこちらに向かって来ているのか?」
俺は即座に2人に確認をしてもらう。すると
「待って……ん、このままだと『大海の剣』の横を通過すると思うわ」
「そう……ですね。方角的に見ても左舷側30メルトぐらいを通り過ぎて行く公算が高そうです」
2人共に同じ報告をして来る。まぁぶつかりそうならブリッジから何かしら言ってくるからな、少なくともその心配は無さそうである。
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それから数分後、ケートスの群れがコーゼストが言った通りに『大海の剣』の左舷30メルト先を通過していく。しかし…… 。
「……何かおかしくないか?」
俺はその脇目も振らずに過ぎて行く様子に疑問を口にする。
「何がおかしいの、ウィル?」
一緒に左舷から群れを見ていたエリナが俺の声を聞いて尋ねて来る。
「なんだか何かに追われているみたいに見えるんだが……」
「そうね。この動きは確かに追われているみたいに見えるわ」
エリナの問いに俺がそう答えると、師匠も同調を示した。
「追われているって……一体何にさ?」
俺と師匠の意見にレオナは懐疑的だ。フェリピナやマルヴィナ、スサナもレオナと同じらしい。
「私の広範囲探知感覚端末にも未だ反応はありませんが──マスターの仰る通りならブリッジで何かを発見する頃かと……」
コーゼストは自身のセンサーでの探知を報告しつつ、そう言葉を続ける。するとコーゼストが言った通りラウドスピーカーから「レーダーに反応有り!」と報告が! 皆んなでブリッジからの次の報告を聞き漏らさない為に、黙って耳を傾ける。
『本船進路正面に大型の反応! 距離10キルト! これは──島! 小さな島です! 進路上に突如として小さな島嶼が現れました!』
「おいおい……」
ブリッジの船員は、あまりにも信じられないモノを報告して来るのだった。
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そして更に数分後──『大海の剣』の正面には、海に文字通りぽっかりと浮かぶ小さな島影が見えてきた。『大海の剣』は速度を落とし、『島』との距離が800メルトほどになった所で完全に停止した。俺達は船首側へと移動し、船の目と鼻の先に浮かぶ『島』に目をやる。
「……これって『島』と言うより『岩礁』っぽくね?」
一目見た感想を率直に述べる俺。目の前の小さな『島』はパッと見、横幅250メルトぐらいの大きな岩にしか見えないのだ。ブリッジからの報告だとこの『島』は楕円形で、今見えているのは幅が狭い側──短径らしい。『島』の表面には一面苔生しており、草や低木の類いは生えていない。それにしても──
「前にこの辺を通った時には無かった気がするんだが……」
そうなのだ。ここはメロウ族の ” 水路 ” の只中であり、ドゥンダウ大陸に向かう時と同じ航路を戻っているに過ぎない。にも関わらず、この『島』はここにある……何だか嫌な予感しかしないんだが? アンやエリナやレオナ、それにフェリピナ達も同じ様に感じているみたいに見える。
俺達は舳先に見える『島』に何やら言い知れぬ不安を覚えていた。
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「──どうやら船はこの島を迂回するらしいよ。今ブリッジからそう連絡が来た」
いつの間にか来ていた船員から伝えられた話を話して聞かせるオルガさん。
「確かに、その方が安全策だよな」
オルガさんの台詞に俺が頷きながら返事を返している間にも、船首の側方推進機を稼働させて左へと向きを変える『大海の剣』。だが──
「? ちょっと待って。島の位置が変わらないわよ?」
最初に異変に気付いたのはアン。確かにかなり船首を左に振ったのに『島』はさっきと変わらず正面に位置している。これってつまり──
「島が移動している……のかい?!」
思わず驚きを声にするレオナ。自然の島が動くだなんて有り得ない、しかも此方の動きに合わせるかの様な振る舞いをするなんて──まさかッ?!?
「コーゼストッ!!」
「──センサーを全起動。生命感知センサー、魔力波センサー積極化。熱感知センサー及び動体センサー覚醒──アレは『島』ではありません。大型の海生の魔物です。恐らくは『鯨亀』かと思われます」
俺の叫びに即座に反応すると一瞬で相手を調べ終わるコーゼスト。
「ブリッジッ! 直ちに警戒態勢を! 目の前の島はアスピドケロンだ!」
コーゼストの台詞を聞いて近くにある伝声機に向かって叫ぶオルガさん! 俄に慌ただしくなる船内! 全員の間に緊張が走る!
鯨亀と言うのは体長が最大4〜500メルトにもなる超大型の魔物である。その甲羅だけを常に海面上に出して海を回遊する性質を持ち、海面に出ている甲羅が小島と誤認され易いらしい。一応肉食らしいが比較的大人しいと、魔物図鑑には書いてあったのだが……どうも様子が変だ。
「なぁ、コーゼスト」
「はい」
「もしかしてケートス達が追われていたのって……こいつに追われていたんじゃないのか?」
「もしかしなくてもそうかと。恐らくはアスピドケロンはケートスを捕食する為に移動していたのだと推測します」
俺の勘を肯定するコーゼスト。それって不味くないか?!
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そう言っている間にも船首付近にあった膨らみが開き2連装の主砲が姿を現し、警戒態勢を取る『大海の剣』! それでもなるべく戦闘を回避しようと今度は右に船首を振るが、やはりアスピドケロンは『大海の剣』の正面の位置から変わる事は無い。
「これは……完全にこちらに狙いを定めていますね。自分の獲物を横取りした別のアスピドケロンの個体と勘違いされているのかも知れません」
「それは……また厄介だな」
その様子にまたもや自身の推測を口にするコーゼストと、その言葉に苦い顔をする俺。こんな巨体の魔物と真面にやり合ったら『大海の剣』もタダでは済まないだろう、と容易に想像がつくからだ。だからなるべくなら回避するに越した事はないのだ。
だが事態は時間を追う事に確実に悪化して行く。
それから数度『大海の剣』が左右に船首を振って、何とかアスピドケロンを回避しようとしていたら、不意にアスピドケロンが真っ直ぐ此方に向かって来たのである!
「ッ?! マズいッ!!」
俺が咄嗟にそう叫ぶのと同時に、俺達の背後で耳を劈く轟音が轟く! 次の一瞬、甲板を駆け抜ける爆風! 『大海の剣』がアスピドケロン目掛け主砲を撃ったのだ!
砲弾が『島』に見える甲羅に命中、轟音と共に爆ぜる! だが爆ぜた箇所は苔が剥がれただけで甲羅そのものには全く傷ひとつ付いていない──なんつー硬さだッ!? 俺がその様子に驚いていると、不意に目の前の海面が盛り上がり、そして!
「ヴオォォォォォォォーーーッ!」
アスピドケロンがその巨大な頭を擡げて威嚇して来たのである!
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「でけぇ……」
頭を擡げたアスピドケロンを見て、驚きのあまり間の抜けた声を漏らしてしまう俺。アン達も驚きのあまり言葉を失っている。その彼我の距離は30メルトも無い!
海面上に擡げた頭だけでも15メルトは余裕で有りそうだ。アスピドケロンの口は、歯が無い代わりに口の周りが固い嘴になっていて、頭の大きさの割に小さい目が2つ頭の両脇やや正面寄りに付いている。
「あの目は光の明暗やモノの形をぼんやりと認識する程度の視力しかありません。匂いには割と敏感みたいですが聴力もお世辞にも良いとは言えません。それと──このアスピドケロンは割と若い成体かと思われます」
驚きのあまり呆然としている俺達に、アスピドケロンの生態を講義してくれるコーゼスト──スマンな、出来が悪い生徒ばかりで! でもまぁ、コイツは正直言って手に余る、気がする。
ギルドの魔物図鑑にもアスピドケロンは平均格が90前後、順位に至ってはS+と記載されており、その存在は正に「災禍」と評されている、決して怒らせてはいけない魔物の1体だ。
こいつはどうやら無事に済みそうも無いな──等と苦戦を覚悟している俺達とは対象的に独りだけ舳先に立ち、愛用の黒檀拵えの長尺の戦杖を小脇に構えて立つ長身の妙齢女性。言わずと知れた俺の師匠、ルストラ・フォン・モーゼンハイムその人である。
ルストラ師匠はただ黙って舳先に立ち、アスピドケロンを見据えている。
「相手に呑まれては駄目よ、ウィル。どんなに大きな相手だろうと気迫で競り勝たないと、ね」
ただ静かに──ルストラ師匠はそう言葉を発すると、静かに戦杖を構える。そして!
「ハァーーーーーッ!!」
鋭い気合いの声と共に舳先を蹴るとアスピドケロン目掛け、大きく飛翔するルストラ師匠!!
──一体何をする気なんだ、師匠!!?
帰路の海路でも早速のトラブルに見舞われるウィル達! この男はどれだけトラブルから愛されているのでしょうか?! そしてルストラ師匠は一体何を?! 次回をお楽しみに!
*海獒…………体長2メルトから3メルト程の頭が犬、身体が海豚のCランクの海の魔物。基本的に肉食で常に何頭かで群れて行動する。人が襲われる事は少ない。
*鯨亀…………体長が最大400からの500メルトにもなるS+ランク野超大型の魔物。その甲羅だけを常に海面上に出して海を回遊する性質を持ち、海面に出ている甲羅が小島と誤認され易いらしい。一応肉食だが性格は比較的大人しい。
☆manakayuinoさんに描いていただいたメロウ族の女王マデレイネのイラストを第136部百二十八話に掲載しました! manakayuinoさん、素敵なイラストをありがとうございました!
いつもお読みいただきありがとうございます。




