閑話〈9〉人魚の回想 〜ウィルとマディ〜
本日は閑話を投稿します!
今回はメロウ族の女王陛下であらせられるマデレイネ──マディの話です!
閑話〈9〉
「──お願いマーユ、貴方だけでもレーヌに渡って。貴方だけでも生き延びてっ」
「ッ、お母さん! あたし必ず助けを呼んでくるから! 待っていて!」
私の懇願に頷く事なく、岩窟を出て海へと駆けていく愛娘のマーユ──それは私を助けたい一心で。
私は海蠍の攻撃で両足に怪我を負っていて、この岩窟から動けません。
これ以上マーユと共に行動する事は愛する娘を死なせてしまう事になりかねず、なので私は自分に出来る事──マーユ1人を安全な所に逃がす事を選びました。
お願いマーユ、貴方だけでも生き延びて── 。
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「はぁ……」
小さな溜め息とともに執務室の窓越しの青空に目をやる私。ここは海の只中に浮かぶオーリーフ島、私達魚人族が住まう島。私はそこに建つ宮殿の中に暮らしています。
私の名はマデレイネ・ジョゼ・ファンテーヌ、メロウ族の女王を務めています。王配だった夫は一人娘のマーユがまだ赤子の頃に亡くなりました。以来私は周りの人達の協力を得ながらマーユを育てつつ、女王としての責務を果たして来ました。
でも……たまにはふと息抜きをしたくもなります。
「良いお天気ですねぇ……」
青空が映る窓をぼんやり眺めながらそんな言葉を呟きます。空を1羽の鳥が自由に羽を広げ何処かに飛んで行くのが目に映り、私は決心しました──少しお出掛け致しましょうと。
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「お母さん、いいの?」
「大丈夫ですよ、すぐに帰ってくるつもりなんですから」
思い立ったらなんとか、直ぐに娘のマーユを呼んで急いで準備に入る私。突然の事でマーユは慌てていますが私の決意は変わりません。マーユは心配そうですが大丈夫です。火急の要件は全て決裁しておきましたから。まあヨエルには怒られそうですけど。
「もう……今度はどこに行くの?」
「はい、少し船に乗って西方大陸まで♡」
「えっ!?」
私の言葉に目を白黒させるマーユを連れて、私は玉座に摂政のヨエル宛に書き置きをそっと残していきます。
『マーユとお出掛けしてきます』と── 。
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通用門からこっそりとマーユを伴って宮殿の外に出た私は、ルルン湾へと向かい、ルォシーへ向かう貨客船にお金を払って乗せてもらう事になりました。幸いに私とマーユの顔を知っているのは一部の人達だけなので怪しまれず乗る事が出来ました。
この貨客船は一角鯨と言う大人しくも巨大な海の魔物に船を曳いてもらい航行するんです。しかもメロウ族だけが知る『海の回廊』を通る事もあり、僅か15日足らずでルォシーの港町レーヌ近くの群島に到着しました。
そのひとつの島に船を隠して、別の船にお客さんと貨物を載せ替えます。大人しくても魔物は魔物、船を曳いている一角鯨に馴染みが無い方が見たら大騒ぎになりかねませんし、そもそも一角鯨自体希少種なので、その措置としてそうしています。
到着3日目──私達は特にレーヌには用事は無いので、マーユを連れて近くの島に泳いで渡る事にしました。
でもまさか、それがあんな事になるとは思いもよらなかったのです。
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マーユと渡った島は小さな無人島でした。凡そ15日間、狭い船内で大人しくしていたマーユも久しぶりに伸び伸びと泳ぐ事ができ御機嫌です。そんな様子を見て私も顔が綻びます。ですがそんな気の緩みをつく様にトラブルは不意に襲い掛かって来たのです!
並んでのんびり泳いでいる私達の目の前の海面に黒い影が浮かんできて私達の、いいえマーユの方へ向かって来たのです!
私は咄嗟に影とマーユの間に割り込みました! 次の瞬間、両足に激痛が走り、同時に海中へと引き摺り込まれます!
海中で見たのは大きな鋏で私の両足を挟み込んでいる海魔の姿でした!
慌てた私はシースコーピオン目掛け『水渦爆撃』を放ち、何とか拘束から逃れました。が少なからず下半身に怪我を負ってしまったのです。
それでも何とか海面に浮かび上がると千切れそうに痛む足を懸命に動かし、マーユを連れて島へと泳ぎ着いたのです。
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「痛っ……」
「お母さん、大丈夫……?」
何とか島に上がり砂浜の奥にある岩場の岩窟へと身を隠す事が出来ました。
流石に海生の魔物であるシースコーピオンが上陸してくる事は無いでしょうけど、船に戻るにしてもシースコーピオンが彷徨く海を泳いで渡らなくてはなりませんし、私の両足を含む下半身は結構な怪我を負っていてどちらにしても泳ぐ事はおろか、この場から動く事すら出来そうにありません。それにオーリーフへと船が出発する時間も刻一刻と迫っています。
マーユは私が負った怪我をどうする事も出来ず先程からずっと「大丈夫?」と繰り返しています。このままでは──
「──マーユ」
「なに、お母さん? 痛いの?」
私は意を決してマーユに言います。
「貴方はここを出てレーヌに向かいなさい」
「お母さん?! なにを言うの?!」
泣き出しそうな声を張り上げるマーユ。貴方の気持ちはこの母だって痛いほどわかります。ですが──
「──お願いマーユ、貴方だけでもレーヌに渡って。貴方だけでも生き延びてっ」
そう私はマーユに懇願します──まだ6歳の子に酷な事を言っているのはわかっています。ですがそれが私の最良の選択。
「ッ、お母さん! あたし必ず助けを呼んでくるから! 待っていて!」
しかしマーユは私の言葉に耳を傾ける事無く、そうひとこと言うと岩窟を飛び出して行ったのでした。
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それから十何時間、いえ、もしかしたら何日か経ったかも知れません。岩窟の薄闇の中、時間感覚が無くなりかけていた頃
「──この奥にお母さんがいるの!」
外から忘れもしない愛娘のマーユの声が聞こえたかと思ったら小さな足音と共に
「お母さんっ!」
「マーユ!?」
「お母さん!!」
薄闇の中で抱き着いて来たのはレーヌに避難させた筈のマーユでした。その後に続いて何人かの人の足音が聞こえ、魔導提燈の灯りと共に現れた精悍な顔立ちの青年達が私達の様子を見て明らかにホッとしているのが見えました。
「あの……あなた方は何方の方々なんでしょうか……?」
私の質問に答えたのはランタンを持った青年。
「俺達はマーユちゃんに頼まれ貴女を助けに来たんだ」
青年はそう言いながら、笑顔でしゃがんでいる私に手を差し伸べてくれます。
そうして私は2日ぶりに無事に助け出されたのでした。
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私を助けてくれた──いいえ、マーユの切なる願いを聞いてくれたのはルォシー大陸の冒険者ウィルフレド・ハーヴィーさんとそのお仲間の人達でした。
私を助け出してくれた後、お仲間のアンヘリカさんとマルヴィナさんの治癒魔法で怪我を治してくれただけでは無く、私達親子に暖かい食事と宿を無償で提供してくれて、しかもオーリーフ島まで戻る算段もつけてくださったんです!
しかも着の身着のままだった私達親子に衣服や日用品まで提供してくれて…… 。
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そして私達親子はルォシー大陸冒険者ギルド所有の船『大海の剣』に乗せてもらいオーリーフ島に帰る事になりました。
少しでも早く帰る為に私達メロウ族が使う『海の回廊』を教えましたが、ルォシーと東方の間を行き来する船便の方達に公開しているので何ら問題ありません。
そしてこの航海中、私はウィルフレド──ウィルさんやアンヘリカ──アンさん達と親密度を増していきました。そして私はいつもウィルさんの事を目で追っている自分に気が付いたのです。
だってウィルさんは少しぶっきらぼうな所がありますが、周りにいる人達や従魔のラミアの事もいつも気に掛けていて、本来部外者である私やマーユにも気配りしてくれます。
主人を亡くして5年足らず……ヨエル達以外に久しく男性と触れ合っていなかった私の胸は高鳴ります。
でも──ウィルさんには既にアンさん、エリナベルさん、レオナさん、そしてルォシーにもう1人、と4人も婚約者がいたんです。それに私の方がウィルさんより5歳も年上ですし。
何だかとても敵わない気がしますが、それでも私の胸の高鳴りは収まる事はありませんでした。
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そうしているうちにオーリーフ島に到着する直前、海賊と遭遇し戦闘になりました。もっともウィル達があっという間に終わらせてしまいましたが。
それより問題なのはウィルが海賊の頭領の女性ジータを保護したのです! しかもジータはウィルに絆されたらしくベッタリとくっ付いています! これは私も負けてられません! ──と言う事をしていたらジータ共々アンさん達に怒られてしまいました。しかも何故かウィルも一緒に怒られています。
でもそんな重苦しい空気を破ったのはウィルのお仲間の自動人形の少女。彼女の一言で事態は好転し、ウィルは勿論、私達も(とりあえずは)許されました。それだけでは無くアンさん達からも(一応?)認められたのです!まあ無論ジータもですが。
何れにしてもこれは好機ですね。
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でもその後、私はオーリーフ島への安全な航路を教えたりしなくてならず、折角のチャンスを逃してしまいました。まあ本当に目前でしたし、マーユがウィルに構ってもらっているみたいなので良しとしましょう。
そうして『大海の剣』の船橋で船長さんと航路を確認していると「島影確認!」と言う声が響きます。その声に遠眼鏡を覗く船長さんと私。
「間違いありません。彼処が私達メロウ族が住まう島、オーリーフです」
私は遠眼鏡から目を外すとそうはっきりと宣言します。
こうして私達親子は無事に故郷オーリーフ島に帰ってくる事が出来たのです。思えばすぐに帰ってくるつもりで気軽に出掛けたのに、とんだ大冒険になりました。
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そうして今──私は凡そひと月振りの玉座に座り、改めて自分の身分をウィル達に明かし、玉座の上からマーユともども深々と頭を下げて、ウィル達に感謝と共に謝罪の言葉を口にします。
「しかし、何でまた女王陛下と姫様がこんな事をしたのですか?」
ひと通りの挨拶も済んで当然の質問をするのはルォシー大陸のグラマスさん。それに対する私の答えは極めて単純です。だってそれしかありませんし。
「それは──単なる息抜きです♡」
「えらく物騒な息抜きだな?!」
思わず突っ込んで来るウィルの気持ちもわかります。傍らではヨエルが
「全く……玉座に『マーユとお出掛けしてきます』と書き置きを見つけた時には寿命が縮まりましたぞ」
とげんなりしていました──ごめんなさいね、ヨエル。
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とにかく色々とありましたが、私はいつも通りの女王としての責務を熟す日々に戻り、ウィルが一緒に連れてきたジータとその部下の海賊の生き残り57名も、この本島近傍の島『伍の群島』に入植者として受け入れる事となり、彼等はそのまま『伍の群島』の開拓者となりました。
それにはウィルは勿論、彼の傍に常に一緒に居る有知性魔道具のコーゼストさんからの意見があったのは否定出来ません。
そして今、漸く滞っていた懸案の決裁を幾らか終え、ひと息ついているのでした。ヨエルには「暫くは大人しく職務をなさって下さい」と、執務室に押し込められてしまいました。
マーユは楽しげにウィルと一緒に泳ぎに行きましたし、自分で蒔いた種なので諦めるしかありませんね。
そんな事を思いながら、いつか見たみたいな青空が映る窓をぼんやり眺めていると、空を鳥の群れが鳴き合いながら何処かに飛んで行くのが見えます。
「さて……と、もう少し頑張りましょうか」
私は軽く伸びをすると気合を入れ、再度執務机の上に築かれた書類の山に立ち向かうのでした。
マディがウィルと出会う前後の話を書きました!
それにしてもマディ──マデレイネ女王陛下はフリーダム過ぎます! 摂政のヨエルさんの苦労の程がわかります(笑)
次回は本編を一話挟み次々回はまた閑話となります! 是非お楽しみに!
*一角鯨…………メロウ族が使役する海の魔物。体長10〜15メルト。頭部に長い角を一本持つ。巨体の割には大人しい性格。いわゆるイッカク。
*水渦爆撃…………水属性上級魔法。圧縮した水の渦を相手にぶつけて、文字通り「爆発」を起こさせる。
☆エリナベル・セルウィンのイラストをmanakayuinoさんに描いていただきました!manakayuinoさん、素敵なイラストをありがとうございました! 第96部本編九十一話に掲載されています! そちらもお楽しみください!




