第十八話
そしてキャラが濃すぎる彼らの最後尾を若干おどおどしながら歩くのは、庶務職、加坂菜帆。まるで女子みたいな名前ではあるが、れっきとした男の子である。
彼は多くの政治家を輩出している名門加坂家の長男として生まれ、幼いころから両親のプレッシャーに耐えながら生活してきた。もともと争い事が好きではない加坂君は他人を蹴落とすことを強要してくる両親に反抗したがっていたが、それを実行するだけの勇気がなく、いつも自分が蹴落としてきた人々に報復されないかとおびえる日々。そんな日々は彼の性格を恐ろしくネガティブにした。
彼は薫Xに言わせるところの『自傷痛みこそが愛系ヤンデレ』である。
彼が花咲ちゃんと付き合い始めると、ちょっとしたことで自分の体を傷つけるようになる。
気まぐれに立ち寄ったコンビニの店員が花咲ちゃんに笑いかけた、帰り道で通りすがりの男が花咲ちゃんに向かって会釈をした、電車で隣にいた男が花咲ちゃんに視線を向けていた気がするなどなど、普通の人なら気にしないようなことを理由に彼は自分の体にナイフを走らせる。
しかし花咲ちゃんに嫌われたらどうしようと恐れるあまりに、手を出すことはできず自分を傷つける加坂君。
あまりいいことではないけれど、自分の体を傷つけるのが彼の個性なのか、じゃあこちらにはあまり危害はなさそうだとほっと胸をなでおろした夢の中の私に、薫Xは思わず頭をはたきたくなるくらいにウザったいどや顔で指を左右に振った。しかもご丁寧に舌を鳴らしながら。
「ここで菜帆君安全じゃんなんて思った人は甘すぎるよ!!なんとなんとぉ、そこから菜帆君第二ラウンドの始まり始まりなのです!!」
な、なんだってー!
加坂君の自傷癖が一週間続くと、だんだんと彼の行動がおかしくなってくるらしい。
ずっとぶつぶつと部屋の隅で花咲ちゃんの名前を呟いたり、自分の手に縄をきつく跡が残るほど結んでみたり。
花咲ちゃんがおかしく思って止めても、またしばらくしたらやっているという完璧に末期な症状。
そして最後にはことあるごとに花咲ちゃんの体を切りつける始末。そのとき彼は途轍もなくうれしそうな、まるでようやく願いがかなったとでもいうような笑顔でこうつぶやく。
「安心して・・・僕はちゃんと君のことを愛してるから・・・ね?」
それが一番いいエンディングなんだというのだから恐ろしい。
花咲ちゃんがそんな感じになるんだから、私がもっとひどい目にあうのは悲しいながら当然で。
加坂君はごみを焼却するとか言いながら倉橋椋aの部屋に放火し、倉橋椋aは焼死してしまうというのが、加坂君のルートでの私の死亡方法である。
以上が生徒会メンバー五人である。もう説明だけで私のメンタルが幾分か削られた気がする。
ロビー中央のピアノが置いてある少し段になった部分に並んだ生徒会。澤凪君はどこから取り出したのかわからないマイクのスイッチを入れ、一つ軽い咳払いをした。たったそれだけで騒がしかった場が水を打ったように静まり返る。
「あー・・・入り口でカードが配られたと思う。それに書かれてるのは、鬼と逃げる側の組み分けだ。」
組み分け?
さらにざわつく一年生たち。説明が足りなさすぎる、というかこれから何が行われるのかも分かっていない。
まずいと思ったのか説明をつけ足そうと口を開くものの、慌てすぎて頭が真っ白になってしまったのか、あーだのうーだの口から洩れるのは要領を得ない音ばかり。しまいには後ろを向いて口をもごもごさせ始めた。大丈夫か完璧会長。
見てられなくなったのか、横にいた襖君が会長からマイクを受け取って、これからやるレクリエーションその一、『鬼事』のルール説明を始めた。それはそれは流れるように分かりやすい説明だった。
きっと澤凪君がこういうことになってしまう時がたまにあるんだろう、それでこんなに説明がうまいのか。襖君の説明を聞く形になった澤凪君はもう耳まで真っ赤になって、かすかに体を震わせている。なんだろう、全力で頑張れって言いたい。
話をまとめるとこうだ。
ルールその一、『鬼事』は基本的なルールは鬼ごっこと同じ、鬼が逃げる人を捕まえる。
ルールその二、受け取ったカードに書かれている番号が偶数の人プラス風紀委員会が鬼、奇数の人プラス生徒会が逃げる側とする。
ルールその三、鬼は自分の番号が書かれたバンダナを相手に結んだ時初めて相手を捕まえられる。
ルールその四、鬼に捕まえられてしまった人は鬼の言うこと(常識の範囲内で、金や人権が絡まないもの)を一つだけ聞かなければならない。
ルールその五、制限時間は二時間。
ルールその六、制限時間いっぱい逃げ切った人は、学園の食堂のプレミアムチケット五か月分(つまりは食べ放題チケット)が与えられる。
ルールその七、エリアはホテルから半径一キロメートルに張り巡らされた柵の中。
説明を聞き終えた感想は、「乙女ゲームっぽい内容だなぁ」だった。
ルールについては言うまでもないが、迷子、遭難対策にラジコンヘリで周囲を監視するらしい。レクリエーション一つでどれだけのお金をかけるんだろう。
周りの反応を見てみると、偶数の人は「澤凪君に好きだぜって言ってもらいたーい」だの「襖君に寝癖が付いてますよって言って髪を整えてほしーい」だの各々の希望を語り、奇数の人にしても「唐沢君に手錠で捕まえてほしーい」と・・・ん?ちょっとなんか変な声が聞こえたような聞こえなかったような。
私の番号は21番。―――願ったりかなったりだ。
「これで食費をかなり抑えられる!!」
一人だけ違うベクトルで盛り上がる私を、不穏な目で見つめる影があったことなど。この時の私は気がついてもうれしさでスルーしていたに違いない。
スタートの号砲は、もうすぐ鳴り響く。




