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第99話 光系魔法

2人を担いだまま、ソフィアはずんずんと大股で老神父の元まで向かい、ぽいぽいっと2人の体を中に放った。

当然補助魔法などをかけているわけがないので、ルーナの体は鈍い音を立てながら大理石の床へ。ルキアは獣人特有の目を見張るような身体能力を発揮し、しゅたっと軽い音と共に見事な着地を披露していた。

目の前で繰り広げられた珍事にアルナ様は目を丸くしたものの、特にツッコミを入れることはなかった。ツッコむ労力も惜しいと思ったのかもしれない。




「1番の重傷者は彼……ってことでいいんだよな?」



「ええ、さっき魔法で飛ばされてきて、壁に全身を打ち付けられてしまったの。腹部にも交戦時に負った怪我があるわ。今はアルナ様が応急処置をして下さっているけれど……」




そう言って視線を滑らせると、私の意を汲んでか今度はアルナ様が言葉を継いだ。




「……このレベルの怪我だと、水魔法では延命が限界ですわね。光魔法なら何とかなりませんか?」



「申し訳ないけど、俺は回復魔法があまり使えなくて。回復魔法と言えば、ルーナ嬢の方が得意なんじゃないか?」




光系魔法には──というよりは、全ての魔法には回復魔法、攻撃魔法、強化魔法など大変細かい分類がある。

どれに適性があるかは完全に個人差だ。つまり回復魔法が得意な光系魔導師がいれば、当然、回復魔法が苦手な光系魔導師もいるということ。




「なるほど。じゃ、ルーナさん、ちゃちゃっと治しちゃって下さい!」



「い、嫌よ! 回復魔法って凄く疲れるし……それにさっきも言ったけど私グロいのは苦手で……」




前者はともかく、後者については貴族令嬢的観点から見れば真っ当な感想だった。

ソフィアのように手掴みで狩りをしたり、アルナ様のように颯爽と現れて乱闘現場を駆け回ったりする方がマイノリティ。世代は違うがお母様のように敵を見つけ次第殲滅する、“見敵必殺”を具現化したような令嬢の方が少数派なのだ。


確かに学院では魔法の実習や実践が行われている──が、それはそれ、これはこれ。

ちょっと気弱な令嬢達が4年に1度行われる、国中の戦士達が集まり技を競う王国武道大会を観戦して、気を失うなんてこともままある話だ。

“令嬢は貧弱”──テストに出るかもしれないのでよく憶えておくように。


ああなるほど、だから目隠しを……。

白い布状の物で目元を覆ったルーナに憐れみの視線を向ける。

その目隠しが、実はルーナから剥ぎ取った白の長手袋であることに気がつくのはもう少し後の話だ。




「だからわざわざ目隠しをしてあげたではないですか。それに、珍しい光系回復魔法が使えるからって学院でも何かと優遇されていると聞きましたよ。その分の責務を果たして下さい」



「でも怖いものは怖いし……実践だって、擦り傷程度の物を治したことくらいしかないし……」




両手を腰に当て、ぷんぷんと副音声が聞こえそうな立ち姿で──実際はそんな生易しくないけれど──そう捲し立てる。

対するルーナは俯きながらしどろもどろに言い募った。そんなルーナの煮え切らない態度に、ソフィアは流氷のごとく冷たい眼差しを向けた。




「ああもう、ごちゃごちゃごちゃごちゃと……あんまり煩いとその口をバリオンリングステッチに縫い止めますよ」



「何それ怖い……」




ソフィアの口から発せられたわけのわからない脅し文句に、ルーナは顔面を蒼白にさせる。


ちなみにバリオンリングステッチは小さな花を刺繍するときなどに用いられる縫い方だ。あまり気にしなくていい。




「あーもう! わかったわ! わかったわよ! 治せば良いんでしょ!? 患者はどこなの!?」




手探りで床を叩き始めたルーナを何とか老神父の元まで誘導する。

ルーナが傷口の真上に手を翳し、ふぅと一息つくとぼそぼそと口内で詠唱を転がし始めた。



実は光系回復魔法を見るのはこれが初めてだったりする。光系魔法を使える人物というのは大変稀少であり、その中でも回復魔法を使えるのはごく僅か。故にその力は王家のため──病を患った王族だったり、王家主催の慰問活動などに使われるのがほとんどだ。

騎士になればその治療を受けることもあるだろう。けれど治療を受けるときというのは、意識も朦朧とした深刻な状況の時だろうから結局のところは同じだ。


治療の様子を眺めながらルーナの口から発せられるか細い言葉の羅列に耳を傾ける。


酷く小さな、囁やくような声なのだが、確かに聞こえはする──だというのに言葉の意味が全く頭に入ってこない。

私もまがりなりにも外交官の娘。諸国の言語については自信のある方だったが、ルーナの口にしている言語は耳慣れない響きをしていた。


魔法は即ちイメージ。イメージの具現化のために詠唱を行うので、どの国の言葉であっても構わない。

だから別に聞き取れない言語でも問題ないのだけれど──これはどこの国の言葉なのだろうか?

わからない物は追求したくなる。好奇心が膨れるのと同時に、不安にも似たざらりとした奇妙な感覚が胸の底を撫でた。



そんな私の思いを余所に、ルーナの手から零れた光が老神父の傷口をみるみる塞いでいく。

そうして完全に傷口が塞がったその瞬間、零れ落ちた光の粒がひときわ大きく輝いた。




「……治ったわよね?」




目を覆い隠しているため、現状を把握できていないルーナが小首を傾げる。




「はい、ちゃんと治りましたよ。……さあ、次の患者です!」



「え、ええ……まあ仕方がないわね。ささっと治してお暇させて貰うわ」




そう啖呵を切り、ルーナは勢いよく立ち上がる。

何にせよやる気があるのは良いことだ。この乱闘を死亡者無しで乗り切るにはルーナの協力が必須なので、彼女には頑張って貰わなくてはならない。




「(私も出来ることをやらなくちゃ)」




回復魔法はとんとだめだが、物資の支援程度なら出来る。とにかく無事に今夜を乗り切らなくてはならない。

そうして自分に活を入れ、ポーション瓶の詰められた箱を抱き上げ駆け出す。


遠くでは騎士達が勇猛果敢に戦闘を繰り広げている。少し前までは五分五分だった戦況も、今はややこちらが優勢と言うところまでやってきている。

生け捕り命令が出ているのに流石……と心の奥で賞賛を贈った。






怪我人の治療も進み、圧倒的な数の差と救援のお陰で、武器を振るう賊の数が減ってきた頃。





「──はぁぁぁあ!! マジで!! クソ総長がッ!!」




不意に聞き慣れた、とある少年の声が大広間全体を貫いた。




「(……ネロ?)」




声につられてぱっと顔を上げると、側で治療を行っていたルキアと目が合った。彼も異常事態に気がついたらしい。

治療の手を動かしつつ声の主を捜すと、最も玉座に近い場所──この大広間の最奥部に2人の男性が佇む姿が見えた。



1人は叫び声の主、ネロ。

そしてそんなネロと対峙するのは、脳天から爪先まで全身を鮮血で染め上げた騎士。


ネロの叫び声と、その鮮血の佇まいから一瞬“クリスフォードの英雄”と言う言葉が脳裏に蘇る。クラウス総長の異名だ。

孤児院の子供達が口々に話していた「1人で1000人の騎士をやっつけた!」「真っ白な制服が返り血で髪色と同じ真っ赤になったんだ!」などという噂から派生した名称。



となると、あれはクラウス総長か。



あまりにも遠いのでその顔は、ぼんやりとしか見えない。だだっ広い王宮の弊害である。


中庭で戦闘していたのでは? というか何故味方のはずのネロと対峙して? などという疑問はあるが、総合的に判断するとそうのはずだ。

怪物染みた戦闘能力はこの頃も健在のようで……。



そんなことを脳内でつらつらと考えていた刹那、ルキアの震える声が響いた。




「……兄貴?」

大変長らくお待たせいたしました。更新再開となります。

次回は記念すべき100話目であり、そんな折りにこのような展開で良いのだろうかと少し悩ましいところではありますが、お楽しみ頂けますと幸いです。

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