第74話 事情聴取
本日も間に合いませんでした、大変申し訳ございません……。
「──それでは、言い訳を聞きましょうかセレナ」
「も、黙秘したいです……」
目の前に御座す、三角の耳を尖らせたグレン様から目を逸らす。
あれからしばらく経ち、私と帰ってきたネロはジェモーにある個室の1つへと連行されていた。
騒ぎを聞きつけてちょうど王都内を巡回していた騎士達がやってきたが、グレン様の姿を見るや否や皆立ち去っていった。まあ第二騎士団長様が現場にいたら「あ、じゃあ俺達はもういいか……」ともなりますよね!
それでもグレン様1人だけで聴取というのは──と、保護者兼騎士団代表としてヴォルク団長が呼び出されていた。
と言うことで、現在個室にいるのは私、ネロ、グレン様、ヴォルク団長、お父様、そしてクラリスの6名だった。ちなみにネロが捕らえた料理人は騎士達が連行していったのでこの場にはいない。
私の向かい側に長机を挟んでグレン様、その後ろにお父様とクラリス、そして仕切りを挟んだ向こう側にネロとヴォルク団長と言う構図。
これじゃまるで圧迫面接だ。それ相応のことをしたのだから、と言えば否定できないが。
けれども仕切りの向こう側からはネロとヴォルク団長の楽しげな談笑が聞こえてくる。
いや、分かるよ。あれがヴォルク団長の聴取のスタイルなのだ。しかし聴取の一環なのだと分かっていても、あまりにも雰囲気が違いすぎる。
酷い! 私もあっちが良かった!
だんまりを決め込む私に痺れを切らしたのか、グレン様は再び口を開いた。
「貴方を疑うつもりはありませんが、非番とはいえこれも職務ですので。貴方の疑いを晴らすためにもどうかご協力下さい」
要は洗いざらい吐け、と言うことだ。
いや、ね? 別に話せないこともないわけですよ実は。何も悪いことはしていないのだからそこは問題ない。強いて言うならネロが無断外出している可能性がある、と言う点くらいだろうか。
話そうと思えば話せる──私が逆行しているという事実をどう誤魔化すかが問題なだけで。
先ほどお父様とグレン様の風評被害を巻き起こしてしまった身としては、今度こそ気をつけねばならないと思う。
私は言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。
「今日は少し用事があって、このお店で給仕係を手伝わせていただいていました。その時に、アーチの……料理を運んできた子の挙動がおかしいのに気がつきました。直前にネロからの連絡を受けていたので、何か混入している可能性は十分にあるかな、と。その真偽を確認するために毒を口に含みました。スープに口をつけたときに彼女が逃走したので追いかけて──後はご存知の通りです」
よし、これなら少なくとも嘘は言っていない! 我ながら良い説明だったのでは──と内心で自画自賛の嵐を巻き起こしたところで、はたと気がつく。
えっと何だろう、何かを忘れている気が……?
「毒を、飲んだ……?」
そういえば、毒を飲んだ事って伝えたらアウトなのでは……?そう気がついた頃には時既に遅し。顔面を蒼白にさせたグレン様の大きな手が、物凄い勢いで私の口をこじ開けた。
「炎症などはないですね……まさかとは思いますが、飲み込みましたか?」
「は、はきだしてますよ!? いくらなんでもそんなことはしません!」
「貴方、つい先ほどまでの自分の行動をお忘れで?」
2階から飛び降りとか、毒を口に含むとか、ね? やらかしている自覚は一応ある。
けれども流石の私も毒を飲むだなんてそんなことはしない……と思いたい。
急に自信がなくなってきたが、とりあえずまあ今回に限っては飲み込んでいないのでオーケー! ……とはならないよなぁ。
早めに吐き出せたお陰で現在身体に異常はない。ネロが解毒剤を持ってきてくれたけれど、まあ異常はないし……と言うことで結局服用しなかった。
アーチを取り逃がしてしまった事に関してしょぼくれていたけれど、十分すぎるほどの戦果だ。
もごもごとこちらに聞こえないくらいの声量で何やら呟いていたグレン様は、暫くして大きなため息を1つ零した。
怒るよね、そりゃあ怒るよね!
私だって婚約者云々以前に、知り合いが毒を飲んだと知ったらいかなる理由であれ「嘘だろ……?」と問いただしたくなるもの。自分でやるのと他者がやるのでは重さが違うのだ。
「……貴方は貴方自身の価値を何も分かっていない。貴方のその過剰な自己犠牲は、貴方を愛す人達の想いを踏みにじる行為だ」
眉根をぎゅっと寄せ、吐き捨てるようにグレン様はそう言った。その歪められた端正な顔には、悲しげな色が浮かんでいた。
分かっている。そんなこと、十分に分かっているのだ。
私だってルイーズやソフィア、お兄様やネロ、それにグレン様が同等の行為をしたら同じように憤るだろう。
加えて貴族的に言えば私はヴィレーリア王国の侯爵令嬢で、外交の要たるアーシェンハイド家の娘で、グレン様──次期辺境伯の婚約者だ。毒殺などあってはならない……それが例え未遂であったとしても。
それでもやらなくてはならなかった。これを防がなくては、あの戦争が巻き起こってしまう。
どれが引き金となるかはっきりしていない以上、例え小さな要因だとしても摘み取らなくてはならない。
自分の価値を軽視したつもりはない。ただ、使える物を全部使って、出し惜しみをせず行動しなければ出来ないことがある。戦争回避のためならば、私の命だって使う。──その結果が、これなわけだが。
「……大変、申し訳ございませんでした」
自身の行動を正当化する言い訳はいくらでも思いついた。
しかし、そんなことを考えれば考えるほど酷く胸が痛み──気がつけば私は謝罪の言葉を口にしていた。
ぎゅ、と無意識に握り締めた左手を右手で押さえる。グレン様の顔を、お父様の顔を正視できない。……これじゃ、まるで叱られた後の幼子みたいだ。
俯いたままパタリと黙り込むこと暫く、不意にグレン様の腕が伸び、大きな掌で頭を撫でられた。
「すみません、その……そんな顔をさせたかったわけではないのです。ただ、貴方が無茶をして、いつか大きな事を起こすのではないかと──貴方がいなくなってしまうのではないかと思うと、恐ろしくて」
不器用に動かされる手の動きが、彼の真摯さを物語る。
「(──今度はもっと上手くやろう)」
グレン様を救うために、危険を冒さずにいることは出来ない。だけれどももう少しやり方を模索しながらやろう、と改めて決意した。




