第56話 適性検査
──適性検査。それは騎士を目指す者にとっての一世一代の決断と言っても差し支えない。
附属では必修科目の長剣の他に、もう一つ武器を選択し履修することができ、この適性検査では自分がどのような武器に対して適性があるのか、逆に才能が無いのかがわかる。大抵の生徒達はこの検査結果をもとに、専攻武器を決めるのだ。勿論、弓に適性はなかったけれどどうしても弓を習いたい! という生徒も毎年数名いるらしく、必ずというわけではない。
検査方法は至って簡単。学生証を作ったときのように、魔法具──水晶玉に魔力を注ぎ込むだけ。その後は国内でも1位2位を争う凄腕の闇系魔法使いが適性を教えてくれる……らしい。私も実際にやったことがあるわけではないので“らしい”に過ぎないけど。
──長蛇の列の先は、いくつかの個室だった。元々は応接間だったのであろう部屋に、1人、また1人と誘導されていく。聞いた話によればプライバシーを守るためなのだとか。
完全個室制ではあるが入れ替わりの回転は速く、そう時間のかからないうちに自分の順番が回ってきた。
ノックをして部屋に入ると、カーテンの閉め切られた薄暗い室内には香木の香りが漂っていた。
魔法とは体内にある魔力を使って起こす現象のことを指すが、その魔法の精度を上げるためには補助道具として杖や水晶玉などがよく用いられる。香木もその補助道具の一種である。
「いらっしゃい。どうぞ、そこの席に座ってね」
よくある木製の長机の向こう。赤い革張りのソファーに腰掛けていたのは、黒いローブを纏った初老の女性だった。柔らかな微笑みを浮かべることで、彼女の白い肌にいくつかの皺が刻まれる。貴族令嬢はよく老いを恨むものだけれど、こんなレディになれるのならば老いるのも悪くはないのかも──柄にもなく、不思議とそんな思いを抱かせるような女性だった。
「こんにちは、私はソロル。ソロル・オリヴィエよ。もう長いこと占者として附属に勤めているわ。占術の講師もしているから、授業選択によってはまたお会いできるかもしれないわ。……それで、あなたのお名前を聞かせていただけるかしら?」
「セレナ・アーシェンハイドです」
「あら、アーシェンハイド! だとすると、あなたはセベクくんの妹さんかしら。ふふ、お会いできて嬉しいわ」
私は思わず目を丸くした。附属に入学したからには、多少はお母様関連の話題が出るだろうとは思っていたけれど──クラウス総長然り──まさかここでお兄様の名前が出るとは思わなかったからだ。貴族社会って案外狭いものなんだな……と唖然としてしまう。そんな様子の私を見留めてソロル先生は再び小さな微笑みを浮かべた。
「──それでは、占っていきましょうか。魔力をこの水晶玉に注いでくれるかしら?」
私はソロル先生の言葉に1つ頷いてみせると、水晶玉に手を翳した。魔力は血液と共に体内を巡り続けている。そんな魔力達を意図して指先に誘導し、水晶玉めがけて流し込む。指先から金色の光が零れ、光は水晶玉の中で稲妻を孕んだ煙と変化していく。
「──あらあら、これは珍しいわね」
あらかじめ、準備していたのだろう。特に詠唱をする様子もなかったソロル先生が感嘆の声を上げる。
闇系魔法使いのソロル先生にはその水晶玉の奥に何かしら見えているのだろうけれど、雷系魔法使いの私には雷雲が蜷局を巻いているようにしか見えない。
ヴィレーリア国民は魔力量や才能の差はあれど、その国民のほとんどが魔法を使うことが出来る。そんな魔法には属性というのが存在し、その中でも貴重と言われるのが、ルーナやルキア様のような光属性とソロル先生のような闇属性である。貴重な分解明が進んでいないというのも事実だが、この二属性の魔法は他の属性の魔法と毛色が違うというのもまた事実で今回のような占術が良い例だ。
──うーん、羨ましい! 無い物ねだりなのは重々承知だが、私も“力”が欲しい……何者にも打ち勝てるそんな“力”が……!
「珍しい、と仰られますと?」
「うーん、説明が難しいのだけれど……とても端的に言うと、2つの才能が拮抗している状態のようなの。附属の方針上、一応1番適性の高かった武器をおすすめしているのだけれど……」
ソロル先生は1枚の植物紙を取り出すと、その紙の宙を撫でるように手を下から上へと動かした。間もなく、その紙の上に文字が浮かび上がる。
……なるほど、これが噂に聞く闇系魔法の“転写”か、などと的外れなことを考える私をよそにソロル先生は更に言い募る。
「このグラフを見て貰えばわかるように、セレナさんの才能は弓と短槍の2つが飛び抜けている、というのが私の占いの結果。ほんの少し弓の方が適性があるようだけれど──それも誤差のようなものなのよ」
困り顔でそういったソロル先生から検査結果を転写した紙を受け取りつつ、私は思いだしていた。──そういえば、お母様の授業って弓なんだよなぁ……と。
確かに、身近に手本となる人物がいることはとても有利だ。それに私も狩猟を嗜む身。弓も多少は心得がある。加えて手本となる人物が身近にいるのならば休暇中も鍛練できるし、何か間違いがあれば指摘を貰いやすい。
ただなぁ、あのお母様なんだよなぁ……。お母様の授業は……なんか嫌だなぁ……。
かといって「それじゃあ短槍の授業を受ける方向で考えてみます!」とも言い難いのが現実だった。何故ならば短槍を担当する講師は──グレン様なのだから。
グレン様と授業? 集中できるわけがないじゃないか! 馬鹿にするなよ、私はごくごく一般的な令嬢のセレナ・アーシェンハイドだぞ。
好きな人……好きな人? 婚約者? と一緒に授業するだなんて、考えるだけで気が狂いそうだ。お兄様にしこたま揶揄われるに決まっている。
「……一度持ち帰ってもいいですか?」
「ええ、そうした方が良いかもしれないわね。専攻を決めるのは3日後までだから、資料提出するのを忘れないようにね」
色々と思考を巡らせた結果、私は現実から目を背けることにした。




