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第52話 クラウス・ハルバート

少しだけ、前回の話をする。約1年──正確に言えば1年以内だが、とにかくそれほど短い期間であったというのにも関わらず多くの被害を出した、ゾルド国と我がヴィレーリア王国を含む連合軍の戦争。通称“グリスフォード戦争”。この名称は最後の戦場となり最大の被害を出したゾルド国の地名に由来する物だ、という話はとりあえず置いておく。

幸か不幸か我がヴィレーリア王国はゾルドとは面して居なかったため焦土となることはなかったが、戦況は度々国内でも噂になった。それは貴族達の間に留まらず平民達にまで広まり、娯楽に飢えた幼子達の心に火を付けた。そうして瞬く間に子供達の間に広がったのが、いわゆる“兵隊さんごっこ”といった物である。このような遊びは終戦後も……記憶にある限りだと、私が投獄されるときも子供達の間では人気だった。

中でも人気が出たのが“グリスフォードの英雄”──すなわち、クラウス・ハルバート。騎士団総長という役職に加え、戦場から届く彼の快進撃の話に多くの子供が憧れた。

孤児院の子供の話によれば「1人で1000人の騎士をやっつけた!」とか「真っ白な制服が返り血で髪色と同じ真っ赤になったんだ!」とか。言ってはなんだが、わかりやすい英雄譚である。




そんなカリスマ的英雄クラウス総長と私の間には何の接点もない。何故ならば前回の私は騎士を志すこともなければ、頻繁に訓練場を行き来していたわけでもないからである。加えて、王太子の婚約者としてつけられた護衛は騎士は騎士でも近衛隊に属していた騎士達だったので、騎士団総長と会話するようなことは一切無かったのである。



これがゾルド側の人間だったら震え上がるところだが、幸いにも私はヴィレーリア王国民。人畜無害! むしろ英雄万歳! ……のはずだったのだが。




「──ふぅん、セリアの娘。娘、ねぇ?」




テーブルを挟んだ向かい側にはクラウス総長、左にはグレン様、そして右と背後には滑らかで触り心地の良い食堂の壁。四方を固められた私に逃げ場はない。

ソフィアやルキアは私がクラウス総長に捕まったのを見るや否やそそくさと帰宅してしまった。唯一の身内枠であるお母様も席を外していて、私はその帰りを待つという名目の元、食堂に連行された──といった次第である。


クラウス総長はそうぼやきながら、手元にあるアイスティーを一気に呷った。私やグレン様の目の前にも同様にアイスティーが用意されているけれど、なんとなく手をつけられないでいる。




「息子の方が王宮魔導師をやっているという話は聞いていたが……そうか、娘の方は附属に通うことにしたのだな。珍しいには珍しいが、セリアの娘だというのならば納得だ」




クラウス総長とは本当に嘘偽り無く関わりが無かったので今日に至るまでノーマークだったが、どうやらお母様と何か関わりがあるらしい。うーん……でも前回ではそんな話は聞かなかったよなぁ……?もちろん、単純にタイミングがなくて話していなかったという可能性も否めない。


ぶっちゃけて言うと「なんだコイツ……」と思いつつ心当たりを探っていると、不意にクラウス総長が口を開いた。




「……セリアのお零れを貰えると思ったら大間違いだぞ」



「……は? 何のことでしょうか」



「俺の経験上、心当たりがある奴は皆“何のことでしょうか”と言うのだ。役職上、人を見る目はあるつもりだ」




──お、お零れ? 何の話?

思わず首を傾げると、今度はぎっと効果音が付きそうな程に強くにらまれてしまう。わ、わからない……! 何が逆鱗に触れたのかとんと見当がつかない……!




「成績優秀、容姿端麗、高位貴族令嬢でありながら他の男共を寄せ付けない戦闘能力。ありとあらゆる側面から、セリア・アラバスターは俺が最も尊敬する騎士だ。例え娘であり、外見が似ていたとしても、常人がセリアに及ぶことはない。いい気になってくれるなよ……!」




私は気がついてしまった。

ま、まさかこんなこと考えたくもないけれど──クラウス総長って、お母様ガチ勢ってやつなのでは……!? と。

い、いやいや。流石にそれは盛りすぎだと思う。身内の欲目というか……ああ、でもクラウス総長は身内ではないか……?

私の予想を裏付けるようにグレン様は苦笑いを浮かべながら口を開く。




「クラウス総長はセリア殿の級友であり……まあその、とにかく仲が良かったらしいのです」




全国民の憧れ“グリスフォードの英雄”が自分の母親のガチ勢だなんて知りたくもなかった……やはり世の中には知らない方が良いことがいっぱいあるんだな。


とにもかくにも! クラウス総長が変な勘ぐりをしていることはよくわかった。そして地味に目の敵にされていることも。正直騎士団の最高権力者の機嫌を損ねるのは駄目ではないけれど、非常にマズい。問題はクラウス総長は私がお母様に対する賞賛のお零れを狙って附属に通うことにしたのでは、と予想していること。要は、お前ちやほやされたいんだろ! と仰っているわけである。 けれどこれはまだ訂正可能! 何とかなる! 反対に、悪手なのは感情的になって向こうを煽ることだ。……ならばどうするべきか?




「──いや、私はグレン様とイチャイチャするために附属に来ているのでお母様は何ら関係ないですね」



「は、はぁ?」




こういう場合は下手に着飾った答えをしても駄目なのだ。必要なのは──突飛な回答。変人にまともな回答を返しても無意味だと言うことを、私は身をもって知っている。

まあ、言っている内容は嘘じゃないしね! グレン様との平穏な生活のためにこれから何とかする予定ですし! 目処は立ってないけど!


クラウス総長には悪いが、ここからは私のターンである。




「正直お母様とか栄光とか……騎士とかはどうでもいいんです。グレン様の隣に立てるのならば、地獄だろうが戦場だろうが、ドラゴンの胃の中でも私は行きますよ」



「何故そんな思想の貴様が附属に受かったんだ……もっとこう、あっただろ“家族のため~”とか……」



「いやいや、合格の印を押したのはクラウス総長ではありませんか。それに私はきちんと面接用書類に書きましたよ、グレン様の側に居られる生活を守るため──家族達との平穏な生活を守るために騎士を志しました、と」



「物は言い様だな……」




それに、一部を除いた大半の生徒達もどっこいどっこいだと思うけどなぁ。

貴族の子息令嬢達の御用達たる学院に比べて、附属に通う生徒は高位貴族の三男や四男、土地を持たない下級貴族──要は土地も財産も相続の見込みがない人達。そんな彼らが附属に通う目的は、成人し家を出たあとでも食べていけるよう就職先を確保するためだ。クラウス総長の言うような「祖国のため、愛する家族のために騎士として……!」という崇高な思想なんて抱いてなんか無い。

もしそのような思想が芽生えたとしても、それは在学中に芽生えることであって、入学すらしてない私達は知ったことではないのだ。

むしろ、私の方がクラウス総長の求める思想に近いのではなどとも思ってしまうくらいだ。家族と婚約者が置き換わっただけなのに、一体私の何が悪いのか。……言い方か。




「──私はただ守られるだけの令嬢では居たくないのです。……疑惑は、晴れましたでしょうか?」



「いや、別の問題が浮上してきたが──その件に関して疑ったことには謝罪しよう。すまなかった。……それと、ニヤニヤするなよ」




クラウス総長がそう言いながら頭を下げる。に、ニヤニヤ? してないつもりだったけれどもしかして口角上がってた!? と慌てて口元に手をあてる。しかしクラウス総長は私の行動を首を横に振ることで否定し、代わりに私の左側を顎で指し示した。

あ、あの……私の背後は壁で、そうなるとグレン様しかいないんですけれども……?


そーっと左側を見上げると、そこには言い知れない感情を瞳に灯してうっそりと微笑むグレン様の姿があった。




「もう3年は共にいますし、彼女の行動にも慣れたと思ったのですが──そんなことはなかったようですね」




……一応、貴族令嬢としての常識から見ればとんでもないことを言った自覚はありますよ、ええ。

背に腹は代えられない! なんて思ったけれど、もしかして他に最適解があったのでは──なんてのは後の祭りである。

クラウス・ハルバートは国民の憧れであり、非常に面倒臭いタイプの人種です。

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― 新着の感想 ―
ガチ勢とか言いながら娘を勝手な妄想で罵るなんてたかが知れてる英雄様で印象最悪ですわ。
[良い点] 総長、推しの娘をライバル扱いとは業が深いです。 [気になる点] 今のベクトルが逆転したら(推しの娘も推し、と)、それはそれで、死ぬほどウザくなりそうです、総長。 [一言] 前の世界線でも、…
[一言] これだけ言われたらグレンじゃなくてもニマニマしますわな(笑)
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