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第38話 ため息

「はぁ……」



「やめろよセレナ。幸せが逃げてくぞ」



「ではお兄様が適当に吸っておいて下さいまし」




そうして私がもう一度ため息をつくと、少し間をおいてお兄様がすぅ、と息を吸った。

ノリが良いな、この兄は……。




「何がそんなに不満なんだ」



「不満と申し上げますか──ちょっとグレン様と顔を合わせるのが憂鬱なだけですわ。自分の蒔いた種ですけれども」




勢いで口づけてしまった……ほっぺにだけれども。ちょっぴり思い出すだけで顔が熱くなる。ついでに口の中も痛くなる。


これは重症だわ……呪いか何かなのかと疑いたくなるくらいだ。




──遂にやってきてしまった花祭り当日。




グレン様がお忙しかったのと、私の心境もあり、花祭りのお誘いは手紙でのやりとりになった。

不誠実かな……? とちょっと心配したけれど、手紙には快諾の返事があったしまあ大丈夫でしょう。




「……グレンの反応に関して気を病んでいるのならば、心配する必要はないと思うぞ。俺からお前の様子を逐一グレンに報告しているし」



「は?」




──一体何をやってるんだお兄様は!?

ぼんやりと宙を見つめていたところを、瞬時にお兄様のいる方向を振り返る。お兄様がしてやったり顔で意地悪く嗤った。




「──やっとこっちを向いたな? まあ心配するような内容ではない。お前のことばっかり考えて生活も覚束ないみたいだぞ──と」



「ひ、酷いですわ! 虚偽申告なんて!」



「虚偽申告? なんて人聞きの悪い。自分の行動を振り返ってみればいいさ」




さ、最近の行動?

私は少しだけ己の行動を振り返る。


ため息を零しがちだったり、ちょっと食事に手をつけられなかったり、ぼんやりとしがちだったり──?




「……な? 虚偽ではないだろう?」




お兄様が自信ありげに微笑んだ。

私はお兄様から視線を逸らしながら適当に肯定をする。




「……そうかもしれませんわね? お兄様が意地悪なのは変わりありませんけれど」



「まあまあ、お兄様のことをキューピットと呼んでも良いんだぞ?」




にやぁ、と人の悪そうにお兄様は口元を歪ませた。


む、ムカつく……!

兄に対してこんなに腹が立ったのは牢獄ぶりじゃないだろうか。

苛立ちに任せて魔法を放とうとしたところを、何とか僅かな理性で抑える。



──よーしよしよし、落ち着けセレナ。

兄殺しの侯爵令嬢なんて、“稀代の悪女”と呼ばれても仕方がないわ。それにどうせお兄様の魔法に阻まれてしまうなら魔力の無駄だ。




「(……よし)」




ひとまず切り替えよう。兄に対する苛立ちをグレン様にぶつけるなんて最低だもの。


逆に考えるのだ。兄のフォローのお陰でグレン様が私に対して不愉快に思っているパターンはないし、私の手紙も照れ隠しだと思われている可能性が高いのだ、と。

逆境を有効に使えずにして何が貴族令嬢だ。私のすべきことは獄中死を回避し、グレン様を幸せにすること!


そこを違えてはいけないし、達成のためには私の下らないプライドなど必要はないのだ。




「私、準備して参りますわ!」



「そうしろそうしろ」




ここしばらくはぼんやりしていて使い物にならなかった私だが、ちゃんと花祭りの計画は練ってある。なので余計な心配は無用。



今日の目的はグレン様と一緒に花祭りを楽しむことだ!

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