第28話 お前ってやつは!
私が取り押さえられてから体感で一時間ほどが経過したが、奴隷と思わしき少年は未だに私のことを見つめていた。
──いや君、凄いよ。グレン様とかその他美形とはやし立てられる人々を見つめるならともかく、“微少女”な私の顔を見つめ続けてよく飽きないね。
流石にいたたまれなくなったので、私は困惑気味に口を開く。
「あの、そんなに見つめられたら照れてしまいますわ……?」
「……でもお頭が見張ってろって」
あーうん、そうだよね。奴隷としては納得の忠誠心なんだけどさ!
私はできるだけ無害そうな笑顔を浮かべて見せた。
「別に逃げたりなんてしませんわ。あんなに屈強な殿方が集まっているのに逃げるなんて無謀すぎますもの」
逃走経路が確保できたら魔法なりなんなりを使って逃げるつもりだけれど、今逃亡するのは流石に下策。それくらいは戦略初心者の私だってわかる。
少年は「けど……」と食い下がった。
食い下がる気持ちも分からなくはないけれど、私だってこれは死活問題なのだ。早急に改善願いたい。
「そ、それじゃあ! お喋りするのはどうかしら!?」
「……お喋り? なぜ?」
「だってほら……喋っていたらそこまで見つめ合わずとも近くにいるのが分かるでしょう!?」
──苦しい! これは我ながら苦しい言い訳だ!
流石に駄目か、駄目だよな……なんて半ば諦めていたときだった。
「……変なの」
「ん?」
「普通、貴族の令嬢サマってのは俺みたいな奴隷なんて、嫌がるんじゃねーの? それなのにお喋りだなんて……」
その瞬間、「変なやつ!」と少年はゲラゲラと笑い出した。
何がそんなに面白いんだと聞きたいくらいに大声で笑う少年に賊の男達の視線がチラチラと向く。
まあ正直今生まれて初めて奴隷なる存在を見たから好きも嫌いもないんだけど──まあそんな解答は彼も望んでいないだろうから、私は口を噤む。
少年は腹を抱えて気の済むまで笑い転げた後、滲んだ涙を拭いながら言った。
「良いぜ、気が済むまで話そう?」
え、良いの? 本気で?
思わず疑いの視線を向けるが、少年は物ともせずにずりずりと木箱を移動させ、その上に座った。
「俺、ネロ。主人達には“チビ”って呼ばれてるから、どっちでも良いよ。……アンタは?」
はしっと私の両手を握り、ネロと名乗った少年は笑う。
あ、あれ? なんか思ってたタイプと違うような……?
「セレナ……セレナ・アーシェンハイドですわ。よろしく、ネロ」
***
「──へぇ、アンタにも兄弟がいるんだ」
「ええ、6つ離れた兄がいますの。……“も”ということはネロにもご兄弟が?」
「うん、すげーいたけど、俺が生まれたときにはもう皆奴隷として売り払われていたから何人いたのかは知らねぇな。今、連絡を取り合えているやつも居ねぇし」
奴隷──ネロは物凄くお喋り好きの少年だった。
時々彼の口から飛び出てくるブラックジョークにはまだ慣れないけれど、まあ悪い人ではないんだろうというのは伝わってくる。
彼との対話の間に、実はこっそり周囲を探っていた。これも全て妃教育の賜物である。
いやぁ、王太子はクソだったけれど習ったことは着実に私の力になってるね! 王太子はクソだったけど!
どうやらこの野営地に出入りしている男の人数は10人。ネロと私を加えると12人。
その内、奥の方で何やら作戦会議をしているのが頭と呼ばれた男を含む4人で、残りの6人はどこからか木箱を運んでくる。
運ばれてくる木箱の中身はまちまちで、惚れ薬や巨大化の効力のあるポーションだったり、水槽に入れられた魚だったりする。
しかし、どれもこれもが法律で取引が禁じられている物ばかり。
──うわ、密輸だ。これは間違いない。
何か脱出に使えそうな物はないかなぁとのぞき見をしているが、今のところ役立ちそうなものは見つからない。
いやもう大ピンチだよ。どうするんだよこれ。
私はちょこっと精神年齢が高いだけのごく一般的な令嬢だから力でねじ伏せるわけにもいかないし!
いくら魔法が使えても、取り抑えられてしまったら意味が無いんですよ……。
「──アンタも可哀想だよな。人違いで攫われた上に、今度は奴隷として売り払われるんだろ?」
「……ネロも同じでしょう?」
「いや、俺は生まれ落ちたときから奴隷だから違うな。父親も母親も奴隷だと、その子供も奴隷になるんだよ。ゾルドではそうなんだけど、ヴィレーリアでは違うのか?」
──ゾルド!?
ネロの口から“ゾルド”の名が飛び出たことが衝撃的で、話された内容はすっかりとんでいってしまった。
ゾルド──ゾルド帝国。
ヴィレーリア王国よりもはるか北東に位置する巨大な独裁国家。圧倒的な軍事力と人口を誇るが、痩せた土地柄でヴィレーリア含むゾルド以南の地域を虎視眈々と狙っている。
ヴィレーリア周辺国としては珍しい奴隷制を認めている国で、そして何より──
「(ヴィレーリアはゾルドと5年後に開戦する……)」
かの戦争は、1年という僅かな期間でありながら数多の死者を出した。
実際ヴィレーリアは軍や騎士団の一部を出したのみで国土が戦場となったわけではないが、その凄惨な状況は国内でもよく耳にした。
「──ね、ネロはゾルド出身なの?」
「そうそう。俺のご主人達はゾルドの支配する南方諸島の出身らしいけど、俺はゾルド内地の出身だな。出身って言っても、ルーツはご主人達と同じ南方諸島だけど」
うわぁ……と思わず声が出そうになったところをすんでの所で堪える。
ヴィレーリアのこんな内地に、この時点で既にゾルドの人間が入ってきていたなんて考えたくもないことだ。
「(あの戦争では私達ヴィレーリア含む連合軍が勝利したけれど、軍はほぼ壊滅状態に追いやられて、騎士団の隊長クラスも半壊だったって聞くし……)」
あれ、待って、そうじゃん。
あの戦争で隊長クラスは半壊状態に追いやられて、他の隊員が後釜に入った。
私が前回関わったのは恐らく後釜と呼ばれた人達。
でも私の記憶のある限り、前回の騎士団の団長や副団長クラスの人間に獣人なんていなかった──
不意に、違和感を覚えていたその点と点が結ばれたような気がした。
「……グレン様」
王太子の婚約者に過ぎなかった私が騎士団の人達と関わることなんてそうそうないから違和感なんて感じていなかった、などというのは言い訳に過ぎない。
──私はなんてことを忘れていたのだろうか。




