俺の身体が目的なの!? ―side リオン―
王城の脇の地下道へこっそり入って行く王太子。
この先は、修道院が所有していたと言われる地下監獄があるはずだ。
今は使われず、志し半ばで夢破れた修道女の亡霊が出るとかで完全立ち入り禁止となっている。
俺は、足音が魔法で消えているにもかからわず、歩く足が重くなる。
何故、こんなところへ?
そして、やや開けた地下牢へ着いた。
俺は、もう少しで声を出してしまうところだった。
そこにいたのは、行方不明になったとされている貴族学園の女生徒達だった。
なんと、惨いことに壁に腕を括りつけられていて、皆ぐったりとしている。
よく見ると、どの生徒も股の間から血が流れていたのか、流血の後が見られる。
はっ! 俺は気付いた。俺がこの前ドジった時、王太子に声をかけられていた2年生の2人組の女生徒もいた。総勢10名。何故? どうしてこうなった。いや今なら分かる。
もう間違いない。彼女達は王太子の性奴隷にされている。こんなこと考えたくも見たくもなかった。
でもこの現状が、王太子の卑しい笑顔が、現実へとすり替えさせる。
そして、更に驚くべき光景を俺は目にした。
牢獄奥から1人の恰幅のよい壮齢の男性が出てきた。
な! なに!? なんでこんなところに?
一番こんなところにいてはいけない人物。アルバート王国の国王だ。
この現状を作り出したのが王太子だとしても、国王までが関与しているとは。
その国王が王太子に対し口を開いた。
「ラルフ、大概にしておけよ。流石にこれ以上玩具が増えたら隠しきれん。憲兵達もそろそろ怪しむだろうしな」
「そう言う親父こそ、楽しんでやがって。流石にティアラに気付かれるわけにはいかないからな。だが妹のリオンは、最高の身体なんだよな……。ティアラさえいなきゃ攫ってたな」
「何を言う? ティアラの方が才女でいいではないか? それにあの娘はお前の『魅了』を使わずしてお前に惚れているのだろ? 将来妃にするには最高じゃないか。まあその玩具でとことん楽しんだら、大人しく結婚するんだな」
うげっ! ぞわぞわって背中に虫が這いずり回るようで吐きそうだ。
俺狙われてんのかよ!
こみ上げる吐き気を堪え、ここは何とか退散しなくてはならない。
どう見ても俺だけでどうにか出来るものでもない。冷静にならなくては。
俺は必死に吐き気を堪え、その場を後にした。
何とか、自宅へたどり着いた。
姉貴は学園祭実行委員で疲れていたせいか、もう既に休んでいるようだった。
俺は、両親からすれば若干どうでもいいような放任具合なので、遅くなろうとも、とやかく言われない。親父もお袋も姉貴が可愛くて仕方がないからだ。では俺は両親から見放されているんじゃないかって?
意外とそうは感じない。何故かと言うと、親父もお袋も毎日俺の眼をしっかり見て話してくれるからだ。拘束もなければ、どうでもいいというような諦めもない。俺はそれが心地よかった。
まあ、今はその方が助かるのだけど。
そして、翌日より俺は、あのクソ王太子どうにかしなければと作戦を立てることになる。
何故、10名もの女生徒が蒸発していて何も事件の痕跡がなかったのか。
今なら分かる。俺がドジって王太子に見つかったあの日。
2年生女生徒2人組が、王太子と顔を合わせ、王太子の眼が光った途端、明らかに距離感が変わり近くまで寄り添い、2人はまるで傀儡のようになり頷いて校門を出て行った。
――答えは『魅了』だ。
俺は、勉強はてんでダメでも、魔法の事であれば群を抜いて博識だ。
精神系の魔法。しかも『魅了』ときたか。
国家最高権力を持とうともあろうものが『魅了』を使える。
う~ん……これはちょっといや、やべーぐらいかなり骨がおれるかもな。
俺は内心焦っていた。
正直、相手が悪すぎる、何故よりによって……国王までもが。
俺は数日間、ラルフ王太子の『魅了』について調べてみた。
やはり、思ってた以上に厄介な魔法だった。
王太子が『魅了』を発動させている間に、彼の眼と眼が合ってしまった異性は問答無用で魅了されてしまう。つまり全ての思考を放棄して、ラルフ王太子を愛するようになってしまう。『魅了』の継続時間はなんと3時間。これだけあればラルフ王太子は相手を御した状態で簡単に性奴隷に出来てしまうということだ。『魅了』が解けても、手枷を嵌められていれば女生徒達は逃げられない。王太子は自分の好みの生徒を選定して『魅了』にかけていた。だから、マンウォッチングをしていた。
俺が目撃した2年生の女生徒2人に対しても、あらかじめマンウォッチングで選定済みだったという事だ。相当好みだったんだろう。そして『魅了』をすかさず発動させ傀儡状態にする。2人に命じて王城脇の地下牢に来てとでも言っていたのだろう。
”……にきて” とあの時王太子の口がそう動いていたのを思い出す。
これでは、女生徒蒸発事件が何の手掛かりも痕跡もないという不可思議な状態に陥るのも頷ける。
女生徒達は自分から、攫われにいったようなものだからだ。
くそっ! あのクソ王太子が!
思わず壁を殴る。
俺は悔しくて唇を血が出るまで噛んだ。ふざけんじゃねー! 早くあの女生徒達助けないと手遅れになる。考えろよ。考えろ俺。
あ? 王太子はいつから『魅了』使えるようになったんだ? ふとした疑問。
あっ! 女生徒蒸発騒ぎが始まった頃だ。俺考えてたもんな。王太子は姉貴だけじゃそろそろ満足しねーんじゃねえかって。そんな時、欲望が形を変えたのかもしれない。精神系魔法『魅了』として。
まあ、姉貴は元から既に『魅了』されずに魅了されてたけどな。でもそれが逆にあのプライドの高い王太子には響いたんだろう。能力の力を借りずに姉貴をものにしたって事だからな。内面はクズだけど。
おそらくだが姉貴も王太子が『魅了』なんて魔法持ってるって事知れば、さすがに警戒して婚約も考え直すと思うんだが。現状は姉貴は王太子が『魅了』を持った事を知らない、そして王太子は姉貴には『魅了』を知られるわけにはいかない。
そして、俺は結論を出した。
よし! これで行こう。
翌日から丸3日に渡り、王太子の行動を観察した。王太子の気を引く女にならなければならない。
少なくとも姉貴よりも王太子にとって魅力的な女にならなければならない。
――なるほど、王太子の好きな茶葉の銘柄はアールグレイ。やっぱ俺と違って洒落たもん好むよな。
書籍はなんだあれ? 昆虫大百科? あー変わり者はグロイ虫とか意外と好むらしいしな。あー俺も虫全然平気だわ。いつも虫が出てあーきゃー言ってんの親父とお袋と姉貴だけ……あっ俺以外全員だった。
そんなこんなで王太子好みの女になる為俺は3日間王太子を研究した。
だが、ここで決定的な事を思い出していた。
”だが妹のリオンは、最高の身体なんだよな”
クソ王太子が監獄で言っていた事を思い出す。
そういや俺狙われてたじゃん! 俺の魅力ってなんだ? 要は姉貴になくて俺にあるもの。
あっ! 答えは1つ。
これかよ! 俺は鷲掴みにしてみた。自分の2つの双丘を。
俺の胸は姉貴みたいなまな板ではない。言うなればメロンだ。
結局は身体かよ。
でもまあ、王太子の好みを知っておくに越したことはないな。
そして翌日が学園祭だという日。悲しくも学園祭の準備にも呼ばれない俺は、校門で姉貴を待つ王太子に声をかけた。
律儀に今日も姉貴を待つ王太子。流石だけど、俺は知っている。あんたの中身はドロドロだ。
「ラルフ王太子殿下。リオンです。今、お話出来ますか? どうしても聞いて頂きたい大事なお話があるんです、あの……皆に見られると恥ずかしいので校舎裏へおいで頂けませんか?」
「ん? ああリオンちゃん、お疲れ様。僕に用? もちろんいいよ」
ラルフ王太子を校舎裏へ誘導した。
「あの……折り入ってお話があるんです」
「どうしたの? そんな改まって」
俺は胸を突き出すポーズをとった。あらかじめ、制服とシャツの第一ボタンは外してある。より豪快に見えるように。
「あの……わたしもう我慢出来ません。ずっと……ずっと心に秘めていました。この燃え上がるような恋心」
うえ~、自分で言っていて反吐が出る。
「ラルフ王太子殿下。わたし、あなたの事を心からお慕いしています。世界中の誰よりも大好きです!」
よりメロン張りの胸を突き出す。
「あっ! いえ。分かってはいるんです。これが禁断の恋だってことが。でも、わたしはもうこの気持ち押しとどめている事は出来ません。お姉様の事はわたしがどうにかします。どうかわたしの想いを受け取ってください」
王太子が驚いた表情をした。だけど、俺には分かった。あっ! おちた……と。
「そ……嘘。そんな事が。まさか僕の大本命の君の方から……こんな事があっていいのだろうか」
俺は間髪入れずに王太子の胸に飛び込んだ。うお~。ふざけんな~。キモイキモイ! 馬鹿なの!? 死ぬの!?
「わたし、知ってるんです。ラルフ王太子殿下が、アールグレイの紅茶をこよなく愛している事も、昆虫達のような小さな命を大切に出来る心の綺麗なところも全部」
実際、調べた結果、それしか知らねー。知りたくもない。
「ほんと……夢……みたいだ。うん。君の一途な気持ちが僕の心を優しく溶かしてくれた。僕は誓うよ。君だけを一生守っていくと」
姉貴に言ってなかったか? そんなような事。まあいい。あんたチョロいわ。
「あの。そうしたら明日学園祭が終わったら、このことを一緒に姉に報告しようと思うんです。あの……殿下の方から、お姉様に声をかけて呼んで頂いてもいいですか? わたしそれまでにちゃんと姉に伝える心の準備をしておくので」
「うん。今回の事はどうしても姉妹の仲をかき乱しちゃう事だもんね。了解したよ。僕も彼女にはしっかり伝えるつもりだ」
俺の確信していた通り、王太子は俺に対しては必殺の『魅了』を使ってこなかった。おそらく姉妹なので姉貴の手前使えないと俺は知っていたから警戒はしていなかった。だがその事も王太子には援護射撃になった。あの豪快なメロンを持った妹が『魅了』を使わず御すことが出来た。あとは姉妹なら好きな異性のタイプも感性も似てるから勝手に惚れたんだろうと王太子は思ってくれたみたいだな。
――さて、俺は急いで帰ってやることがある。
姉貴には悪いが、今日は熱の上がった王太子を連れ、俺達は先に帰る事にした。姉貴は1人で帰ることになるが心配はない。事件の首謀者がここにいるからだ。
ラルフ王太子はご丁寧に俺を自宅まで届けてくれた。
「ありがとうございました。ではお気をつけて」
「うん、今日は舞い上がって眠れなさそうだよ」
それでも地下牢獄へ行くんだろ? どうせ。
「あの……愛しています」
マジ背筋が凍るとはこのことを言うんだな。悪寒が駆け巡る。
親父お袋はどうやら外出していたようで自宅には、侍女たちが留守番していた。
俺は彼女たちに軽く挨拶だけして、自室へすべりこんだ。
今日のうちに手紙を書いておく必要がある。
両親に。それから姉貴に。
……そして、俺は……自分を売る……
俺なりの精一杯の気持ちを乗せた手紙を夜のうちにかき、翌朝は皆が起きる前に出立した。
気持ちが鈍ってはいけないと思ったからだ。
おそらく自宅にはしばらく……もしかしたら2度と戻れないかもしれない。
それでもやり遂げる!
今日は待ちに待った学園祭。この貴族学園の学園祭は特に気合が入っているらしく皆大いに盛り上がる日だ。俺は浮かない表情だったようだが、無情にもその時が迫る。
友人に連れられて昼だけは、食べた。何か奢ってもらえた。申し訳ない。いつか借りは返そうと思う。この拳で、いや困ってたら普通に助ける方で。
どうしたの? 浮かない顔でと言われた。そうだよな、俺らしくない。
そして学園祭の演目ももうじき終わるという頃に、俺は校舎裏へ赴いた。
もうすぐ時間だ。ラルフ王太子が姉貴に声をかけてきた頃合いだろう。
そしてラルフ王太子が一足早く俺の元へ。
「ティアラに声をかけてきたよ。二つ返事でわかりましたって言ってくれたよ」
「ありがとうございます。では、大好きな殿下に今日はひっついちゃいます」
王太子の腕に自らの腕を絡ませる。そして必殺のメロンを擦り付ける。
これぐらいやらないと姉貴には堪えない気がするので、俺は見せつける事にした。
食欲減退が甚だしくなりそうだが。
そして、姉貴がついにやってきた。
おい~。何かすごい期待した乙女の表情してんだけど~。
何勘違いしてんだ!?
改めて王太子から告白されるとでも思ってんのか?
だが、姉貴は俺と王太子を見つけた途端、表情を変えた。
なんであんたがいるの? みたいな。まあそうだろうな。
敢えて満面の笑みを作る俺。
「お姉様、ごめんね。わたし、ラルフ殿下がずっと好きでたまらなかったの。お姉様って、ずっと殿下との政略結婚に守られているから、奪われる事はないだろうと安心しきっていて、ちゃんと告白していなかったんだよね? だからわたしが勇気を出して告白したんだ。そしたら、ラルフ殿下、わたしを好きって言ってくれてね」
とりあえずちょこっと言い訳になりそうな事を抜粋して言ってみた。
「ティアラ、そう言う事なんだ。元々リオンが可愛いとは思っていたけれど、ああもストレートに告白されるとさ……」
王太子は表情を崩さない。
「……嘘……そんな……」
姉貴がへなへなしてきた。
「……すまない。だからティアラ、君との婚約は破棄させて欲しい」
すまない。姉貴。こんな姉貴は正直見たくなかった。俺を超どす黒い悪役令嬢と罵ってくれて今だけは構わん。
「お姉様。わたしきっと幸せになってみせるからね。今夜から早速、王城に行く事になったんだ。お父様とお母様にはよろしく言っておいてね」
実は昨日の帰り、ラルフ王太子に打診してあった。
わたしはもう家を追い出される覚悟をしていますと伝えてあったのだ。
ラルフ王太子が、だったら明日から王宮においでよ。開いてる部屋もあるからと。
おー、さすがは次期国王。
その申し出をありがたく受け入れたというわけだ。
そして、俺と王太子は姉貴をその場に残し歩き出した。
学園祭はちょうど終わっていたので、そのまま俺と王太子は王城へ向かった。
王太子は、当初若干複雑な表情をしてはいたが、王宮へ着くと柔和な表情に戻り、今日は疲れただろうからゆっくり休んでと声を掛けてくれた。
てめーはこれからどうすんだと叫びたくはなるが、我慢。
侍女が呼ばれ、俺は客室へ案内された。
ここで自分が俺はやべー令嬢だぞ。貴様らの正体暴くぞーと即日動くのは、今は悪手だとみた。
性奴隷の女生徒達は一刻も早く助け出さないと! 助けられたとしても、遅ければ精神が死んだ状態になってしまう。
それを考えると、一刻も早く自分が動くべきだという思いもある。
だが、俺一人ではどうにも出来ない、出来たとしても、王太子をあれだけ愛していた姉貴の心はどうなる? 擦り切れたまま終わるのではないか。姉貴の心が永遠に壊れてしまうのではないか? やはり姉貴が立ち上がるのを待とう、だって俺が世界一信頼してるのは、姉貴だからだ。
今頃は書置きの手紙読まれているだろうか?
俺はベッドに埋もれながら、考える。
――姉貴、親父、お袋……ごめん。
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