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あれっ? 異世界線のわたしって……かわいいにゃ ―side アヤネ―

 ――さて、

 いろいろあったけど、自由の身になった。

 次は何処へ行こうか?

 国境を越えてみたい。

 隣のフロイト王国は小国ながら、食べ物が美味しい土地があると聞く。


 わたしは、1人歩き出した。


 国境は、聖女の身分証を持っていたので通る事が出来た。

 この時ばかりは聖女になっていて良かったとわたしは安堵した。

 身分が確認できない者は通されないケースがあるのだ。

 いっそのこと、これだったら国外追放でもよかったかなと失笑する。


 3日ほどで小さいがしっかり塀で囲まれた集落に着いた。

 100世帯ほどの村だろう。

 田畑があり、村の中心を小川が通っている見栄えは辺境と言わざるを得ないが人々の息吹が感じられる村だ。


 わたしは神官服だ。これを所々、小川沿いに歩き洗濯しながら、ここまで来た。

 みすぼらしさはないだろう。


「おお、これは珍しい、聖女様ですか?」


 クワで畑を耕していた1人の老人に声をかけられた。


「はい、よそ者が入ってきてしまい申し訳ございません。少しばかりここでお休みさせては頂けないでしょうか?」


 すると老人はにっこり笑って


「長旅お疲れ様でした。我が家がすぐそこなので、こちらへどうぞ」


 労働中だろうに手を止めて案内してくれた。


「わざわざわたしの為に申し訳ありません」


「お互い様でございます。ではこの煮物、そこの田畑で採れたものでございます。粗末な物しかありませんがどうぞ」


 わたしは驚いていた。この辺境の村の食べ物はまさしく宝石だった。


「美味しい! こんな美味しい物王都では頂けませんでした」


「ああ、ラナ王国の聖女様だったんですな。まだまだ時期がよくないんで旬な食材とは言えませんけどな」


 わたしは老人がしきりに両手を気にする素振りが気になった。


「あの、両手を気にされているようですが?」


 老人は笑顔を作り応えた。


「いやあ。お恥ずかしいばかりで、手の爪に泥が入り込んでしまい、料理を振舞おうにも、申し訳なくて」


「そんなお気になさらず……」


 そしてわたしは気付く。


「あのすみません、そのお手もう少しよく見ても……」


「はあ」


 老人は頭を掻き、照れながら手を差し出す。


「普段、絶対出来ないところにまでタコやマメが出来ていますね、よっぽど様々な事を一手に請け負っていらっしゃるのでしょう。わたしの好きな働き者の手です」


「いやあ、そんな事ありません。聖女様に言って頂くなんて生きていてよかったですわぁ」


 わたしはうきうきするような鼓動を感じていた。


 ”この村は死んでいない。村人の活力がみなぎっている”


「あのー、よろしければ村長様にお会いできませんか?」


「あーはあ。お恥ずかしい限りですが、わたしが村長やらせてもらっています、シドです」


 シドは深々とお辞儀をした。

 かなり歳はいっているようだが、背筋はしっかりしている。

 体幹がしっかりしているんだ。だから過酷な作業に強い。

 わたしはそう感じていた。


「あの、おそらくここの土壌は宝石のようなものです。一朝一夕ではここまでにはなりません。皆様の相当な努力の結果だと思います。ただわたしが申すのもおこがましいのですが、水の引き入れ方をもう少し工夫すれば、少ない人手での生産力も上がると思います」


 その日、ゆっくり村長宅で、ゆっくり説明をした。

 そして、わたしはお願いしていた。


「この村で皆様と過ごさせてください」


 ――あくる日より、わたしは自分の磨いてきた知識を頼りに奮闘した。水害の防止柵を改良し、川幅を広げることで水量を調節できる箇所は自らの手で、聖女様が自らなんて……と呼応した村民たちの協力のもと、田畑を改良していく。


 だが、1か月がたつ頃、異変は起こった。


 村の門を警備していた門番から、離れたところだがドラゴンに追われている冒険者らしきものたちが見えるとのことだった。


 Sランク冒険者であるわたしは当然、見過ごせるわけがなかった。


 ――こんな辺境の地に何故ドラゴンが?


 疑問は浮かぶ。だが今は緊急事態だ。


「わたしが迎撃にむかいます」


 シドと門番に言い放ち、わたしは走った。


 1㌔㍍程度走った所で、体長10㍍ほどのドラゴンに対峙する3人組を見つける。


 ――あれは?


 わたしは一瞬戸惑った。共闘するべきか。引きつけて他所へ追い払うべきか。

 判断の材料は……あのドラゴンは自分1人では仕留められない。

 ただし、取り巻きでいたらしいダークリザードたちは自分の聖気で追い払えている。


 これならば……


 仕方なく嫌でも見知った3人組に声をかけた。


「ロンダ様、まずドラゴンの足を集中して狙ってください」


 ロンダは一刀切りの天才だ。

 ドラゴンの固い皮膚でも足を集中して責めれば、相手に隙が出来る。


「グルド様は、前へ出て受け流しを」


 受け流しは敵の注意を引き付けて、その攻撃を自分へ受け流す技。

 屈強なグルドの性能をいかんなく発揮できる。


「アリーナ様は、シルバーアローを使い掃射をお願いします」


 性能の高いシルバーアローでの掃射。

 ドラゴンの鱗を貫通するには至らないが、策は他にある。


 絶対に皆と苦労して育て上げた土地をあなた達の私情で荒らさせたりはしない。

 わたしは既に理解していた。

 考えたくはないが、この勇者パーティーは賢者のアミルを失ったのだろうと。

 だから、わたしを再度説得しに国境を跨いできた。

 国境を通る際、聖女の称号を見せているから、捜索は可能なはずだ。


 ――なんて疫病神な人達。


 この時ばかりは、指示する言葉に怒気を帯びていた。

 3人は、意外にもわたしの指示に従っていた。

 期待していたのだ。

 彼女の支援を。


 3人に最適な支援を掛けたわたし。

 劣勢だった形勢が次第に動く。

 ドラゴンの前足が2足切り裂かれ、ドラゴンは発狂して地をはい回る。

 当初、吐いていた炎はところかまわず乱射されるようになる。


 スナイパーのアリーナは十分離れているのでエイミングに影響はない。

 わたしはアリーナに筋力増強のバフを2重にしてかけた。


 アリーナが渾身のシルバーアローを放った。

 ドラゴンの弱点である眼球に命中する。


「ロンダ様、とどめを頭蓋へ」


 さすがに彼はわかってはいたようだ。

 ドラゴンは転げまわっている。その頭蓋はロンダにも十分届く高さだ。

 そして貫く。その剣技はさすがだった。


 断末魔とともにドラゴンは息絶えた。


 疲れたのか、気を吐いている3人にわたしが問う。


「すみません。今わたし忙しいのですが、何用ですか?」


 わたしにしては不機嫌が顔に出た言い方だ。だが、少しは反省してもらいたい。その念が込められていた。明らかにモンスタートレインの状況だったのだ。勇者が村を滅ぼすとか笑い話にもならない。


「アヤネ! すまない。俺達が悪かった。あいつ……アミルが加入して強くなったと思ってS級のダンジョンへ行ったら……」


「その先は言わなくて結構です。お話は以上ですか? わたしは忙しいので失礼します」


「待ってくれ!」


「待ってよ!」


 グルドとアリーナも懇願したような言い方だ。


「頼む! もう一度俺達とパーティーを組んでくれ」


「お断りします! わたしはもうあの村の一員なのです。あの村には作る幸せに満ち溢れています。今回あなた方を手伝ったのは、明らかにあなた方があのドラゴンを国境付近から引っ張り出してこちらへ逃げ込んできたからです。放っておけば、あの村の土壌は荒らされ村人の方たちにも被害が出る状況でした。それは、1度でもあなたのパーティーに入ってしまっていたわたしの責任でもあるので」


 わたしは怒っていた。

 この期に及んで迷惑だけをかけていくロンダ達に。


「何度言われようが変わりません。そして何度言ってももう遅いです。わたしが本気で怒らないうちにお帰り下さい」


 わたしの怒気に押され、ロンダ達はすごすごと引き上げていった。


 これで少しは自分たちの技量を理解してくれたらならそれでいい。

 わたし自身もロンダ達の死亡エンドと言うのは望んでいないからだ。

 アミルという仲間を亡くしている事で勇者パーティーとしての評判自体もガタ落ちだろう。


 ”もうわたしに関わらない”と誓ってもらえばいい、それを以って追放への報いとした。


 わたしは笑顔で、村へ引き返した。



 ――そして、あくる年。


 わたしも興奮を隠しきれないでいた。

 努力が実を結ぶ。この村に豊穣の時が来たのだった。

 1年間だが、治水から始め、田畑に引き入れる水量を調節し、自動循環でいきわたるよう皆で案を練った。

 わたしは実感していた。

 わたしは自分が幸せを望んでいたわけじゃない、村の皆が幸せになる事を望んでいた。

 だが、今は人生で一番うれしいのではないか?


 そして、翌年には、豊穣の噂を聞きつけ、なんとこの村で農作業に携わりたいという国民まで移住してくるようになった。


 ――美味しい食べ物が腹いっぱいに食べられる


 その魅力は大きかった。

 しっかりノウハウの出来た働き方をわたしは指南していたので、作業効率もよくなった。気が付けば、他所の王都に卸しをもつ伯爵領の領主の来訪もあり、瞬く間に出荷先の都合が出来ていた。


 そしてわたしは更に考えをめぐらす。

 おそらくわたしは自分の幸せを考えている。貪欲に。

 でもそれはきっと、他の人達の幸せを作る事だ。

 他人の幸せを作ってあげる事が自分の幸せなんだと。

 そして、幸せを得るために奔走する今が一番幸せなのだと。


 ――10年が立ち、わたしは村があった小国フロイトの王都で聖教会を構えていた。

 最初はシドの村から始まり、豊穣を呼び込んだことで、その手腕は更に開花。

 日ごろからの努力を無下にしない小国の人民たちも勤勉だった。

 そして、村の豊穣が、次の村の豊穣を呼び、わたしは血気盛んとばかりに指南に向かう。

 その状態で出来たフロイト王国は既にラナ王国の国力を飲み込むほどにまで成長した。



 ――一方のラナ王国。


「オリバー国王陛下。今年は実に領土内5か所で大規模な水害が発生していまして、作物の収穫量が約半分となり、その品質も芳しくなく国内での食料自給が賄えません」


「ふざけるな!! おい! フェマーラ! 貴様のせいだぞ。わたしの手記に警告が全て載っていたそうではないか」


 無情にも、わたしの残した手記に、これから水害の発生が懸念される土地が全て記載されていた。

 そして、その優先度も細かく。水害が起きた地点も全て的をいていた。だがもう遅い。

 そしてそれを無視していた人物がいた。それも2人も。

 更に急報が入る。


「国王殿下! 城下の外門付近にドラゴンがダークリザード多数を従え、接近しています。結界の損傷部分からの侵入だと思われます!」


「ドラゴンだと!? そんなものうちの近衛隊じゃ太刀打ち出来ないじゃないか。結界は? 結界はどうしたフェマーラ! 張り直しはしてなかったのか?」


「聞いていればいい気になって! そんな手記なんて必要ない! って言ったのはあなたじゃない! 捨てちゃったわ。あなたの言いつけでね。それを全てわたしのせいにして……」


 もはや国王の威厳も極上聖女の威厳もそこにはなかった。

 あったのは、絶望的な後悔だけだ。


 そして、列強に肩を並べていたはずのラナ王国はそのあくる年、あっけなく滅亡した。

 軍事国家に攻め込まれたという事もなく、一番汚点が晒されるであろう国王の無能により。



 ――そしてフロイト王国のあくる年、王の間にて。


 わたしは聖教会設立も終わり、その数々の功績を称えられ、名誉勲章を与えられた。これは、フロイト王国では神格化の証であった。

 国王ですら、拝礼するほどの。

 勿論、当の本人わたしはそんな証など鼻にもかけないが。


 ただし、自分の幸せは考えている。

 そして、分かっていることがある。それは決してラナ王国では分からなかった事だ。

 幸せを見つける為に頑張る事が自分の幸せだということ。


 そしてラナ王国を飛び出して、実感したことがあった。みんなに幸せを与えることが自分の幸せになるって事だった。


「情けは人の為ならずか……」


 今日もわたしは聖教会でお祈りをする。


「なんと嘆かわしい。あのラナ王国が滅びたらしいですぞ」


 司教が苦い顔をする。


「あ~。そう言えばそんな国、どこかにありましたね~」


 笑って答える聖女だった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「わ、わたしが聖女とか信じられません」


 アヤネが顔を両手で覆っている。


「とっても可愛かったにゃん!」


 まあ、もし自分が異世界で育っていたなら……を体現したものだから、あながち夢物語ではないんだよな。ただやはり、俺しかりリーシャしかりアヤネ共に、心を磨くというか、脆弱な精神を葬り去るとかそう言った鍛錬にはなったのかな。


「ししょ〜〜。ひどいっすよ! 僕を忘れるなんて」


 ちゃっかり潜んでいたやつがもう一人いた。

 そういえば、こいつをすっかり忘れてた……

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