ついでにわたしも、まさかの聖女? ―side アヤネ―
異世界転移のテストだったものが、いつの間にか試練にすり替わっている。
あれ? 俺いつのまにかリーシャにもアヤネにも精神的負担を与えている。俺ってこんなやべーやつだったっけ?
まあ、アヤネが行きたいと言うのなら無理に止めはしないけど。
ただリーシャの話聞いていると、碌な目に遭っていないんだよなー。
だからこそ、鋼の精神が身につくともいえるけど。
アヤネは平気なんだろうか?
まあ、大丈夫だろう。不遇な転生を経験しているアヤネなら。俺は彼女の不遇に満ちた人生を知ってしまっている。そこに思うところもある。だが何故か気が付けばずっといつでも近くにいてくれる心の優しいやつなんだよな。
「……【空間連鎖】」
俺は静かにアヤネを見送る。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
世界の中で、列強の1つに数えられ、国力にも恵まれているラナ王国。
ある日、聖女であるわたしアヤネは、王城へ赴いていた。
わたしは、若干17歳であるが、煌びやかな出で立ちではなく、清楚ではあるがおとなしめ、スタイルとしても男性が振り返るような胸でもないが、身体のラインが心地良く引き出される魅力的な姿をしていた。流れる黒髪に派手さはないが、聖女らしい清潔感があり、明るめのハイライト、濁りのない真っ直ぐな瞳が特徴的な少女だった。
今日は、3年前、王命で婚約を取り決められた相手であるラナ王国第1王子、オリバー王太子に、わたしは呼び出されていた。
荘厳な王城ロビーを通り、応接間のドアを軽くノックする。
「遅い! 俺が呼び出したのだから貴様が本来なら待ってなきゃおかしいんだ!」
「オリバー殿下、お待たせして申し訳ございません」
殿下に言われた時間には遅れていない。だから小言を言われる筋合いはないのだが。
そう、この王太子は気が短かった。
「まあいい。今日の俺はとても機嫌がいいからな」
「それは大変喜ばしい事かと存じます」
3年前に婚約の話が取りまとめられ、それ以来、わたしは月に1度程度は王太子に活動報告や、日常の出来事を報告していた。その度、何かめんどくさそうな表情はされてはいたが、必要な事だったからだ。
「でだ、貴様との婚約は今日限りで取りやめる事にした。貴様との婚約破棄をここに宣言する!!」
オリバー王太子が高らかに言い放った。
わたしは一旦、驚いたようなそぶりを見せるも、
「そうでございますか。何処かわたしに至らぬ点がございましたのでしょうか?」
「まあ、そうだな、貴様にはまず次期国王となる俺の妃にするには煌びやかさが全く足りないという事だ。そしてだ、よし、入ってきていいぞ! フェマーラよ」
「失礼いたします」
静かにドアが開けられ、ピンク色の髪を綺麗にロールした少女が入ってきた。
王太子は彼女を呼び寄せ、横に立たせる。すると、王太子の腕にすかさず彼女は自分の腕を絡ませた。
「俺がこの新しく聖女となったフェマーラとの婚約を決めたからだ」
「この度、ラナ聖教会において、新たに聖女の任をもらい受けたフェマーラです」
わたしは軽くお辞儀をした。
「どうだ、このフェマーラは貴様と違い、民を楽しませる魅力と輝くような煌びやかさを備えている。それにあの由緒正しいジークフリード侯爵家が輩出した聖女なのだ。平民の貴様とは格が違うのだ」
わたしはコレットという辺境の村に住む平民だった。そのころから器量よしで優しさを欠かさず持った少女だったが12歳の時、聖女の神判を受けた。聖女としての才覚が少なからずあったのだろう。その後、王都に呼ばれ聖女修行を全うし、ラナ国王の命を受け、オリバー王太子との婚約を了承した。ラナ王国では聖女と言うものは神格化され、王家に招き入れる事で絶大な加護を受けると言われていた。
よってわたしの出自がそこまで問われることはなく、迎え入れられることになった。
実はわたしはオリバー王太子を嫌いではなかった。傲慢ではあるが、定期的な報告は曲がりなりにも聞いてくれていたからだ。
わたしは日々王国の状況を把握し、自分の足を使い、辺境であっても出向き、自分の目で確かめるそんな性格だった。聖女には、天災、主に水害から田畑を守り国を富ませるための豊穣の確保、魔物から王国を守るための結界を張り人々に安心を与える役務もある。
その日々の激務を人々に幸福を与える為の聖魔法の行使と同時に行い、彼女自身もそれを幸せを作り出す誇りのある仕事と考えていた。
「1つ、懸念がございますがよろしいでしょうか?」
「なんだ? 聖女は誕生してここにいるんだ。しかも極上のな」
確かにフェマーラという少女、顔立ちもよく神官服が似合う。家柄も文句のない聖女なのだろう。
だが、表情が物語っていた。豪華な暮らしが手に入る。聖女なんてモニュメントのように立ち振るまえばいいだけだ。そんな欲が彼女には見え隠れしていたのだ。
「現在、このラナ王国の国政ですが、3年前から国民の皆様に喚起させていただいた結果、栄養に乏しかった土壌も少なからず改善されました。排水設備が整い土壌汚染の心配もなくなった為、王国を守る聖フィールドを土壌にまで浸透させることが出来ました。これは殿下にご報告を挙げていたので存じているかと思います」
「ああ、そんなこと言ってたよな、貴様は。ほとんど変わり映えもしないあれか。つまらんが王太子たるもの、国政云々は知っておくべきだったからな。
まあいい。この際だから言っておく。今日貴様に婚約破棄を申し付ける決定打になった理由は、もう貴様に聖女としての価値がないということだ。見るがいい。このラナ王国を。四半世紀前まで小国の1つと数えられていたものが、今では他の列強国と肩を並べているのだぞ。豊穣の確保は十分果たした。王国を囲む結界も強固なものだ。つまりは貴様の価値はない。
しかもここには聖教会認定の極上聖女がいる。何が懸念だ。寝言は寝て言え」
「申し上げたいのは、ここまで高めた国力を維持するには、日々の努力が永続的に必要だということです。肥沃な土壌を維持するにはしっかりした水害対策、人々の意欲を養うための対価。そういったものをこれから先も考えて頂きたいということです。強固になったとはいえ国を守る結界も永続的なものではございません。どんな優秀な器具も、人々の意欲さえも、放っておけば必ず劣化します。物事の経年劣化は免れないということを覚えておいて下さい」
「貴様ごときが……この俺に上からものを言いやがって。
まあいい、さっきから言っているように今日は俺はすこぶる機嫌がいい。この生意気な物言いの事は今日だけは不問にしてやるから、さっさと出ていくがいい」
「最後にフェマーラ様。引継ぎというには恐れ多いですが、この手記にこれまでの国内の農作地の土壌状況、水害被害の発生状況、更に王国外壁の劣化状況、結界のメンテナンス方を記載しておきましたので、これをお渡ししておきます。それではわたしは失礼します」
「どうもー。先輩、さようならー」
わたしはきっちり礼をして王城を後にした。
王国内の自宅に戻る。
彼女は身の上を整理した。今日、聖教会で最後のお祈りをして明日はおそらく……
――翌日。
わたしはラナ王国ギルドに来ていた。
今日は、パーティーメンバーたちと、クエストの会合があったからだ。
わたしは聖女であり、更に特別冒険者として、勇者パーティーに帯同を許されていた。
冒険者としてのランクはS級。
ただし、血気荒ぶるような冒険活劇を好むタイプではない。
クエストの会合ということで、パーティーメンバー全員が集まった。
勇者のロンダ。主に剣術の使い手だが神剣古刀術と言われる一刀切りの天才だ。
クルセイダーのグルド。体力自慢。タンク役で受け流しのスペシャリスト。
スナイパーのアリーナ。掃射の天才。エイミングセンスもギルド内随一。
そして、聖女のわたしアヤネ。言わずもがな聖魔法のスペシャリストだ。
そして、今日は同じテーブルにアヤネにとっては初見の女性がいた。
冒険者と呼ぶには、少々目立つぐらいグレードの高い耐魔法の防御を備えたローブ。
胸や身体のラインが目立つワンピース。
帯剣はしつつ、魔法力を正確に引き出す魔術師の杖を持参していた。
透き通るブルーの髪は誰の目をも引き付けていた。
「おはよう。これでみんな揃ったな」
ロンダが軽快な言葉をかける。
わたしはそこで感じ取った。メンバーたちの視線を。初見の女性の視線を。
「アヤネ、単刀直入に言う。お前をこの勇者パーティーから追放する事にした」
何も感情のこもらない無情な言葉。
「まあ、そういう事だな」
グルドが頷く。
「リーダーの決定だしね」
アリーナもそっぽを向いている。
「わたしを追放でございますか? それは如何して? 何かわたしに至らぬところがありましたか?」
昨日も同じ事を話していたような気がするとわたしが思っていると、
「ふざけるな! もう誰も彼も知ってるんだぞ! お前オリバー王太子殿下に婚約破棄されたそうじゃねーか!?」
「はい、その通りでございます。簡単に申し上げると後任がいるからということでした。それが何か問題でも?」
「問題大有りだ! 何故今日まで俺がお前をパーティーにおいていたのだと思う。まあ、それより先に言っておくことがある。はっきり言ってお前は言うなれば後方支援の中の後方支援要員だ。何の役にもたってねー」
「そもそも俺達、火力はもちろん。守りも俺がいるからな。治癒魔法の必要がほぼない」
グルドが腕を組みながら援護射撃。
「バフが必要となってもわたしもう既に走力カンスト状態だし、あまり意味ないよね」
アリーナも興味がないようだ。
「くくく。更にな。聞いて驚くな! 今日からお前の代わりにこの賢者のアミルが加入する事になったんだ」
「アミルと申します。以後お見知りおきを」
謙虚そうに見えるが、恰好は派手なのでいい所を相殺してしまっているような女性。わたしはそう吟味した。
「賢者だぞ! お前みたいな僧侶の仕事の他に攻撃力の高い魔法まで扱える。更には剣も達人ときている。分かるか!? 完全なるお前の上位互換だ! パーティー的にお前の居場所はないんだ」
ロンダがさも自分のものだとばかりにアミルを自慢する。
「そこまで評価して下さるなんて、勇者様ったら」
意外にアミルもその気満々らしい。
「ロンダ様のおっしゃることは理解しました。確かにわたしはアミル様のようにオールマイティーには活躍する事が出来ません。でもそれでよろしいでしょうか?」
わたしは最終確認のような発言をする。
「はっ? なんだ? まだ納得いってねーのか? まあいい、お前を追放する最大の原因はな、最初に言った通りお前の婚約破棄にある。分かるか? 今まで俺達勇者パーティーはお前の時期国王の妃という言わばこの国で言うモニュメントをパーティーに入れていたわけだ。そのお前を大事に結婚を果たすまで入れておけば、俺達は妃の勇敢さ、根性論、優雅さを育て上げた立役者として生涯もてはやされたわけだ。
だが、今お前にはそれがなくなった。無能だ。全く存在価値がない。分かったか?」
ロンダは貯めていたものを吐き捨てるように言った。
「重々承知いたしました。ではパーティー追放の件、承知致しましたのでこれでお暇致します」
わたしはため息をついた。
彼らはわたしが初めてパーティーメンバーに加入した時に言った事をほとんど忘れている。
”聖女のわたしがいる事で、魔物の急襲を防ぎ、対峙する魔物の数も調節できる”
この事を言ってはいた。その結果、今まで強敵が現れようと他の魔物に注意を払う必要がない、1度に多数の魔物に対峙しなくてもよいという最大のメリットが活用できていた。
わたしが去った今、その権利は失われるのだ。
その事を彼らはアミルが加入する事もあっただろうが、有頂天になり頭の隅には残ってはいるかもしれないが軽視していた事が分かったのだ。それならば、もう手を貸す必要はないだろう。
そして、わたしはギルドに行く前から、身支度はしていた。
おそらく今日、追放を宣言されることは分かっていたから。




