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ただでは転ばない

 ………………


「……魔王、貴様は手強かったが、これで終わりだな。冥土の土産に最期の言葉でも聞いておいてやる」


「……貴様はそれほどの膨大な魔力を持っていて、何故その雑魚三匹と連れだっているのだ?」


「……だまれ! 俺の大事な仲間の侮辱は許さん!」


「……まあいい。光があれば闇もまたあ……」


「最期の口上が長い! サラバだ」


「……なんと卑劣な……ぐふっ」


 俺達は魔王を倒した。

 なかなか手強かったが、仕留め切ったぞ。


 ……そう言えばもうすぐクリスマスだな。

 ニナと過ごしてやりたい。

 早く帰還しよう。


 ……おっと。ここは【奈落の崖】だった。

 気を抜いて落ちたらひとたまりもないな。


 ――!?


「うわっ。ビックス急に押すとは何事だ?」


「けっ! すんでのところで岩につかまりやがったか」


「……カイル! これは一体どういう事だ?」


「……お前とはここでお別れだ。陛下からの依頼なんでな。お前は力を持ちすぎたんだ。ロンダール家に覇権をとられるわけにはいかないそうだ。魔王は倒した。魔王を倒した勇者を輩出した強国と言う事がこれで証明され安泰に向かう。そういう構図だそうだ」


 ……なんてこった。

 こいつらとは生死を共にした仲間だとずっと思っていた。詰めが甘かったのか?


 ……仕方ない。

 ニナへのプレゼントにと持っておいた魔石に、これまでの旅路の記録を込めよう。こいつらに気付かれないよう魔力がない者にだけ読み取れる細工だ。ニナ。お前に魔力がないのはこの時の為だったのかもな。大丈夫。魔力なんかなくても、お前には誰よりも優しい心があるんだ。


 ……あとはさしあたり、懇願するならこの頭が空っぽの中途半端な慈悲があるリディアだな。


「……この魔封じの場では俺は無力だ。お前達を信じた俺がバカだった。だが最後に慈悲深い聖女リディアよ。なけなしの慈悲が欲しい」


「……何でしょうか? どうせあなたはこれまでです。少しなら聞いてあげましょう」


「……最後にその豊かな胸を堪能させてはもらえないだろうか?」


「……それは無理なお話です」


 そう言われるのは織り込み済みだ。大きい願いを最初に言っておけば、本命の願いは聞いてくれるはずだ。


「……今から最愛の妹へクリスマスカードを書く。この宝石、安物だがこれを添えて妹へ届けて欲しい」


「……それくらいであるのなら……負け犬のくせにわたしの豊満な身体を要求でもされたら、即刻さよならでした」


 ……要求してたんだが……でも良かった。最後の取り引きは成功だ。


「……必ず……必ず妹のニナに届けてくれ」



 ――さようなら、ミランダ。そして最愛のニナ……


 ………………



 これは見るのがわたしじゃなくても何よりの証拠になる宝石です。せめておかしな問答はカットして欲しかったですが。


 でも何で? どうして……


 どうしてあなたたちはこんなひどい事が出来るの?


 わたしのお兄ちゃんを。優しいお兄ちゃんを返してください。



 ~12月27日~


 わたしには今考える事も、友達と遊びに行く事も出来ません。

 もう少し、もう少しだけ時間が欲しいです。



 ~12月28日~


 ミランダお姉ちゃんがわたしを心配して来てくれました。


 一目見た時、ミランダお姉ちゃんはお兄ちゃんの訃報を聞いてからずっと今まで泣きはらしてたんだと思いました。だって綺麗なお化粧だってできていなかったくらい、目がはれてしまっていたから。


 ミランダお姉ちゃんの涙と気持ちは嘘偽りなく本当のものでした。


 ずっと陛下にお兄ちゃんが魔王討伐遠征中いつ亡くなるか分からないから婚約破棄するようせまられていたそうですが、ミランダお姉ちゃんは頑なに拒否して愛を貫いていたそうです。


 お兄ちゃん。王女様はお兄ちゃんを裏切っていなかったよ。

 良かったね! お兄ちゃん!

 お兄ちゃんの気持ちちゃんと伝わっていた人がいたんだよ。

 そしてお兄ちゃんはこんなにも愛してくれていた人がいたんだよ。


 わたしはミランダお姉ちゃんの胸に飛び込んで泣きました。

 どこかのバカ聖女様とは違う本当の腕のあたたかさを感じました。


 そして、わたしはこの時ついに決意しました。


 ミランダお姉ちゃん! 一緒に頑張ってくれますか?


 わたしのすべき事。

 お兄ちゃんの最後の遺言をお父さん、お母さんに伝える事。


 わたしはお父さん、お母さんを呼んでミランダお姉ちゃんと一緒についに切り出しました。


 お父さんお母さんはすごい魔術師です。

 魔力を持っている人が読んだお兄ちゃんの手紙は偽物です。

 だからお父さんお母さんには表向きには真実が見えません。


 でもお兄ちゃんはきっとそれを分かっていながらも、わたしにお手紙を託したんだと思いました。

 お父さんお母さんはわたしを一番愛していたことを知っていたからです。


 ”あなたには真実が見えているのね!”


 お母さんが優しい言葉をかけてくれました。


 ”魔力なんか邪魔にしかならん! 一番大事なのは心だ!”


 お父さんが気高い言葉をかけてくれました。



 ~新年1月1日~


 全てがととのった日です。

 お父さんの率いた公爵家の私兵の人たちは手練れの魔法使いばかりです。

 みんながお父さんの号令に呼応しました。

 国王陛下のいる王城は警備はいますが、魔王討伐が完了したせいで、気が抜けた警備兵ばかりです。

 そんな状況のところへ、一級の魔術師たちが包囲したらひとたまりもありません。


 お父さん、お母さんが国王陛下を取り押さえ、民衆の前で真実を語らせました。

 そして国王陛下お抱えの勇者パーティーも観念していました。


 国王陛下とバカ勇者パーティーは民衆から糾弾されて縛り首になりました。


 堕とされた王城、そのバルコニーから民衆へ向かってミランダお姉ちゃんが全ての真実を語りかけ、この時お兄ちゃんは本当の英雄になりました。



 ~1月5日~


 家族みんなでお兄ちゃんを弔う事にしました。

 お墓にはお兄ちゃんが最後にわたしに残した手紙、真実を映し出す宝石をかけてあります。

 魔力なんか関係なく誰が来てもお兄ちゃんの真実は変わりません。


 そうそう、お兄ちゃん!

 ミランダお姉ちゃんがロンダール家の子女になる事が決まりました。


 わたしにも愛情いっぱいのお姉ちゃんが出来たんだよ!

 寂しがらないでね。



 ~1月6日~


 冬休みも終わり、明日から貴族学校が始まります。一つ大事な問題があります。

 冬休みの宿題何もやってありません。


 “わたくしが手伝って差し上げましょう!“


 ――そうでした! わたしには聡明で優しいミランダお姉ちゃんがいました!

 ありがとうございます! お姉ちゃん!


 でも……


 全部答え間違ってます。

 前言撤回です!


 あなたはちゃんと初等教育受けられてきたのでしょうか?

 よく今まで清楚な王女様やってられましたね。とんだ悪役令嬢様です。

 どこぞのおバカな聖女様以上におバカなお姉ちゃんでした!


 ――お兄ちゃん!! 最愛の妹のピンチです! 助けてください!! 地獄から這い上がってでも、助けに来てください!!



 ………………





 “ん? 呼んだ?“



 え?


 咄嗟に振り返りました。

 あわわ……


 “ごめんな、ニナ。クリスマスに帰りが間に合わなかったよ“


 あっけらかんとお兄ちゃんが頭を掻いて素っ頓狂に言いました。


 お父さんもお母さんも、おバカなミランダお姉ちゃんも鳩が豆鉄砲くらった顔して佇んでいます。


 ミランダお姉ちゃん!

 口あけてポカーンてしないで下さい!


 ただでさえおバカなのに、より一層……おバカな顔に……


 いや、今はそんな事より……


 …………


 ――そうです! 宿題を仕上げなければいけません。急務です!


 “わたくしが手伝って差し上げましょう!“


 お願いだからやめてください!



 わたしたちは徹夜で頑張りました。

 それも一家総出で(バカミランダお姉ちゃん除く)。


 ――そして、その結果、わたしの宿題は……無事……


 …………


 ……終わりませんでした。

 先生に怒られてしまいます。

 それもこれもみんな……



 ――お兄ちゃんの帰りが遅いのが悪いんだからね!!



 ……わたしはお兄ちゃんの逞しい胸に飛び込んで泣きました。決して宿題が仕上げられなくて悔しくて……


 ……ではなくお兄ちゃんが生きて帰ってきたのだから!



 “お前のために立派なお墓まで作って弔ったのに!“


 “貴重なわたしの1月5日返しなさいよ!“


 “クロード様。わたくし早まってロンダール家の子女になってしまったのですよ? どうしてくれるのですか? 解除手続きして婚姻し直すの大変なのですよ?“


 外野がうるさいですが、わたしは泣きました。


 だってまだわたしは9歳の幼気な子供なのです!


 “お兄ちゃん! 生きていたんだね! 帰ってきてくれてありがとう!“


 “別に死ぬつもりは全くなかったんだけどな。魔封じの崖から落ちている最中、力場が切れたところがあって、魔力回復してたんだ。空間浮遊している分、魔力回復がてこずってさあ。回復に2週間ほどかかって、そこから魔法で空間転移したんだ。ごめんな、よく考えたらあの手紙と魔石だとまあ……勘違いするかもな“


 “……お兄ちゃんのバカ“


 わたしは今までの分いっぱいいっぱい泣きました。




 ………………



 ――3ヶ月後。


 王国は国王処刑となり、筆頭公爵であるロンダール家を中心としたより良い共和国へと変貌した。


 元王城広場の中心には……


 ニッコリ笑った魔王討伐の英雄……巨乳好きの賢者の像と、寄り添うようにして、王国の闇を裁き、平和の象徴となった元バカ王女の像が街を今日も優しく見守っている。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 正直、この異世界線の経験が糧になったかといえば不明だが、異世界転移は成功したと言えるだろう。


 ――目的地さえ見誤らなければ、確実に地球に降り立てる。


 確証を得たと同時に、鋼の精神力を身に付けた俺とリーシャは、皆の元へ戻ろうとした。

 だが、あれ?

 ちゃっかりそこにはアヤネが潜んでいた。


「わたしも試練に挑戦したいです」

「挑戦したいのにゃ」



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