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婚約破棄の呪い ―side リーシャ―

 あの無双のクロード様が冷や汗をかいていた。思っていた以上に、異世界線の彼は、ヘビーな生き様のようだ。


「リーシャ、上手くいったぞ! 何とか心身も持ち堪えたようだ」


「クロード様なら当然の事です。まだわたしの禊ぎがあります」


「マジでやるの?」


「はい。経験は宝ですもの」


「……」


 思うところはあるけれど、わたしはマールちゃんの境遇をその身に味わっておくべきなんだ。


「リーシャ。帰りはただ願うだけでいい。おそらくだが、一定期間異世界線の自我を間借りしている感覚だと思うから。このアイテムボックス内は時間の概念がない。どのタイミングで回帰を願っても、戻るのはこの時点のはずだ」


 おせらく何も願わなければ、異世界線の自分の一生を終えるまで、ここには戻らないって事かな?

 そもそも本来は目的地ありきで成立する方法なので、一度でテストとしてはもう十分かもしれないけれど。

 わたしは知っておくべきだった。マールちゃんを守るためにも。異世界での立ち回りを……



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 わたしは、魔族領で生まれ落ちた。


 ノアと言う母親がいたけれど、ノリス皇国という国の皇帝の(めかけ)であり、皇帝が正妻を持つ際、皇帝を謀った悪役令嬢として、魔族領に国外追放されたのだ。その時点でわたしは母親のお腹にいたのだけど、ひどい仕打ちを受けていて、瀕死だったところをなんと、キャンプに来ていた魔王イザークに拾われたらしい。


 必死の手当ての甲斐があり、母親は一命をとりとめた。魔王は、温和であり、母親の事をずっと気遣ってくれた。平和主義者なのだ。そして、程なくして、わたしは無事に生まれた。リーシャと名付けられた。だが難産であり、既に致命的な後遺症を持っていた母親は、わたしを魔王に託して亡くなった。


 魔王自身は、わたしの母親から愛情と言うものを初めて教わり、それをわたしにも惜しまず注いでくれた。


 そんな魔王にも、一つ頭を悩ます問題があった。人間界のアルトリア皇国から、数年に一度、勇者一行が魔族領に攻め行ってくるのだ。魔王イザークは平和主義者だ。魔王と勇者は戦いあうものだなんて古い固定観念は全くなかったのだけど……


 わたしは、魔王が大好きだったので、


「わたしが人間界に行って、交渉してみるよ」


 と言った。それが16歳の時だった。魔王は心配したけれど、わたしには小さな頃から四天王の皆に教わった体術や、魔力もある。幼い頃母親から聖魔法を教わっていた事もあり、聖女としての資質は十分だった。


「必ず戦わない未来にしてくるから」


 わたしは、皆に見守られながら、旅立った。



 ――人間界 アルトリア皇国。


「リーシャ! 今日限りで、貴様との婚約を破棄させてもらう!」


 城内ホールで叫んだのは、第一皇子のベルガー皇太子だ。わたしは聖女の力を惜しみなく披露し、聖教会で筆頭聖女にまで上り詰め、皇族の目にとまったのだ。

 そして、ベルガー皇太子に気に入られ、婚約をしていたのだ。


 突然の通告に戸惑っていた。


 人の多い城内で、声張り上げやがって!

 超目立ってるんですけど……


「……ベルガー様、突然どうされたのですか? わたくしに何か粗相がございましたか?」


 ……もしかして、魔族との繋がりを突き止められたとか? まあスパイみたいなものだし。


「惚けるな! 貴様が勇者パーティーに入ってからと言うもの、あの頭の悪そうな金髪勇者と、毎晩ちちくりあっているのは、分かっているんだ! 不潔だ不潔! この悪役令嬢めが!」


 わたしは、筆頭聖女だ。遂に最近だけど、わたしが人間界に来た目的、勇者の動向を探る事に行き着いていた。勇者パーティーに誘われたのだ。


 勇者ユリウスは、確かに頭空っぽに見える。聖教会に来たと同時にわたしを見初めたような軽さだったから。


「ベルガー様、誤解でございます。わたくしは、勇者ユリウス様とそのような卑猥な関係ではございません」


「俺を謀ろうったって、そうはいかないぞ。勇者パーティーなんて、絶対あんな事やこんな事やってるに決まってるんだ。それに聖女だったら、絶対5人くらいはいるだろうが!」


 いねーよ! ハゲ!


「では、どうすれば信じて頂けますか?」


「……そうだな。早急にあの金髪くそ勇者の言質を取り付けてこい! 貴様がまだ汚れではない証拠をな!」


 ここは、早急に誤解をとく必要がある。

 わたしは、翌日勇者パーティーをギルドに呼び出した。

 筆頭聖女は、特例で特別冒険者の称号が与えられているので、比較的自由に狩りにも行けたり出来て、融通も利くのだ。結構妃修行とかで忙しいけれど。



 ――翌日、皇国ギルド。


「リーシャ! 今日限りで、貴様をパーティーから追放させてもらう!」


 何で、人間界はこうもバカばっかりなの?


 ギルド内人多いのに、声張り上げやがって!

 超目立ってるんですけど……


「……勇者ユリウス様、一体どうしたのですか? わたくしに何か粗相がございましたか?」


 昨日も同じような事あったなあ。魔族との繋がりを突き止められたとか? いや、金髪バカ勇者の情報処理能力では不可能なはずだわ。


「惚けるな! 貴様があの頭の空っぽそうな皇太子と、毎晩ちちくりあっているのは、分かっているんだ! このアバズレが!」


 そうなると、毎晩わたしは分身して、二人の相手をしている事になりますね。気持ちわるっ!


「勇者ユリウス様、わたくしはあの頭空っぽ……いえ、ベルガー皇太子と婚約しているのですよ。気持ちわる……いえ、百歩譲って、ちちくりあっていたとしても罵倒されるのはおかしいかと思います」


 もう少し、頭が切れる人いないのかしら。


「……ふん、分かっているんだ。貴様、昨日あのバカ皇太子から婚約破棄されたんだってな。とんだ悪役令嬢ぶりだな!」


「あの、それが何か問題でも?」


「……貴様、なめてんのか! 問題大ありだ。このままじゃ貴様との実際はないはずの不祥事のせいで、俺たち勇者パーティーの心証は最悪だ。そうなるとだな、汚名挽回するにはな、魔王討伐しかなくなるんだよ」


 汚名は、返上するものですよ。


 うーん、ちょっと不穏な空気ですわね。

 でも、まあこの勇者パーティーごときが、わたし達の魔族領にきたところで……


「……とにかくだ。貴様にはこの聖なる勇者パーティーにもう居場所はないって事だ。ただでさえ、聖女がまだ5人いるからな。食い扶持が減るだけでも……ふふ」


 聖女5人いたー! 

 どんだけ聖女好きなんだよ。このハゲ!


「……分かりました。もう何を言っても、わたくしの居場所はないのですわね。では、ベルガー皇太子にその旨申し上げてきます」


「……ふん、分かりゃいいんだ。よし我が愛しの聖女達よ、今から自発的に魔王討伐に行き完遂したら、俺たちは、永世英雄決定だ。もしかしたら、あの可愛子ちゃんの王女までもらえるかもしれん。気を抜くなよ!」


 わたしは、念の為、テレパシーで四天王達に、そっちにバカ共がお邪魔するかもと伝えておいた。


 ーーああ、この先が思いやられるなぁ……



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