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異世界線の俺

 時空魔法で異世界間を繋ぐ。

 当初は荒唐無稽に思えたが、現実味は帯びた。

 ただどうしてもテストはしておきたい。

 俺の見込み違いで大事な仲間達を失う事だけは避けたいから。


「マールは地球とここでの経験でいやというほど心身が鍛え上げられている。だから俺も地球に行っても、力になれるよう精神を鍛えておきたい。おそらく俺の見込みだとアイテムボックス内からアクセス出来るんだ。時間場所を軸としない座標違いの世界線が。経験は宝だ。これは異世界転移が上手く行くか試すことにもなる。まず俺一人で入るから、皆は待っていてくれ」


 皆は俺を信じて疑わないようだが。満を持しての事だ。


「それじゃあな」


 俺は言い残してアイテムボックスに飛び込んだ。


「クロード様! それならわたしも一緒の境遇のはずです! ついていきます!」


 すぐさま引き続いて飛び込んできた。

 あ! そういえばリーシャもマールの境遇を聞いていたんだった。

 ん~。まあ仕方ないかな。


 アイテムボックス内は時間や場所の概念がない。

 だからこそ、確たる目標地点を決めなくても【空間連鎖】は作動する。

 心を鍛えられる場へ……

 必死に願えば。

 どこかにあるはずだ。

 もし俺がその世界に生まれ育っていたなら……



 ……【空間連鎖(コネクト)


 環境は違えど、元々ここで育ったクロードも俺自身のはずだ。

 意識が二つに分裂する事もなければ記憶がどちらかに上書きされることもない。

 全て蓄積共有されたようだった。


 目的は精神力の増強。不死という若干ズル気味で育った自分の根性を叩きなおすためだ。

 上手くいったようだ。っていうか上手くいく確信があったから、この異世界線に飛び込んだわけだが。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ――魔王領最奥部


 苛烈な戦闘の末、俺達勇者パーティーは魔王を追い詰めていた。

 魔王を討伐するには、コアを勇者の聖剣で貫く必要があり、タンク役のロンドが魔王の動きを止め、賢者のリリーが魔王の魔法を封じ、聖女のルーシアが俺にバフをかけ、ようやく俺は一寸くるわず、魔王の心臓のコアを貫いた。

 断末魔の後、魔王は飛散して消えた。


 俺達は勝利を讃え合い、王都へ帰還することにした。

 俺にはナディアという妹がいる。

 まだ9歳だけど、俺の事ばかりいつも気にかけている。

 もうクリスマスだな。

 今年は一緒に過ごしてやりたい。そんなことを考えていた。


 だが、帰路中途の断崖絶壁の地点で、事件が起きた。


 ――!?


 後ろについていたロンドが俺を突き飛ばし、危うく俺は奈落に落ちそうになったのだ。落ちたらとてもじゃないが、助からないだろう。


「けっ! すんでのところで岩に捕まりやがったか」


「……ロンド! これは一体どういう事だ?」


「……お前とはここでお別れだ。国王陛下からの依頼なんでな。お前は力を持ち過ぎたんだ。賞賛を浴びる勇者に覇権をとられるわけにはいかないそうだ。魔王は倒した。これで魔王を倒した勇者を輩出した強国と言う事が証明され、国政は安泰に向かう。そういう構図だそうだ。早い話、お前は国外追放ってわけだ。惨めを晒さず死んでくれ!」


 ロンドが嫌な笑いでそう言った。


「ここは魔封じが効いているから、あなたの得意な転移魔法での脱出も不可能ですのよ」


「ルーシアまでどうして……」


「クロード、あなたとの旅、結構楽しかったわ。安らかに逝かせてあげるわね」


 リリーにとどめの言葉を言われた。


 3人とも同郷の幼馴染だった。気のおけない親友達だった。

 シソと言う辺境の村で育った大切な仲間だ。

 何故? 何が悪かった?

 試しに転移魔法を唱えてみたが無効化されてしまった。

 やはり魔封じが効いているようだった。


「……待ってくれ! せめてナディアにクリスマスプレゼントを渡して欲しいんだ。今年こそは一緒に過ごしてやれると信じていたけど。このネックレスをナディアに」


「……ええ、いいでしょう。わたくし達から必ずナディアちゃんに渡します。それぐらいは幼馴染みのよしみで引き受けてあげますわ」


「ナディアちゃんには、お兄ちゃんは立派な勇者だったよって言っておくから、安心して」


 俺は、妹のナディアにプレゼントを用意していた。赤い宝石の散りばめられたネックレスだ。


「じゃあ地獄でも達者でな!」


 ロンドに岩に何とか捕まっていた手を蹴りつけられた。

 俺は成すすべなく奈落に落ちていくのだった。



 ……そして、俺はこの瞬間、これまでの記憶を全て失う事になる。



 ………………



 ――3年後。王都にて。


「クロード、これでとどめいくよ」


「オーケー、クリス、頼むよ」


 大きなドラゴンだ。硬い鱗の合間を縫うように剣先を入れ、ダメージを加え、ようやくドラゴンは絶命した。

 俺は相棒のクリスとこうして日々鍛錬を重ね、冒険者としても信頼を勝ち取っていた。


「ふう。こうしてこんな大物まで狩れちゃうようになったのもクロードの手際の良さのおかげだね」


「いや、クリスの剣の太刀筋が綺麗なんだ。無駄がないもの」


 俺達は、ドラゴンの討伐依頼達成を報告しにギルドへ向かう。

 俺は今20歳の剣士、そしてクリスは19歳の女性剣士。


 剣士同士のタッグ。魔王がこの世界に存命していた時代は主流ではなかったらしいが、今この世界には魔法という概念が存在しない。

 正確に言えば魔法を行使できる人間がほぼ存在しなくなったのだ。

 それからは、大物を狙うパーティーには、前衛後衛の役割はあれど、日々の魔物討伐程度の依頼では、小回りの利く2人、又は3人でのパーティーが推奨されている。


 俺とクリスは、王都で行われている剣術大会で知り合った。

 組み合わせもあったのだろうが、2人決勝で死力を削り合い、意気投合したのだ。

 こいつになら背中を預けて戦えるって。


 クリスは神剣二刀流の免許皆伝だ。もともと家柄が剣術の名家だったそうだ。

 俺はというと、実は我流。

 17歳のある日……ちょうどクリスマス付近を境に記憶が全くない。

 村の近くの小川に流れ着いているところを発見した冒険者が連れ帰ってくれたそうだ。

 その冒険者が今は引退はしているが、ゲイルと言う。とても面倒見がよく俺の後見人を引き受けてくれた。


 俺は、ゲイルに感謝しつつ、その剣術の腕前を生かし、冒険者になった。

 ゲイルが言うには、俺は記憶を失う以前から、剣術が優れていたのではないかと言う事だ。体得した剣術は、記憶がなくなっても身体が覚えているからだ。


「ドラゴン討伐お見事です。さすが剣の達人のお二人ですね。この王都ギルドも登録冒険者数が多いとは言え、ここまでしっかり依頼をこなせる方たちはいらっしゃいません」


「いえ、たまたま二人の相性がよく無駄なく動き回れるので」


 クリスが少し自慢気味だ。


「……あの、それで非常にお願いしづらいのですが、お二人に危険度が高い依頼となりますが、ご用命がございます」


 ギルド自体から名指しで用命してくることは珍しい。切迫しているようだ。


「シソ村をご存じでしょうか? そこにドラゴンゾンビが発生したようなのです」


 ドラゴンゾンビ……おそらくこの世界でも五指に入るやっかいな魔物だ。


「その討伐を俺達に?」


「そうとなると流石に、わたしとクロードだけじゃ……」


「はい、タンク役となるS級の重戦士と、長距離射撃の出来るハンターが同行致します。前衛としてお願いできる方を募っていたのです」


「討伐が遅れるとどうなる?」


「ドラゴンゾンビは死霊の集まりです。各地に死の病を運ぶとされます」


 早い討伐が急務か。

 シソ村は3年程前に滅びたと言われている。

 村や、集落の淘汰というのは、決して珍しくはない。

 魔物の襲撃もあれば、土地柄収穫物などが育たず手放さずを得ない場合なども多いのだ。

 ただ、ドラゴンゾンビが発生したと言う事は、その土地で何かしらの死のにおいを魔物がかぎつけたと言う事だ。


「クリス、いいかな。話からすると俺達が適任者となりそうだ」


「うん。こういった事も覚悟はしてたから」


「……本当にすみません。今夜、同行する重戦士、ハンターの方にご連絡入れておきます」


 ギルドを出た俺達に緊張が襲った。

 やはり冒険者だ。命を懸ける危険な職業だと再認識した。


「いいかい。クリス。今夜はしっかり休息を取っておくんだ」


 俺は、若干緊張気味なクリスに言い聞かせ、帰宅した。


「ゲイル、明日、俺シソ村に出たドラゴンゾンビ討伐に行く事になったんだ。2~3日かかるかもしれない」


 ゲイルはもう60歳になる。博識で思慮深いのだが……


「シソ村だと!? ……それは……やめた方がいい。今からでも断れないのか?」


 俺はゲイルの返答に違和感を覚えた。俺の腕は買ってくれているゲイルがこうもはっきり断れと?


「俺達だからこそ、お願いできるという事だったんだ。そんなに危険な魔物なのか?」


「……実はな、わたしが心配したのはその心配だけではないんだ。おそらくは……」


 どうにも活舌が悪い。


「……だが、放ってはおけないのだろ? 分かった。もし討伐が済んだらすぐ帰るんだ。余計な詮索はせずにだ」


 ここまで気圧される言い方は初めてかもしれなかった。

 ゲイルはいつでも優しかったから。


「分かったよ。討伐が終わったらすぐに帰るよ」


「それでいい……」


 何かその後、お前の為なのだから……と聞こえたような。


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