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容赦ない断罪 ―side セシリア―

「殿下! ご機嫌麗しゅう……」


「――リーシャ、首尾はどうだ?」


「はい! 上々にございます」


「――そうか、では計画通りでいいよな? 俺達の幸せの為に……」


「楽しみでございますね! あの女の情けない吠え面がいよいよ拝めますわね?」


「――まあ、そう言うなよ……うへへ」



 そこには何処か卑猥さを彷彿とさせながら、腕を組んで仲良く歩く二人の姿があった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「セシリア、貴様との婚約は、今日をもって破棄させてもらう!」


 広い講堂内に、無情を告げる声が響き渡った。

 誰も彼もが、混乱した表情をしている。


 ……どうしてよりによって、こんな日に?

 今日は、めでたいはずの学園の卒業パーティーの真っ最中だ。


 まさしく青天の霹靂だった。

 わたしは、今日晴れて卒業されるフィアンセのエリック王太子殿下の門出を精一杯お祝いするため、真新しいブルーのドレスに身を包み朝から、楽しみにしてきたのに……


 まさか、こんな事になるなんて……


 エリック王太子殿下と、わたしは6年前に初めて顔合わせとなった。わたしは王家との繋がりが深い公爵家の令嬢だ。政略結婚ではあったけど、エリック殿下は当時12歳。周りの評価はすこぶる悪く傲慢で狩りでの無駄遣いも多いと揶揄されていたようだった。わたしもちょっと内気な性格のせいか、ただただ殿下に従って自分の事は後回しでしか考えられなかった。今考えると彼の奴隷のようでもあった。

 わたしは、一生この方のパートナーになるの?


 自我が出せず一生この方に付き従う事になるのは……いや。


 ――そんなある日、転機が訪れた。


 エリック殿下が得意の狩りの帰りで、駆っていた馬から転落して重傷を負い、意識を失ったというのだ。こんな事態なのに侍女たちまでがそっぽを向いていた。どこまで嫌われ者なの?


 ――せめてこれを機に心を入れ替えて、王族のふさわしい方になって頂けたなら。

 わたしはどちらかというと彼の無事より彼の変貌を期待しながら、彼の手を握って看病を続けた。


 ……その甲斐があったのか、彼はゆっくりと目を覚まし、


「ここは? 君がずっと手を握ってくれていたの?」


 なんて言うものだから、わたしは心底驚いた。

 本当にあの傲慢な俺様キャラのエリック殿下なの?


 それからわたしが覚醒したとすら思える彼に心を奪われるまでに時間はかからなかった。

 すっかり元気になった彼はわたしを本当に大切にしてくれて、何処に行くにもその心遣いが嬉しかった。事故を機に本当に彼は澄み渡る小川のように穏やかな笑顔を作る素敵な方になっていた。


 ――そんな時、わたしは誰かの視線を常に感じていた。

 とっても粘着されているような気持ちの悪い感覚。

 わたしはこの事をエリック殿下に話した。


 少し不安だったけど、エリック殿下はそれをしっかり最後まで聞いてくれて、


「……大丈夫。何があっても俺が君を守るから!」


 彼は真顔でこんな事を言ってくれた最高のフィアンセだった。


「……俺の信頼出来る部下に見張らせる事にするよ」


 そしてすぐさま疑いもせず対応をとってくれた。


 ――なのに、どうして?


「……セシリア、貴様がここにいるリーシャに、ひどい虐めをしてきた事は既に調べがついている」


 リーシャ?

 わたしと同学年の二年生の子だけれど、面識はない。確かつい先日編入してきた子だ。

 そのリーシャがいつの間にか殿下に、猫なで声を出しながら、ぴったり引っ付いていた。


「……エリック様~。あの高慢女がわたしをずっと虐めてきて、わたしもう限界だったんです」


「……聞いたか? セシリア。貴様がしてきた事はリーシャをどん底に突き落とした。そんな貴様に俺はふさわしくない! 貴様は地獄ですら生ぬるい所業をリーシャに課したのだ」


「エリック殿下、誤解でございます! わたしリーシャお嬢様とは、話した事もございません! どうか信じて下さい!」


 わたしは、必死に懇願した。こんな事……こんなひどい断罪される為に今日着飾ってきたのではないのに。


 自然に悔し涙が溢れた。


「……泣けば済むとでも思っているのか? 笑わせるな! リーシャには貴様に虐められた証拠も揃っているんだ。衛兵! あれを頼む」


 殿下に呼ばれた衛兵達が、数々の証拠を運んできた。

 わたしの気持ちとは裏腹に、勝手に進められる断罪。

 わたしにとって、地獄のような日になった。


「……この教科書も、更にわたしが一生懸命描いたエリック様の肖像画も、エリック様に宛てたお手紙も、この可愛かった制服も、全てあの高慢女に切り刻まれてしまったんです!」


 周りの生徒、更には教師までもが意気消沈してしまい、誰も彼も敵に見えた。助けてくれる人は何処にもいない……


 何故リーシャ嬢が、殿下推しなのかは知らないけれど、もうわたしには関係なかった。もしかしたら、わたしはあの二人に嵌められたのかも知れない。でも、もうどうでも良かった……


「……そら! どうだ! リーシャが書いてくれたラブレターまでこんなに……。 貴様は彼女の純粋な心を踏みにじったんだ。これを今一度読んで、その罪をその胸に刻め!」


 ――殿下がわたしの元まで来て、破れた便箋をわたしに投げつけた。


 ……どうしてわたしが彼女のラブレターなんかに、いたずら出来るの?

 そう思いながらも、少しだけ文面が気になり、目を通した。


 ――これは……ハッと息を飲んだ……


 そして、破り捨てた。

 いくら何でも……もうダメだわ……


 誰か! 誰か! 助けて…… 


 わたしは、声も出なくなり冷たい床に突っ伏し、気を失う寸前だった。


 ――その刹那。


 倒れそうなわたしにいち早く気付き、抱き止める腕があった。


「……セシリア、大丈夫かい?」


 優しく頼りがいのある腕。

 この方は?


「……学年主任のガランだ。いくら何でもこんな理不尽な断罪は酷すぎる。今にも倒れそうじゃないか。ここは僕が医務室へ付き添うから」


 ……そう言うと、ガラン先生はわたしを優しく抱き起こし、医務室まで連れて行ってくれた。


 わたしは、もう殿下にもリーシャ嬢にも視線を向ける事はなかった……


「……さあ、着いたよ。大丈夫かい?

 奥のベッドに横になるんだ」


「……はい。ありがとうございます。でも、もう大分落ち着いてきましたので大丈夫です」


「……あんな酷い目にあっていたんだ。熱もありそうだ。薬があるから、飲んで休んでいくといいよ」


 ガラン先生は、そう言うと戸棚から解熱剤と、水を用意してくれた。


「……優しいお気遣いありがとうございます。ではお言葉に甘えて少しだけ……」


 わたしは、薬を口に含み、身体をベッドに横たえた。



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