アヤネのメル
「――これは海賊のものだろうな」
「はい。リーシャ様と、マール様は見ないようにお願い致します」
「はい。わたしは何も見えません。海賊の肉塊以外は……」
いやいや、逆でしょうが。意地でもバカ殿下は見えてないと、言い張るつもりらしい。
「ではわたくしは、クロード様の背中で寝ていればいいのですか?」
「うん、それでいいと思う。これは無垢なマールは、見ない方がいいな」
「ルディーの遺体なのですが、やはりまだ死んで間もないようですね」
「うん、しかし何でこんな清々した顔で死んでんだよ! 苦痛に歪んでなきゃリーシャが納得しないよな!」
「いえいえ。わたしはもうクロード様しか見えていません。そんなゲテ物眼中にないので大丈夫でございます」
もうどうでもいいらしい。
さて、これはどう見るべきだろうか。
完全に切り刻まれているので、何人の海賊だったのか分からないが、10人分くらいだろうか。
「切り口が鮮やかで、魔物による蹂躙ではなさそうですね」
「うん、鋭利な刃物だな。かなりの手練れだ」
バカ殿下の方は力任せに、切りつけたような雑な切り傷だ。おそらく海賊の仕業だろう。
「そういえば、メルの方が先に消息を絶ったようだけど、遺体が見当たらないよね」
「はい。今消息を追っています……」
その刹那だった。
上空から?
重力加速度を借りたカトラスでの一刀切。
俺はダガーではじいた。かなりの重い切り込みだ。しかも速い。
「クロード様ー。すごく眠いので寝ていていいですか?」
こんな時でも、俺の背中でマイペースなマール。まあ大丈夫だろう。
「ああ、マール。全然大丈夫だ」
あれ? もう寝息が聞こえるぞ。ここまで信頼されていると嬉しいな。
「クロード様、わたしはリーシャ様をお守りいたします」
エドワードが言った矢先、あっ! まずい投擲かよ。ダガーが高速でリーシャへ。
リーシャは上体を反らして優雅に躱した。
「あら? 見くびられては困りますわ!」
まあわけなく避けられるのは分かってたけどさー。躱し方が綺麗だなー。ポチが頭に乗ったままって事は、超余裕って事なんだろう。
やはりリーシャは戦闘の素質もあるらしい。
「にゃは!」
そして今度はそいつは、俺に向かい高速走りで二刀切りに出た。
アサシンだろうか。動きが機敏だ。
初撃をいなして、二撃目ははじいた。ついでに後ろ手で延髄を攻撃した。
その場に倒れ込んだ刺客。
どう見てもそいつは、あの語彙力のなさに定評のあるメルだった。
「クロード様、お見事でございます。この子は……メルですね」
「うん、ぼろきれ着てるし、バカっぽいから間違いないだろう」
「気絶しましたわね。無傷で確保ですね。流石クロード様ですわ」
「こいつどうしようか?」
「気が付いたら、また襲い掛かってきますかね?」
「うーん。だからと言って問答無用で殺すのもな――」
仕方ない。状況が分からないからな。俺は【記憶遡行】をメルに使う事にした。これ、他人のプライベートに土足で踏み込みました的な魔法だから、正直控えたいんだけどな。
突っ伏して倒れたメルに手をかけようとすると、
「う……ぅぅぐううぅ」
気が付いたようで念のため身構えた。
「あの……ごめんなさい。わたし襲われていたので、ついあなた達も海賊かと……」
「ん? お前メルだろ?」
「あの……そこで気持ち良さそうに死んでいるルディーさんにはそう言われてましたが、わたしは『アヤネ』と申します」
全く話に要領得ないのだけど。どうしよう。
「えーと。聞いていいか? 今は敵意はない?」
「はい。すみませんでした。何かおかしなものが、わたしに取り付いたようでして……【英霊ミリー】と言うそうです」
どういう事だろう?
「――クロード様、そこにいるメルはもう魂がありません。いえ、入れ替わったようですね。おそらくショック死して遊離した魂の代わりに、アヤネさんが入り込んだと考えるべきでしょう.」
「なるほど。メルがショック死して身体が一時的に空になったところに、すかさずこのアヤネちゃんが入り込んだというわけか」
「あのー。多分ですがあなた方のおっしゃる通りだと思います。ルディーさんが強そうでしたが、めっちゃ簡単にやられてしまって、わたしもうダメ! 襲われる! と思ったら、【英霊ミリー】が力を貸してくれたのです」
「じゃあ、今は敵ではない?」
「はい。あなた達は、きっと優しい方たちだと分かりましたので――」
「英霊ミリーもいいか?」
「にゃは!」
いいらしい。
何とも物分かりは良さそうだ。
「ただアヤネちゃん? 君はすごく微妙な立場なんだ。言いにくいのだけど前の身体の持ち主が国家追放者でさ……」
「えっ? そんな大犯罪人なのですか? わたしどうも転生したらしいのですが、もう終わりなのですね……」
「――わたしが陛下にお願いして国家追放を解除してもらいますわ。あなたは本当にあのメルではないのですよね?」
「はい。アヤネです」
「では、あなたが脚を捻って階段から滑り落ちた時、医務室へわたしが連れて行きましたよね? その時あなたは一言わたしに何て言いましたか?」
「――ええと、ありがとうございますって」
「……あなたはメルではありませんね。
クロード様、記憶遡行かけるまでもなく、この子はアヤネちゃんであってますわ!」
ん? メルは何て言ったのか気になるんだが……
「わたしが感知していた人間ではないものの気配は、この英霊ミリーだったのですね」
「とにかく味方と分かったら、そんな粗末な恰好させておくわけにはいかないな。一旦本邸へ戻ろうか? 綺麗になったら国王陛下に進言に行くんだ」
「――あのー、あれも持って帰るのでございますか?」
「うん。不本意だけど……」
すっげー爽やかな笑顔で死後硬直している、これを持って帰るのやだなー




