聖女服が際どいです ―side マール―
夕食の時間でしたが、わたくしは歯痒さを感じながら、寮を出ました。走って駅へ、電車を乗り継ぎ現場へ。
辺りはすっかり夜の闇に閉ざされていました。
元々ここは、郊外の人通りの少ないところです。
……規制線を張られた現場を目の当たりにして、わたくしは膝を落とし泣き崩れました。
――わたし、どうしたらいいの?
″あるかちゃん、わたしにもしもの事があったら……″
わたくしが体験編入に行く前日、準備をしていたわたくしにかけられた言葉。
もしもの言葉なんてないし、考えたくないよ。
なんて能天気に答えてしまっていた事を思い出しました。
――わたし、なんて馬鹿なんだろう。
″……この建物も古いからねぇ。戦時中隠れられるよう、床下収納から降りられる階段があるのよ″
まさか、フキさん、こうなる事が分かっていた?
――確かめるしかない。
幸い今は闇に紛れ、警察の捜査車両なども引き上げていました。
わたくしは、規制線の中に足元を気にしながら入っていきました。
建物自体がほぼ崩壊してしまったため、目測で床下収納の場所を突き止めるしかありません。
火災と、消化の水で地面は黒い煤と汚泥が混ざって、わたくしは瞬く間に真っ黒になりました。
30分ほど、焼け焦げた建物の破片をどかし、ある程度地面の泥を掻き分けていき、ついに台所の床下収納を発見しました。
床下収納自体は、人一人が入り込めるほどのスペースしかありません。しかし底板に取っ手が付いていて、引き上げると、下に降りられる梯子がありました。
戦時中からあったものかと思います。酷く錆びていてところどころ、ひしゃげていたので。
梯子を降り切ると今度は、重たそうな鉄扉がありました。
――錆びて堅そうに思いましたが、すんなり開きました。わたくしは確信しました。フキさんは、ごく最近ここに入っている。
そこには、狭い通路からは、想像出来ない程のスペースがあり、10畳ほどの部屋に、簡素な机と椅子がありました。電気はないので、スマホのライトを使っています。
机の上には、一枚の紙と、服が置かれていました。
――――――
″あるかちゃんへ。
あなたが、ここに来たと言う事は、わたしはもうこの世にはきっといないのよね。正直あなたがこの手紙を読む機会がなかったなら……と考えていましたが。
あなたがここに来た以上、もう隠し立ては出来ません。わたしでは、あなたを守ってあげられなかったのですから。
わたしが殺されていたなら、知恵を絞るとか、駆け引きするとかそんな綺麗事では、やつらは止められないと言う事ね。
最後は、何がどうであれ、武力に頼るしかないのです。
もう分かったかと、思いますが、わたしを殺したのは、かつてあなたの家族を皆殺しにした三人組です。
やつらが逮捕され、収監された時、あなたは9歳。
当時警察は、あなたの心負担を考え、裁定後、決まった懲役期間を、あなたには伝えませんでした。理由はやつらの能力では見つけられないようあなたを情報秘匿したから、あなたがやつらの釈放を気にしないで過ごせるよう配慮していたのね。
警察は、後見人となるわたしにだけは、念の為に収監年数を伝えてくれました。裁定は懲役7年。三人もの命が失われたと言うのに、あまりに短い刑期です。
そして、今年はちょうど、やつらが服役を終える年。
警察の秘匿策を信用してはいましたが、無駄のようね。
わたしが覚悟を決めたのが、奇しくも笹峰陽一さんが、何の情報もない中、海斗君の自供だけで、あなたを探り当てた事よ。陽一さんが言うには、この秘匿には穴があるそうよ。事件の被害者家族、つまりあなたは当時9歳。当然親類が引き取る事になるわ。万全を期して、親類関係が自分の将来を犠牲にしてでも足が付かないようあなたを伴って引っ越しできれば、やつらは打つ手がなくなる。でももし、親類が養育を断った、あるいは頼れる親類がいない事が奴らに判明したならば、全国の児童養護施設を調べる事になるのよ。
言う程楽な作業じゃないから、見つかるかは確率的にはイーブンだと陽一さんは言っていたけど。
とにかくここが見つかってしまった以上、やつらのあなたへの逆恨みは想像を絶すると言う事よ。
おそらくあなたの居場所を聞き出す為、わたしは人質にされるでしょうから、自死の準備はしてあるの。
あなたの所在は、漏れないよう陽一さんにも協力は得てあるわ。
あなたに、残念ながら自衛出来る術は現実的には期待できない。
わたしは、何とかならないか考えたの。そして一つ試して欲しい事を思いついたの。こんな言い伝えを聞いた覚えがあったから。この部屋には不思議な扉があり、その先には望んだ力が手に入る世界があると……ただし扉が見えるのは、聖女の資質を持つ者のみ、
わたしには扉が見えないけれど、あるかちゃん、海斗君の勇者のあなたならば……と思ったの。
勇者も聖女も似たようなもんでしょ?
あなたには、やつらに屈しない力をつけてもらいたいから。だからこそ、陽一さんにわざと3か月もの体験入学と称して自由に行動できる期間を設けてもらったの。異世界とやらに行ったなら、その期間で自衛策が講じられるように。ただ一方通行で日本に戻ってこれない可能性もあるわ。そうしたら、向こうでイケメン君見つけて、幸せになりなさい。
もしその世界への扉が見えたのなら、あなたにプレゼントがあるの。
きっとあなたが聖女として新しい世界に出向くなら、聖女らしい恰好が必要だと思ってね。
あなたが好きだった『勇者物語』に出てきた聖女を参考に、連想して聖女服を作ってみたの。
きっと気に入ってもらえると思うわ。それを着てあなたは旅立つの。聖女になったなら、今後は必ず『わたくし』と言うのよ。そうすれば本物の聖女っぽく見えるでしょ?
最後に……
こんな老いぼれのわたしに、楽しい時間を運んでくれてありがとう。
あなたに幸せが訪れるよう祈っています。
――――――
何で……どうして大事な人達が次々消えていくの?
教えて! お兄ちゃん……
もう既に泣きはらして、涙は出ませんでした。
……力をつける為の扉? グズのわたしにそんな神聖な扉が見えるはずが……
顔を挙げて部屋の奥を見てみました。
げっ?
ありました。
黒い瘴気を放つ禍々しい扉が。
地獄門と言っていいのでしょうか。
それでも、フキさんが必死に残してくれた物は無駄には出来ません。
服を拡げてみました。
綺麗な蒼い生地にラメが散りばめられた聖女服。
こんな綺麗な衣装を、ありがとう。
わたくしは着てみました。
聖女服?
いえ、それにしては動きやすいです。
よくよく見てみたら、スカートに太腿の上までかなり際どいスリットが入っています。チャイナ服みたいですね。本当に聖女服? これ回し蹴りとかしたらパンツ見えちゃわないかな。
『勇者物語』の聖女は、確かに一人称が『わたくし』でした。でも聖女服は、わたくしが想像していた物と少し違うような……
何か男性の眼を無駄に引き付けるだけの気がしますが、せっかく頂いたものなので、大事に着ます。
でもこの選択が間違っていた事を、わたくしは、後で思い知る事になるのです。何しろこの際どいチャイナ服から、『性女』疑惑が生まれたのですから。
この時のわたくしは、とにかく必死でした。
考えるまでもないです。父、母、そして兄、フキさんの仇に屈したりは絶対しない!
――わたくしは静かに禍々しい扉を開けました。




