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身代わりの少女騎士は、王子の愛に気付かない。  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ
第三話

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それを片思いという

 どんどんどんどん、と外から強くノックされた。

 目を潤ませたアシュレイに馬乗りになっていたアリシアは、その体勢のままちらりとドアに視線を向ける。


「城壁が突破されました! 何者かが城内に侵入しており、交戦中です!」


 廊下から響いた兵の声。

 アリシアは目を細めてすばやく言い返す。


「この夕闇に紛れて石の壁を上ってきたとしても、人数は多くないでしょう。浮足立っていないで、早々に片を付けなさい。ここには近づけないように警備を固めて」


(壁を上った……、少人数)


 ちらりと、まさかという考えが掠める。

 ありえると言えばありえるし、状況的にそう考えるのが自然のような気はするのだが、「あ~来ちゃったか……」という気持ちでいっぱいになってしまった。

 エグバードかカイル。まかり間違えるとその両方。その場合、なんらかのきっかけで休戦もしくは仲直りをして、共同戦線を張ることになっているのだろう。


(どっちか死んでいたら生き残った方……。いやいや両方とも、簡単には死なないか。やっぱり二人で手に手を取り合って来ちゃったかなぁ)


 問題は、正面から尋ねてきたのではなく「侵入者」として現れ、兵たちに対応に入られているということだ。すでに穏便な状態ではない。

 せっかくアシュレイが「穏便に済ませる方法(※エグバードに若干の不名誉。考えようによっては致命傷)」を実行しようとしていたのに、番狂わせも甚だしかった。


「エグバード様かしら」


 アリシアも勘付いているようで、楽し気に声をかけられる。

 もうどうしたものかと思っていたアシュレイは、破れかぶれの気持ちを込めて力なく微笑んでみせた。


「わざわざ来なくても……。国に帰って今後の対応を話し合うとか、もう少し慎重な行動を心がけて頂きたかったですね……」


(せっかく拾った命なのだし、心中願望でもない限り妻もどきをそんなに追いかけずとも)


 いささか呆れたような顔になりかけてしまったが、そこまで本音を駄々洩れしている場合ではないと、アシュレイは表情を引き締める。


「あなたのことが大切なのではなくて」

「それは無いと思います」


 アリシアは明るい表情で言ってきたが、アシュレイはひたすら渋面になり、速攻で言い返してしまった。

 沈黙が生まれる。

 少しの間二人で見つめ合った。先に口を開いたのはアリシアであった。


「こう……、温度差? その……、二人は愛し合ってるのではないの? なんなのかしらこの腑に落ちない感じ。結婚自体は済ませているけど、肉体関係はなくて。あなたはまるで契約を交わした護衛か従者のように彼を守っている。そうかと思えば、彼はあなたを真実愛する妻のように大切に接していて……」


 人差し指を頬にあててぶつぶつと言いながら目を瞑る。

 やがて、はっと息をのんで閉ざしていた目を開いた。


「わかったかもしれないわ。それって『片思い』と言うのではなくて?」


 しんと、なおいっそう耳に痛いほどの静けさに辺りは満たされ、薪のはぜる音だけがいやに大きく響いた。

 得意げなアリシアと、きょとんとしたアシュレイ。

 見つめ合ってしばらくしてから、今度はアシュレイが口を開く。


「片思い、ですか。少なくとも私は全然そんなつもりはありませんでしたが」


 アリシアはどこからともなく畳んだ扇を取り出し、びしっとアシュレイの鼻先につきつけた。


「そこよ! あなたはエグバード様のことが全ッ然好きじゃない、エグバード様だけが一方的に好き。これをもって『片思い』と言うの!」

「な……なるほど?」


 納得していいものか悩みつつ、ひとまずアシュレイは相槌を打った。傍から見るとそうなるのか。

 予期した反応は得られなかったアリシアは、なおも早口で言い募る。


「だから体を許すこともないのでしょう。もしかしてあなた、結婚前に心に決めた相手がいたのでは? それを、エグバード様が無理に……そういうことじゃないの?」


 思いつくままに喋っているようだが、その推測はかなり的を射ていた。


(鋭い。私がレイナ様ではない点を除けば、この結婚の筋立てはほとんどその実態で合ってる)


 実際のところ、エグバードが見初めたレイナ姫はさっさと心に決めた相手と駆け落ちをしてしまっていて、代理でアシュレイが結婚したという裏事情がある。だが、流れそのものは訂正する必要が無いほど一致していた。

 妙に感心しながら、アシュレイは「そうですね」と控え目に答える。

 アリシアの瞳が、なおさらきらりと光を放った。


「つまり、エグバード様は実質フラれていたのね」

(あ。結論まで行きついてしまった)


 ここにきてエグバードが「男として役立たず説」は回避できたかもしれないが、「ふられた相手を、大国の権力をかさに着て無理やり娶った件」が浮上。そこそこ悪どいし、好感度は低い。

 確かに結婚は無理やりだが、その後の扱いは優しかったのだ、と。どうにかかばい立てしたい気持ちからアシュレイは口を挟んでしまう。


「エグバード様がフラれていたのは確かなんですけど、最初に結婚すると言ってしまった方にも問題があるわけでして。全部段取りが済んでから『やっぱりこの結婚、無しで』って言っても、国同士のこともあるからそういうわけでとはいかなかったと申しましょうか」


 アリシアの指が、アシュレイの頬をなぞり、首筋を這った。

 ぞくぞく、とした悪寒にアシュレイが身を震わせるのを楽し気に見ながら、アリシアは言い逃れを許さぬ厳然とした調子で言い放った。


「それ、自分のこと? それともあなた、誰かの身代わりなの?」


 咄嗟に誤魔化そうとしたところで、脇腹の傷の上にアリシアが膝をのせる。


「嘘を言ったら、膝でここをぶち抜くわよ。あなたは聞かれたことに答えなさい」


 先程不意打ちでくらった痛みを思い出して、アシュレイは硬直してしまった。

 やると言ったら、絶対にやる。


(普段ならかわせるけど、今はうまく逃げられるかわからない……!)


 つばを飲み込んで、アシュレイは口を開いた。


「アリシア様の仰ることは、かなり、真実に近くて、ですね。私は……」


 廊下から騒音が響いて来る。

 アリシアも気付いたようで眉をぐっと寄せた。


「近いわね、突破されたみたい。さすがにエグバード様は手練れといったところかしら」

「そ、そうですね。いろいろ難点はありますけど、文武両道の噂だけは信じてほしいです……!」


 はからずもエグバードをアリシアに売り込むようなことを言ってしまったのは、さすがに評判が落ちすぎだと気にしたせいであった。再婚のアテがなくなってしまう。


 どん、と音がしてドアが開かれた。

 先に部屋の中に踏み込んできたのはエグバード。アシュレイを見て、ぱっと顔を輝かせる。

 その様子を見ながら、アリシアがごく小さな声で尋ねてきた。


「あなたの夫が助けにきたみたいだけど、どうする? あの夫と帰る? それとも、もしその結婚が無理矢理であなたが納得しておらずあの男が迷惑だというのなら」


 わたくしが、助けて差し上げてもいいわよ、と。



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