オレとご主人サマと怪獣大決戦
カチャリ、カチャリと銀製食器が音を奏でる。
ううむ、美味いのは美味い。だけど、オレとシルヴィだけが食卓に着き、メイドたちは辺りにたたずむのはちょっとなんかいやだ。
飯時の会話もないし。
それと中々手をつけないオレの為に、シルヴィが先に料理に手をつけた。毒は入っていないと言う証だろう。
食器を置き、行儀良くナプキンで口元を拭ったシルヴィが口を開いた。
「庶民のくせに食事の作法がしっかりしているのね。奴隷に落ちる前はどこかの令嬢だったのかしら? でも、そんな艶やかな黒髪を持っているならわたくしが忘れるはずがないのに」
黒髪ロングはなあ。男の憧れだからな。転生したときにそう設定した。
そう言えればいいのだろうけれど、この世間知らずのお嬢様には話すべきではないだろう。それに聞き耳が多すぎる。
腹芸は苦手なんだが、沈黙は金ということわざ通り、余計な事は喋らないに限る。
オレも同じように一度食器を置き、口元を拭う。
「何、嗜みだよ。ご主人が冒険者上がりの名誉貴族だかんな。オレくらいはまともな作法を嗜んでいて当然だろう。何かあったときにオレまで粗野だったらご主人の格がさがるからなー」
そんなことちっとも思っていない。
オレがテーブルマナーを覚えているのは生前の賜物である。
コース料理とか色々くったからなあ。連れ回して奢ってくれる先輩には頭があがらんぜ。オレ、もう死んでるけど。
「あら、素敵。足りないところを補うなんて奴隷の鑑ね! わたくしにもそのような補ってくれるような奴隷がほしいわ!」
「まあ、オレみたいなのは中々いないぞ。諦めるんだな!」
「残念だわ」
あからさまにしょんぼりと肩を落とすシルヴィにオレは苦笑を漏らす。
感情表現が豊かだ。擦れていない女子とはこんな奴のことを言うのだろうな。まあ、体はだらしないが。
しかし、花火でも上げているのだろうか、やけに外がどんどんと騒がしいような。
「なあ、シルヴィ」
「はい、なんでしょう?」
「このカボチャ祭り、花火を上げる風習でもあるのか?」
「いいえ……? 花火とは何でしょう?」
「ふむ……夜空に火薬を使って花を咲かせる風流な物なんだが、そうか……」
なんだろう。嫌な予感がする。
あー、つーか、ご主人オレを探してるよなあ……。呑気に飯食ってていいのかなあ。むう……。
「むう……すまん、そろそろお暇させて貰ってもいいか?」
「あら、どうして? 夜はこれからでしょう?」
「いや、どうにもこうにも、嫌な予感がしてなあ……。ご主人も探してるだろうし」
「大丈夫よ? 屋敷の者を使いにやりましたから、ご自宅にお帰りになられてるかと……」
「あー……」
おわった。
多分この金貸しの家終わったな。
屋敷に近づいている、どんどんという物音、これ、ご主人たちが多分暴れてるわ。なんだかんだで、オレ愛されてるからな。
ドシャバキッなんていう分かりやすい破砕音が聞こえてきた。
そろそろオレも帰る用意しようかな……
「シルヴィ、強く生きろよ。後飯は美味かったが、やっぱりみんなと食卓を囲む方が美味いぞ」
「あら、返しませんわよ? 今日はたっぷりあなたのお話を聞かせて貰うのですから」
分かってないな……。
「あーと、だな……」
オレが口を開こうとした矢先、食卓の扉が蹴破られた。
うーん……想像通りである。
「うぅ……シルヴィ様……お逃げを……」
おーすげ、ご主人ちゃんと理性保ってんのか。半殺しですんでる。
「FUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU」
あれ、ダメじゃね。
バーサーカーになってね?
「おーい、ご主人ー?」
「トゥォォォォリィィックオアトゥォリィィィィィィィィィィトォォォォォ!!」
すげえ、今日の催しのことちゃんと覚えてる。
バーサーカーモードでもつまらんギャグセンスは持ち合わせてる辺り流石ご主人だな。ちょっとだけ尊敬するわ。てか多分これ、怒ったフリだな。
「い、いや、なんですの……?」
「いやだってなあ……そりゃあ、オレ攫ったらこうなるの分かってんだろ……」
地上最強だと思われる男に喧嘩売って無事に済むと思うのか。
ドエムで、いつもヘラヘラしてるけど、強いからなあ、うちのご主人。
「ソーマ、無事!?」
「おぉ、スィエー。大丈夫だぞ。怪我も無い」
「そう、良かった! こらぁ! クリス!! ソーマは無事よ!!」
ギョロリ。うひょ、こっわ。
いや、これ、収めた後が絶対大変だぞ。一晩コースじゃね。やだよ腰痛いよ、くそう。勘弁してくれよ、ホントに。
「GUUUUUURURURURURURURURUUUUUUU」
やべえな、これ。
「スィエ、攻撃してみた?」
「背中見てみて……」
わーお。矢が突き刺さりまくりじゃん。全部筋肉に埋もれて止血されてるけど。
こわ。まじでこわい。化け物じゃん。
「よく生きてたなあ……」
「そうね……ソーマ後は頼んだわね……」
「まじかよー、ここで置いて行くのかよ!」
「だって、もう大丈夫でしょ」
「まあなあ。多分ご主人、あれ完全に悪のりしてるだけだろうし」
カボチャ被ってるあたりでなあ……。
三角目にギザギザ口はやっぱり碌なもんじゃねえな……。
「シルヴィ、改めて、ちゃんと誘ってくれれば出向くから、こういうことは金輪際無しな!」
「は、はい……大変失礼をしましたわ……」
所構わず暴れ散らしてるご主人を尻目に、腰を抜かして後退りしているシルヴィにオレは笑って言う。
余りにも怯えてるから、楽にさせようと思ったんだけど、逆効果だったみたいだ。
まあこれ、早く別れを済ませろって言う粋な計らいなんだろうけれど、床は割れてるし、暖炉も壊れてるし。テーブルもひしゃげた。
そろそろ壊すものがなくなってきて、さっきから握ってるシルヴィの従者がぶんぶん振り回されて、マーライオンしてる。きったねえ!
「さて……しょうがないにゃあ。本気でご主人止めるか」
つい昨日効果があることが実証された、弱体化と強化の合わせ技!
だけど、弱体化を流すには触れないといけないし。
「スィエ、弓貸して」
「いいけど、使えるの?」
「狩弓は使ったこと無いけど、大型の弓はある」
お遊び程度だけどな。弓道もちょっとだけやってみた。昔の好奇心って意外と役に立つな。
「ソーマって何でもできるのね……はい」
「さんきゅ」
矢筒から矢を数本拝借して、一本を番える。
まあご主人の事だろう。わざと当たりに来てくれるはずだ。
矢に弱体化の魔法を込めて、放つ。
しゅびゅっという風切り音と共に、トスッとご主人の体に矢が刺さった。
効果の程はあるかはさておき、走り寄りながら二射、三射と続けざまに放つ。
「GUGAAAAAAAAAA!!!」
ああ、聞いてる。聞いてるけど、もう怪獣的な悲鳴はいいよ。うん。
盛大な悪戯なつもりなんだろうけれど、ちょっとそろそろ空気読め!
「死ね! ご主人!!」
大きく開いた胴に極限まで自分の体を強化した一撃をたたき込む。
あ、これ気持ちいいわ……。快感過ぎる……。
衝撃がご主人の腹を通り背中に抜ける感じ。
くの字に折れるご主人の体。
綺麗に決まった。
やばい……絶頂した時のような快感が体を駆け抜ける。
「おぐぅ……」
苦悶の声をあげて蹲るご主人がオレにサムズアップをしてくれた。
あーあ……やっぱり完全に演技なんじゃねえか。
「ご主人はほろびた!」
「うわあ……何この茶番」
「スィエも気付いてたんだったら付き合わなくて良かったんだぞ!!」
「なんか、本気で街壊してたからびっくりしちゃって……」
冷静になったスィエの、マジトーンな突っ込みにオレも快感の余韻に浸ることはできなかった。
ひどい女だ。そこがまたいいんだけどな。
後始末をして、蹲ってるご主人を水攻めして起こして、シルヴィに謝らせて、シルヴィからも謝罪を貰って、この一件は手打ちになった。
オレを攫ったのはノービスパーティの男の子二人だった。低ランクなのに、金払いのいいクエストが流れてたから受けたそうだ。後日げんこつで済ませておいた。
そして、その日の夜は、酷い目に会ったのでした。
ああもう、オレだけ最悪な一日じゃねえか!!




