オレとご主人サマと早朝訓練?
「腰いてぇ……」
あの後盛大に反撃を貰った。性的な意味で。
くそう。調子に乗りすぎた。
「あー、アイツどこ行った」
まだ朝靄が掛かる時間帯。外はうっすらと明るくなり始めていて、涼しい空気が寝起きに心地いい。
おかげさまで寝起きはとてもいい。体中アレなニオイがしてるのを除けばだが。
ぼんやり頭で、辺りを見回していると、薄ガラスの向こうからぶおんぶおんと鈍い音が聞こえてくる。
「外か」
手近にあった手ぬぐいを濡らして、体の汚れを拭いてオレは外へとむかう。
腰が痛い。もうちょっと加減してくれてもいいんじゃ。
ブーツを適当に履き――家の中くらいは裸足で歩きたいがそう言う作法もないから仕方なくだけど――外へと出る。素足に革靴はちょっと嫌だな。蒸れるし。靴に消臭剤忍ばせておかないと臭うし。困った物だ。
庭先にはご主人がいた。
石削りの重そうな剣を易々と振っている。
その剣が起こす風切り音が鈍い音を立てていたようだ。その剣速たるや目にもとまらない。
むくりと悪戯心が浮かび上がった。
一心不乱に剣を振っているご主人を見ていると、どうしてか嗜虐心をそそられる。つまり、悪戯したくなるのだ。
いわゆる普通の無詠唱魔法を使えば、大気の魔力の動きで悪戯が察知されてしまう。
だから、オレはいつも通り、我流の無詠唱魔法を使う。体内の魔力を使うあれだ。魔力が切れたら痛い目に合うのはこっちだけど。
指先に魔力を灯し、初等魔法を幾ばくか。
当たってもダメージはないように、ご主人を驚かせる程度にする。オレの魔法でケガされんのはちょっとヤダしな。
だから、炎は無し。氷も刺さると血が出るから無し。
突風で驚かせてやろう。
「夜のお返しだ……」
含み笑い。そして、圧縮した空気を放つ。体に当たっても衝撃で仰け反る程度だから大丈夫。
「そこにいるのは誰だ!」
放つ直前。今まで聞いたことがないようなご主人の怒号が耳をつんざく。
怒鳴り声……。
その声を聞いただけで、オレはへたり込んでしまう。
未だにあの一か月の暮らしで染み付いた、奴隷根性がオレの戦意を挫いた。
「うっ……」
ご主人が近づいてくるから、逃げないといけないのに立ち上がれない。
「なーんだ、ソーマか。どうしたの?」
木陰から顔を覗かせたご主人は、怒気を簡単に引っ込め、いつものようなにこやかな笑みを浮かべて胸を撫で下ろしていた。
「どうしたの? 泣きそうな……あー……お風呂行こうか」
「……おう」
察しの早いご主人で助かるよ、全く。
奴隷時代に性的開発された体が恨めしい。たかだかこれくらいのことで漏らすとか。まじでないわ。屈辱だわ。だけどそういう体なんだから諦めるしかねえな。
「よっと」
「ご主人、この抱き方やめね? 責めて背負うとか俵担ぎするとか横抱きにするとかさ」
へたり込んだオレを軽々お姫様抱っこするご主人にまた恨みがましく思う。
うぐぐ……。
「ソーマを怖がらせちゃった僕に責任があるからねえ」
「おい、会話のドッジボールをするな」
「ドッジボール? なにそれ?」
「柔らかい球をぶつけ合うスポーツだ」
「へー、楽しそうだね!」
「一桁年齢の子供の遊びだぞ……」
「木の球でやり合うの楽しそうだね! それくらいなら投げれるでしょ!」
「……だから会話のドッジボールやめーや」
相変わらずのご主人で辟易する。
「まあいいや。しかしなんで朝から剣なんて振ってたんだ」
「あー、うん……珍しくソーマより早く起きたから、ソーマの寝顔見てたらこう、ね?」
「催したのか」
「そうなんだけど! 寝てるソーマにあれこれするのはちょっとなあって事で、雑念振り払うために!」
「気遣うのは別にいいが、結局の所、オレはご主人の所有物だ。好きなようにしていいんだぞ」
「またそんな事言って! そうじゃないんだよー」
「あーはいはい」
性欲魔人のドエムのくせに、こういう変な気遣いができんだよなあ……。困った物だ。全く。
「そういえば、今日はソーマをつれてきてくれって頼まれてるんだった」
脱衣所で服を脱がされながらオレは何言ってんだコイツという感じで、ご主人の声を聞いた。どこにだよ。主語抜かすなよ。
「唐突すぎんぞ。もうちょい分かりやすく」
木製の長椅子に座ったまま、パンツを脱がされながらオレは聞く。
くそう、腰が抜けてなければご主人の顔面足蹴にするのに。
にやついた顔がうざい!
「ソーマの服作ってる職人さんが、生ソーマみたいって」
「あー……」
週に一着ずつ増えるオレの服。幻想魔獣の素材をふんだんに使ったワンオフ。
その服を作ってる職人がオレに会いたい、と。
まあ、文句の一つや二つ言いたかったし、合うのはやぶさかじゃねえな。
「いいぞ」
「ホント!?」
「おう。今日の悪戯未遂のお詫びだ」
怒鳴り声腰抜かして、漏らすとか言う失態もやってしまったしな!
その上介護させたし。ううむ……借りばかり募る。
「じゃあ、お風呂からあがったら早速いこうかー」
「あいよー。そうだ、ご主人」
「なあに?」
「風呂場でオレの裸みたからって、催すなよ?」
とりあえず釘を刺しておいた。
無意味だけど。
風呂から上がったのは太陽が頂点に差し掛かろうとしていた頃という辺りでお察し下さい。




