69.死神のおトクな使い方。
死神のルール
①人間の前に、むやみやたらと姿を現してはならない。
②年に一度、誰かの死を願う人間の元へ姿を現す。その幸運に免じて素直に一つだけ願いを叶える。
③依頼者が誰かの死を望む場合、その対象は依頼者一人につき一人とする。複数は不可。
「な、何だお前は!?一体どこから入って来た?」
薄暗い寝室の床から煙のごとく現れた、黒いローブを着た男。
自分の背丈ほどもある大きな鎌を持つ謎の人物は、しわがれた声で答えた。
『ヨホホ。ケルト王国の王子、フェリクスさんですね。私は死神です。貴方だけにステキなお話を持ってきましたよ』
いかにも怪しい存在に、戸惑いを向ける王子。
だが、目の前の男に触れようと手を伸ばすも……幻のようにするりと手が体をすり抜けてしまう。この世ならざる者の禍々しいオーラに当てられ、その存在を否定出来なくなった。
「ほ、ほう。面白い。何の用だ?まさか俺を殺せと誰かがお前をよこしたのか?」
『いえ、違います。むしろ、【死んで欲しい人はいませんか?】とお願いを一つ、叶えに来たのです。昨今、医術の発達により死人が出にくくなりましたので、「誰かの死を望む人」の元へ私が出向いていまして……。世の中に五万といる人の中から、貴方が選ばれた、という訳です。ラッキーでしたね』
「何と……嫌な世の中だ、全く」
『でも、あなたにもいるんでしょう?死んで欲しい人』
「……まあな」
上手い方法だ。まるで商人のように死を売り物にするとは。
確かにそのやり方なら死神に頼むヤツも出てくるだろう。王子は思った。
死んで欲しい男の顔が頭に浮かぶ。
アークス。同じ母親の腹から生まれた次男、つまり俺の弟だ。
幼き頃から文武に優れ、教育係からの評価もこの上なく上々。
民衆からの人気も高く、『第二王子アークスこそ王様にふさわしい』との声もあると聞く。
奴には周囲の人間を惹きつける……カリスマがあるのだ。認めたくはないが。
ハッキリ言うと、邪魔なのだ。
父から受け継いだ古参の貴族派閥は私の味方だが……新興貴族を取り込み、着々と自分の派閥を広げる弟との人脈は……ほぼほぼ互角。
自分が王になる為には最大の敵だ。
「第ニ王子アークス。あいつに死んで欲しい。対価は何だ?」
『ヨホホ、必要ありませんよ。お相手の命を頂きますので、貴方から貰うものはありません』
「本当か?裏があるんじゃないか?相手の命を奪うだけで、デメリットのようなものは無いのか?」
『はい、何も……あ、大量殺人はズルですよ?誰かの死を願うなら一人だけです。あと、私に出来る事だけにして下さいね。死を与える事位しか出来ませんので』
なるほど。これを機に邪魔な貴族を一掃出来るとも考えたが……それは出来ないという事か。
『願って頂ければ、死んでもらいたいお相手は自然死という結末を迎えます。安全に、確実に、疑われる事無く王になれるのです。王になれなかった時はさぞ苦労されるのでは?』
「……それは」
死神の言う事は尤もだ。
王になれなかった王族の末路は悲惨の一言。
王都から離され、僻地へと送られ華やかな日々とは無縁の生活を強いられる。
それだけならまだしも、最悪、密かに刺客を向けられて後腐れなく──────むしろこっちのパターンが多い。
だったらと……王子は決断した。
「いいだろう。アークスを殺してくれ」
『ヨホホ。では、こちらにサインを下さい』
死神がローブの裾から出した羊皮紙に、王子は確かにサインした。
人間臭い所作に、思わず王子は苦笑する。
『確かに。では、明日の朝にはお相手は自然死されておりますのでご安心下さい』
それではと、死神は煙のように消えていった。
ふうっと思いがけぬ客を見送り、王子は安堵の溜息を吐いた。
これで、王位継承の問題が片付いた。今日から枕を高くして寝る事が出来る。
明日は弟の葬儀で忙しくなる──────フェリクス王子は水差しに手を伸ばして喉を潤し、そのまま寝室に入り横になった。
──────そして翌朝。
フェリクス王子の望み通り、第二王子アークスは自然死という形で亡くなった。
『ヨホホ。この度は王位継承、おめでとうございます』
「ああ、ありがとう。君のお陰だ」
死神は、次期王が確定した王子にパチパチと拍手する。
「まさか、自分にこんな幸運な形で王位を得るチャンスが巡って来るとは思わなかったよ」
『私も想定外です。まさか、私に誰かの死を願わずに目的を果たす人がいるなんて』
「いや~あの二人、お互いにいがみ合ってたからね」
王国第三王子、ノールズは死んだ二人の兄の事を想い起こす。
数週間前に王国で起きた大事件。
王位継承権を争う二人の王子が、揃って突然死するという奇妙なものだった。
暗殺が疑われたが、身体に傷も無く、毒物も検出されず……自然に亡くなったと判断せざるを得ない遺体に臣下は皆首を傾げるしかなかった。
そして、王位を継ぐ事が決定的となったのが……第三王子ノールズである。
「スペアのスペア。王都から離れて暮らす事が決定的だったんだけどね」
彼が死神に願ったのはこうだ。
兄二人の元でそれぞれ願いを聞いてくれ。
二人が同じ願いを死神に頼んだからこそ、こうして王座が転がり込んでくる結果となった訳だ。
『ヨホホ。なかなか面白いものを見させて頂きました』
椅子に座った死神は、用意された紅茶をすすり、にこやかに微笑んだ。
分かりにくかったかも……。もっと簡潔に書けるよう努力します(;^ω^)




