36.隠しごと。
――夜。
四人の冒険者達が、たき火を囲っていた。
「今日はどうしたのアレス?何だか浮かない顔をしてるけど」
「え、俺がか?……何か、変だったか?」
パーティの盗賊エイミーは、隊長である剣士アレスに声を掛けた。
その一言に、魔術師ステラや戦士ドミニクもウンウンと頷く。
「だってアレス、さっきから妙に辛気臭い顔で溜息ばっかりつくし」
「……さっきの魔物との戦闘も空振りが多かった」
「だな。いつもなら一撃でのしちまうのによ」
「お前ら……。はぁ、別に何でもないよ」
アレスは頭をポリポリと掻きながらそう言った。
「何でもないって……心配するよ、そんな顔してたら。何か悩みがあるなら相談してよ」
「いや、皆に話せる事じゃないんだ」
「……どっか体を痛めた?回復魔法かける?」
「どこも痛めてないよステラ。大丈夫」
「じゃあ何だ?金か?……あ、さては変な女にでもひっかかりやがったか?」
「馬鹿は黙ってて!!えーと、本当に大丈夫?これからいよいよ魔大陸に入るんだから……ふとした事が命取りになるかもしれないし。困っている事があるなら力になるよ?」
心配そうに声を掛けるエイミーに、アレスは狼狽えた。
「いや……それは……」
「どうなの?」
「もう過ぎてしまった事なんだ。悩みというか……そうだ、後悔だな。ああしてりゃ良かった。もっと自分に出来ることがあったんじゃないか……そんな類いの。だから、他に皆に隠してる事なんてないよ」
「ほんとに?」
「ああ、本当だ」
「……ふーん」
アレスは困ったように笑う。
彼がまだ何か隠している事は、仲間達には一目瞭然だった。
でも、これまで一度足りとも仲間の信頼を裏切った事がないアレスをこれ以上困らせようとする者は、誰一人いなかった。
盗賊エイミーも、魔術師ステラも、戦士ドミニクも。七年もの月日をアレスと共に戦ってきたのだ。隠しごとの一つや二つ、在ったとしても別に彼に寄せる信頼が失われる事なんて無い。
本当に困った時には、最後は自分達を頼ってくれるはず。皆、そう思っていた。
これからも背中を預けて戦う仲間なのだ。
「……分かったわ。じゃあこれ以上聞かない。でも、何かあったら私達は味方になるという事は覚えていてね。何を相手にしても、絶っっっ対助けになるからね!」
「ああ、ありがとう。いつも優しいな。エイミーは」
「え!?」
アレスの思わぬ言葉に、エイミーは顔を赤らめた。
「……単純。分かりやすい」
「あーー、俺ら、席外そうか?」
その様子をニヤニヤと伺っていた二人の肩をポカポカと叩きながら、エイミーは振り向いて言った。
「だって私達、仲間じゃない!」
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『だって私達、仲間じゃない!』
パソコンの画面に浮かんだテキストを眺め、プログラマーは溜息を吐いた。
頭部に付けたヘッドギアを外し、書類で散らかった机の上に置く。
日本でも有数のゲーム会社が開発に7年もの歳月を掛けたとされるVRMMO。
開発者である自分のチームが一からプログラミングし、開発したこの仮想ファンタジーアドベンチャーゲーム「EternalWorld」をテストプレイするのも、もう最後だ。
企画発表後、爆発的な注目と支持を集めた本作だったが、重要な機密情報や技術者が国外へ流出し、そのブランドを保つ事が敵わなかった。
お隣の大国が本社の技術を模倣。次々に自由度を増した新たなVRMMOを立ち上げると、次第にユーザーの注目はそちらへと傾いていったのだ。
市場を奪われたゲーム会社は資金集めが叶わず、ついに「EternalWorld」は日の目を浴びる事無く、開発途中で制作終了となった。
続くはずだった冒険は、今日を持って終わりを告げる。
「もうすぐ完成だったのに……すまなかったな、最後まで作ってやれなくて。今までありがとう。」
プログラマーはPC画面に映る仲間達にそう呟くと、電源のスイッチを切った。
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