第75話 英雄がえり②
三柱の神々が自分達の直属にあたる『真理英雄』等と行う“対話”には、幾つかのルールがあった。
ただそれは人の側にと言うよりは、最上位存在である神に対しての縛りである。
この世界の神たちは、どいつもこいつも根っからの娯楽好きだ。
スリルとエンターテイメントをこよなく愛し、常に新しい刺激を求め、退屈を何よりも嫌う。
そんな彼等は、それらをより楽しくする為、盛り上げる為に。
決まって自らに掟を課す。
〜対話のルール其の壱〜
己が所有する英雄以外とは、一部の例外を除き、対話、会話など、言葉を交わす行為を禁ずる。
ーー創造の神マトなら、『ルキナ』や『レオスナガル』や『ヘルロト』。
ーー知識の女神ミヨなら、『シスト』に『エイン』、『ローレイファ』他。
ーーそして生命の女神フィナなら、史上最強の格闘王ならぬ真理英雄『花村天』。
という風に。
三柱神たちは各々が『英雄所有権』を持つ真理英雄としか対話が許されていないーーというより、お互いがそれを容認しない。
まあ、ざっくり言えば「自分のツレと馴れ馴れしく話すな!」といった感じである。
ーーでは何故、先ほどからマトとミヨが、フィナ直属の英雄である天と少しの気兼ねもなく会話を楽しんでいるのか?
「フフフ、せめてもの情けじゃ。『超神界』におる間だけなら、儂のダーリンと好きなだけ戯れても構わんぞ、お前ら?」
「……よい、ミヨ。この似非女神、どうにかしてくれねいかい?」
「その高く伸びきった鼻を明かす術がないこの現状が、無念でなりません」
とどのつまり、どんな『決まり事』にも必ず抜け道が用意されているものである。
ーーそれがここ『超神界』。
三柱神が自ら定めたルールを唯一反故できる場所、適用されない場所。
互いが万が一の時に備え、前以て作っておいた逃げ口上。
つまりは『一部の例外』である。
「ほんに往生際の悪い奴らじゃ。ま、お前たちが今更どう足掻いたところで、『三柱会合』の場で決まったことは、絶対に覆りはせんがの? うぷぷ……ア〜ッハッハハ!」
こういった人型を管理統括する細かいルール設定は、例外なく『三柱会合』といわれる三柱全員で執り行う会議により決定される。
ーーと、大仰な言い回しをしてはみたが。
実際に彼等がやっていることといえば。昔、親の目を盗んで近所の裏山に秘密基地を作り、そこで夜遅くまで夢中になって友達と一緒に新しい遊びを試行錯誤した幼い頃の自分と、何ら変わらぬもの。
ただ違いがあるとすれば、それは皆で定めた約束事に対しての姿勢。
ーー自分達が考案した遊戯に対する、本気度と言ったところか。
仮に“英雄がえりの儀式”を終え、天がこの『超神界』から外へ出てしまうと。事実上、天とコンタクトが取れるのは彼の所有権を有するフィナだけとなる。
「おほほのほ〜〜、じゃ♪」
もちろん、その他にも神側がお抱えの英雄達に行使できる権利やメリットは多々ある……
「チッ、認めたくはねいが……直接会ってこうして話してみっと、どうしてもフィナの野郎が羨ましく思えちまうぜい」
「私やマトが次に天殿と対話できる機会があるとすれば、それは天殿が再び“英雄がえり”の条件を満たした際に他なりませんからね……」
ーーが、マトとミヨが天にこだわる一番の理由は、まさにそれなのだ。
「あきらめの悪いお前たちの為に、あえてもう一度言うがの? 花村天はこの儂……生命の一柱であるフィナの英雄じゃ!」
「そんなこたぁ、わざわざオメェに言われなくてもわーってらい!」
「無論です。たとえこの先、天殿と接触する機会が完全に失われようとも。我々自らが禁を破ることは断じて許されません」
しかし、だからといってルールを軽んじる者は誰一人としていない。当たり前だ。人の世を治める自分達がそれをしてしまったら、そもそも“自然界の摂理”というものが成り立たなくなってしまう。
不可侵、不文律。言うなれば、それが人々から絶大な信仰を集める彼等自身の“戒め”である。
「ーーなら、カイトやリナ達と会話するのは問題ないんですか?」
ごく自然に天がそういった疑問を口にすると、
「ん? そんなの駄目に決まっておるじゃろ」
「オイラたちが直接話しかけてんのは、あくまで天どんに対してだけだぜい」
「三柱である我々がその他大勢の人種と個人的に言葉を交わすことは、原則禁止されております」
こちらも、さも当然のようにぬけぬけとそう答えた。
「儂もミヨもマトも、ダーリン以外の者の名を一度も口にはしておらんじゃろ? セーフじゃよ、セーフ」
「カカカ、まあそういうこったぜい。そりゃ、はじめにオイラとミヨがオメェらに自己紹介なんかもしたがよ? アレを対話とは言わねいだろい?」
「私やマトやフィナが不特定多数に向けて一方的に話しかけることは、対話の禁止規定に抵触しません。従って、我々が皆さんの言葉に応答さえしなければ、何の問題もありません」
要は特定の個人と会話を成立させなければ禁止事項には触れない。学校や会社などの集会行事等で不仲な者や気まずい相手がその場に居合わせた時に、仲の良い者や中立的な立場の人間をそれとなく間に置き、その者との直接的な会話を避ける例の手法だ。
「ーーただ、もし万が一にも天殿以外の方が私たちと会話を成立させてしまった場合……誠に勝手ながら、天殿を除く全員のこの場での記憶を消去させてもらいます」
「「「「ーーッ‼︎」」」」
途端、カイトとアクリア、リナにシャロンヌの顔が、これでもかと強張る。
もともと神様の手前、萎縮して口数が少なくなっていた彼等だったが。
このミヨの警告とも取れる発言を最後に。カイト達四人は、各々の口チャックを端から端まで完全に閉めてしまった。
……多分、リナ辺りがかなりスレスレの線までいってたんだろうな……
「お察しの通りです」
天の思案に相槌を打つようにそのインテリメガネを鋭く光らせたのは、三柱切っての優等生ーー神界の風紀を預かりし、女神委員長であった。
「つい先刻……“争いの神”である『シナット』から、物言いが入りました」
神妙な面持ちでそれを切り出したのは、知識を司る一柱ーーミヨだ。
「ものいい?」
対して、天は怪訝な表情で訊き返した。
「はい。その内容はーーこのままでは賭けが成立しない、というものです」
「ま、言ってみれば儂ら三柱とダーリンへの苦情みたいなもんじゃよ」
それついて、ミヨのみならず生命の女神フィナからも補足が加えられ、
「ようは天どんが強すぎるんだよい」
最後に、創造の神であるマトが実に簡潔的にその理由を要約した。
そしてそんな身も蓋もない答えに対し、天の返答も実に露骨なものだった。
「そう言われてもな」
突き放した口調で、天はつぶやく。
背後にいる彼の仲間達ーーカイトやアクリア、リナやシャロンヌが少なからず動揺する中、天だけが一欠片も驚かず。
ただ当たり前の事実を聞かされたかの様に。
「天殿からすれば、言いがかりにもならない向こうの勝手な都合なのですが……」
「じゃがの? あやつの言わんとすることも分からんでもないんじゃよ、ダーリン」
「おおよ。今の天どんの力は、オイラたち神格の目から見ても格が違いすぎらぁ。そりゃ、シナットの野郎がヘソ曲げちまうのもしゃあねいぜい」
三柱神たちの反応を見るに。
敵側の主張を全て容認するわけではないが、相手方の懇願を無下に拒むことも難しい。
そんな有り様であった。
「我ら三柱の側に天殿がついていただき、敵軍との力関係は一気に逆転しました。ですが、その……力のバランスが逆転し過ぎてしまったと言いますか……」
「下手すりゃ今の天どんの戦力は、オイラたちやシナットとタメ張るぐれえ圧倒的だぜい」
「はい。どう転んでも人界の者たちでは太刀打ちできません」
「じゃの? つまるところ、人類と魔物との戦いに儂等のような神格が参戦しておるのと一緒じゃ」
「そうなると、もうこいつは『戦争』とは呼べねいよい」
「うむ。強いて言えば『かくれんぼ』や『鬼ごっこ』みたいなもんじゃな?」
「ええ。絶対強者である天殿に見つかったら負け、捕まったら終わり……良くも悪くも天殿のひとり舞台です」
「…………向こうの出した条件は?」
必死になって弁明を繰り返す三神たちの姿を見て、これ以上の議論は無駄、そう判断した天は、
「先ずはそれを教えてください」
余計な問答はせず、すぐさま本題に入った。
「カカカ、天どんは話が早えぜい」
「当然じゃ! なにせ、儂の自慢のダーリンじゃからの♪」
無駄に神々しい輝きを放ちながらフィナがふんぞり返る。その大きな胸をこれでもかと強調させて。
「シナットからの要求は二つです」
そんな中、同僚達が脱線させそうになった流れをまたたく間に修復し、天の呼吸に合わせて会話を継続させたのは。
言わずもがな出来る方の女神、ミヨである。
「まず一つ目は、天殿の『力量制限』です」
「…………」
天はあからさまに顔をしかめたが、ミヨは構わず話を進める。
「これより先、天殿がシナットの配下の者達と兵刃を交える折。天殿に許される力量段階の解放は、最大で三段階までとします」
「……二つ目は?」
愛想が一切合切削げ落ちた天のその態度から、納得とは程遠いといった心境が容易に見てとれる。
しかし話の途中でいちゃもんをつけても無益であることは、先刻承知済み。
釈然としないながらも、天はミヨの次の言葉を待った。
「ご清聴感謝します、天殿」
対するミヨは、思わず見惚れてしまうほど美しく洗練された仕草で天に一礼すると。
シナットが出した、もう一つの要求を口にしたーー
「シナットの懐刀である災厄の神獣ーー『白闇』の介入を許諾しろとのことです」
◇◇◇
「……あー、やっとこっから出られんのかよ……」
暗い地の底から、猛獣の唸りにも似た怨嗟の声が聞こえてくる。
「……つーか、シナット様も冗談キツイぜ……」
或る地底空洞の最奥部。
とてつもない広さと奥ゆきのある大きな穴が、地面にポッカリ空いていた。
穴の縁から下を覗き込んでも、底がまったく見えない。
唯一確認できるものといえば、どこまでも深い常闇の世界だけ。
ーーそこはまるで地獄へ続く入り口。
果てしない深淵の最下層ーー文字通り奈落の底に、その魔者はいた。
「……なんでこのオレ様が、こんな小汚ねえ独房に五年以上も入れられなきゃなんねーんだよ……」
穴の終着点にあったものは、見上げるほどの巨大な扉。
見るからに堅固な作りの鋼鉄の錠。
其れ等は、あたかも見た者すべてに警告を促すような、危険な雰囲気を漂わせていた。
まるでここに閉じ込めているナニかを、決して外へ出してはならない、と。
「くそが! どいつもこいつも騒ぎすぎなんだよ⁉︎ たかだか『エルフ』を一匹ぶっ殺したぐれーで!」
辺りの断崖絶壁から、小石がパラパラと落ちてくる。
大地を揺さぶる地鳴りのような憤激が、大空洞に轟いた。
…………ガチャッ。
かと思えば、扉に掛けられていた厳つい南京錠が、独りでに外れてしまった。
鉄扉の外には、誰もいない筈なのに……
「……まーいいか」
ギギギギィイという不気味な音と共に、牢獄の扉がゆっくりと開かれる。
中から出てきたのは、いかにも獰猛そうな面構えーー白虎の顔を持つ、ひとりの獣人の男だった。
「あのクソ野郎を八つ裂きにできたおかげで。こんなカビ臭え最悪な寝床でも、毎日の夢見だけはすこぶる良好だったからな?」
途端、男は口の端をこれでもかと吊り上げ、醜悪な笑みを浮かべる。その悪意に満ちた表情は、反省とは対極に位置するもの。
「仕方ねーんだって。ムカつく奴はとりあえずぶっ殺しとかねーと、ガキの頃から気分よく寝れねえ性分なんだよ、オレ様」
触れれば切れそうなほどに鋭く研ぎ澄まされたアメジストの瞳が、ギラリと光る。
威厳のある長髭のような白銀の鬣。一目見ただけで所有者の凶悪性を知らしめる牙と爪。悪魔の武器にも似た三又の尻尾。
この暗黒の世界において、尚も男の威光は少しの衰えも感じさせない。
その姿は、さながら夜空の星座に名を連ねる神話の登場人物。
「で? この白闇様が次に八つ裂きにする予定の野郎ってーのは、一体どこのどいつよ?」
災いを呼ぶ白き仙獣ーー男の名は『白闇』。
かつて世界中の真理英雄を片っ端からその手にかけ。そのあまりの強さと残虐性から、終には三柱のみならず、自らの主人であるシナットにも公平を欠くという理由から戦線を離脱させられた、正真正銘の怪物である。
「さーて、久々に食い散らかしてやるか」
そして、現在この世界に存在する二人の“伝説超越種”ーー『格闘王』花村天、『大戦鬼』花村戦に並ぶ、脅威判定Sランク超えの超越者であった。




