第24話 土地交渉と人材スカウト
「い、1億円ですと!!」
町長は俺が提示した採掘現場の土地の購入価格を聞き、驚いて身を乗り出す様にその場で立ち上がった。
「い、1億って本気…いぐ!」
懲りずにまた、条件反射で発言をしようとした狐娘の口をリナが無表情で塞ぐ。
リナはいい加減にしろと言わんばかりに口を塞いでいる手には力が込めらていて、塞いでいると言うよりは、狐娘のほっぺたにアームロックをかけてるみたいになっている。
…狐娘、タコみたいな顔になってんな…。
「「………」」
カイトとアクリアは1億という金額に少し驚いた様だが、俺の意見に口を挟む気は無いらしく、その場で黙って見守っている。
「あんな捨て地を、1億円で売るなどありえませんぞ…」
「では、あの採掘現場がある鉱山ごと1億で買い取れないでしょうか?」
この鉱山町の採掘現場は1〜5番に分けられているのだが、1番だけは町から少し離れた場所にあり、2〜4番の採掘現場とは鉱山が別なのである。
2〜4番の採掘現場は、鉱山に町が出来る時に採掘し始めた比較的に新しい鉱山で、1番の採掘現場がある鉱山は町が出来る以前から採掘作業を行っていた旧鉱山なのである。
これは推測だが、恐らくマウントバイパーがいた場所は、100年以上前に使われていた廃鉱になった採掘現場だと思われる。
それが今回の採掘作業中に1番の採掘現場と繋がってしまい、更に運が悪く採掘機器の小規模の爆撃でマウントバイパーを刺激してしまい、怒らせてしまった事が事件の原因になった可能性が高い。
…だから、どっちにしろあの事件は遅かれ早かれ起こっていたと思うし、逆に考えれば俺がこの付近にいるうちに起きてくれて運が良かったのかもしれんな…。
「そ、それでも1億は貰い過ぎですぞ…。それにあの鉱山は、もう殆ど価値はないも同然で…」
町長は力なく両手を広げながら、あんな山を大金で売りには出せないと説明している。
旧鉱山は鉄鉱石を殆ど取り尽くしている為、言うなれば鉱山の中はスカスカで、鉱夫にとっては需要価値が殆ど無いのである。
…鉄鉱石を殆ど取り尽くした鉱山は、鉱夫達にとっては価値が無いかもしれんが、俺達が欲しいのはあくまで採掘現場の土地だ。それに、鉄鉱石を取り尽くす程、採掘してくれたおかげで、あんなに広い採掘現場になったんだから、俺達にとっては逆に有難い…。
「町長」
「は、はい!」
「俺の言い値で、あそこを売ってくれると言ったのは町長ですよ?」
俺は町長にそう言いながら、先ほどの女店主の時にもやった様にカイトとアクリアを見て、二人に目で合図を送る。
「はい。確かに町長さんは、そうおっしゃっておりました」
「町長さん、兄さん本人が、1億で買いたいと言っているんだから、ここはその好意に甘えてもいいんじゃないですか?」
二人はそれをすぐに察し、俺の援護に回る。
…やっぱ、この二人はできる…。
「ううう…」
町長は迷っている様子だ。
…もう一押しか?…。
「じゃあ、俺が1億であの鉱山を買う代わりと言っては何ですが、町長にもう一つ頼みたい事があります…」
「な、なんですかな?」
「これから設立する支部に配属される冒険士達に、この町の共同浴場と食堂のフリーパスの権利を頂けませんか?」
俺の最後の頼み事を聞いた途端、町長はほうけた顔になり、そしてすぐに優しい微笑みを浮かべた後、目を閉じて一つ頷き、俺に答えた。
「わかりましたぞ。ではそれでお願いします」
…交渉成立だな…。
「カイト!悪いがすぐにドバイザーから1億出してくれ」
「了解だ兄さん」
カイトは爽やかなスマイルで俺に返事をして、素早く自分のドバイザーから1億円を取り出した。
その後、俺は町長と土地の権利を移す儀式を行い、あの鉱山を正式に手に入れた。
余談だがこの世界は、土地の売買をする時も書類などは一切必要なく、双方の同意を取り、後は儀式だけで土地の権利を移せるのだ。
こうして、無事に冒険士協会支部設立の許可と建物を建設する土地の交渉を成立させ、俺達は町長の家を後にした。
「リナ!さっきかなり痛かったし」
狐娘が自分の頬を撫でながらリナに文句を言う。
「…シロナが全然、懲りてなかったからなのです。自業自得なのです」
…確かにアレは自業自得だ…。
「て、天兄さん!」
リナが急に後ろから先頭を歩いていた俺の前に回り込んで、俺に向かって頭を下げた。
「さっきから色々とすみませんでしたのです!」
「…いや、別に気にしなくてもいいぞ?どちらと言えば、あんたと狐娘の反応の方が普通だ」
…カイトとアクリアさんは話しがわかり過ぎてるからな…。
「で、でも正直あたしは、天兄さんが何も考えずにその場の気持ちや勢いだけで物事を考えていると思っていたのです…」
リナは申し訳なさそうに俯きながら話し出した。
「そういう時もあるにはあるがな。今回の様な大事な時には、色々と計算して動く様にしているつもりだ」
「…はいなのです。さっき買い取った採掘機器にも、ちゃんとに使い道がありましたのです…」
「え?そうだったの?」
その場のシリアスな空気を台無しにする様な狐娘の発言に、狐娘以外の俺を含む四人は彼女の方を向き冷たい視線を送る。
「…アホ狐はとりあえず放っておくとして…。天兄さん!本当にすみませんでしたのです!」
リナは更にもう一度、俺に頭を下げて謝る。
「リ、リナ!アホ狐って…む、むぐっ」
空気を全く読めない狐娘を、今度は近くにいたカイトとアクリアが溜め息交じりで狐娘の口を塞いで、リナと俺の会話の邪魔にならない様に取り押さえた。
「だから気にしなくていい。どちらかと言えばカイトとアクリアさんの方が、話しが通じ過ぎなぐらいだ」
俺は冗談交じりにリナに言葉をかける
。
「そ、それは確かに言えてるのです…」
俺の言葉を聞き、リナの表情が少し明るくなる。
「あ、そう言えば聞きたい事があったんだが?」
「なんですか?」
「あの動力車はチームの所有物なのか?」
…麓の町の冒険士支部から借りてきているなら、カイト達は早く返さんといけないからな?余り時間を取らせるのも迷惑をかける…。
そんな事が少し気になって、なんてことない疑問をリナに投げかけたら、途端に彼女の目の色が変わった。
「て、天兄さんもあの動力車のフォルムが気になるのですか!!」
「い、いや別に動力車自体に興味は…」
「あの動力車は少し古いモデルなのですが、あたしはかなり気に入っていて特に…」
リナは俺の反応を無視して、ひたすら動力車について熱弁している。
俺は少し後ずさり、後方にいたカイトに今の状況の説明を求めた。
「カ、カイト…。まさかリナさんって…」
「ああ、かなりの動力車マニアだ…。というより魔石動力機器マニアか…中でも動力車は特に凄くて整備や管理もリナが行なっているんだ」
…メカオタクのカーマニアって事ね…。
「あの動力車もリナさんにどうしてもと頼みこまれたので、チームでかなり無理をして購入しました」
「おかげで、今このチームはカツカツなんだよ…」
カイトは少し落ち込みながら力なく告げた。
「むぐっ…むぐ、む」
二人は動力車購入のチーム事情を俺に説明している最中にもかかわらず、狐娘の取り押さえは完璧におこなっている。
…いい事を思いついたぞ…。
ある事をひらめいた俺は、動力車の事を熱弁しているリナの所に戻る。
「天兄さん!ちゃんとに聞いてるのですか!!」
「勿論だリナさん。ところで聞きたい事があるんだが、あの動力車はリナさんが整備してるのか?」
「はいなのです!!あたしが殆どやっているのです!!」
リナは得意げに俺の質問に答える。
…今、カイトに聞いたからその事は知ってるんだが、こういう時は相手の流れに乗って話した方がいいからな…。
「凄いなリナさんは…だがあれほどの魔石動力車を整備する場所や設備がこの近くにあるのか?」
俺がそう聞くと、リナは途端に暗い表情を浮かべた。
「うっ…。実はそれが最近のあたしの一番の悩みなのです…」
「というと?」
「動力車をチームで買ったはいいのですが、駐車場代やらメンテナンスやらで維持費もばかにならなくて…」
…ビンゴだ…。
魔石動力の車はこの世界では一般人では手が出せないほどの高級品である。
そんな高級車を持てば、整備や駐車場など色々と維持費がかかるのは容易に想像が出来る。
たとえカイト達が準上級者の冒険士のチームでも、その維持費は決して安いものではない。
…さっきカイトもカツカツとか言ってたしな…。
「知り合いに動力車ショップ関係の仕事をしてる者がいるのですが、その人に口を聞いて貰って、空いてる日にショップ専用のメンテナンスルームを貸して貰うのにも限界があるのです…」
「…リナさん、実は俺は機械関係に疎くてな、腕っ節には自信があるが機械にはてんで弱い」
「天兄さん?急に何を言って…」
「あ〜、何処かに優秀なメカニックはいないもんかな?今度、俺達が設立する支部には絶対にそういう人材が必要なんだが…」
「!!」
リナは俺が言いたい事を察した様で、真剣な表情を浮かべる。
「リナさん」
「は、はいなのです!」
俺が名前を呼ぶと、リナはその場で気をつけして返事をした。
「人には適材適所という物がある…」
…まあリナさんは亜人だが…。
「俺は戦闘が得意だからモンスター討伐や裏事情が絡んだ危ない役回りを主にするつもりだ」
「「………」」
気づけば後ろにいたカイト達も俺の話しに聞き入っている。
「だがな、それだけじゃ支部や部署の仕事は回らないし回せない」
「はいなのです…」
リナは俺の目を真剣に見つめる。
「それに今度、設立する支部の建物を建設する場所は交通の便が非常に悪いからな?支部の職員専用の動力車が何台か必要になるだろう」
そしてその目が光り輝いた。
「ど、動力車をな、何台も!!」
「リナさんも彼処に行ったからわかると思うが、あの場所に支部を建てるとなると交通手段としては動力車が最適だと思わないか?」
「思うのです!!間違いなく絶対なのです!!」
…めっちゃ肯定してるな…。
「ちなみにあの動力車はいくらしたんだ?」
「769万5000円なのです!」
リナが俺の質問に即座に答える。
「アレよりも更に大勢乗れる動力車だといくらぐらいする?」
「帝国製の一番良いのだと8人乗りで1300万はするのです!ラント王国製なら10人乗りで同じぐらいの価格なのです!!」
…よ、よくわからんがとにかく1000万以上するのか…。
「それなら、もし新支部のメカニックが見つかったら、その人に1500万ぐらい渡して購入してきて貰うかな…」
「せ、1500万の動力車!!」
リナはヨダレを垂らしながら興奮している。
「更に…」
「まだ何かあるのですか!!」
…この魚、食いつきが半端じゃねぇ…。
「きっとその購入した動力車の駐車場と整備する場所が必要になるからな?最初は1台でも、さっきも言ったが職員が増えれば2台、3台と動力車が必要になる…」
「…ゴク」
リナが生唾を飲み込む。
「あそこは無駄に広いからな?100坪ぐらいの広さのガレージでも建てるか…」
「ひゃ、100坪のガレージ!!」
「いっそ、ガレージをどういう作りにするかも新支部のメカニック担当の人に決めて貰うかな?ついでに担当になった人には動力車とガレージを自由に使っていい権利とその管理をお願いしようかな…」
リナはプルプルしながら下を向いてる。
そんなリナを見て、俺は答えのわかりきった頼み事を口にする。
「どうだろうリナさん、新支部のメカニック担当になって貰えんだろうか?」
その俺の頼み事を聞いた途端、リナはその場で土下座して叫んだ。
「不束者なのですが、よろしくお願いしますのです!!!」
…今日、二人目の土下座だよ…。
「あ、うん、こちらこそよろしく頼むぞリナさん。後、もう顔上げてくんない?」
リナはゆっくりと立ち上り、両手を天高く挙げてガッツポーズをした。
…どんだけ喜んでんだよこの子…。
「さて、後一人か…」
俺は小躍りしているリナを放置して、後ろを向き、今日、一人目に土下座した人物に視線を送る。
「二人とも、その狐を離してやってくれ…」
俺の言葉とほぼ同時にカイトとアクリアは狐娘を解放した。
「見た通りだ狐娘、後はお前だけだがどうする?勿論すぐに決めなくていいが、俺は待たすのも待たされるのも好きじゃないんだ」
「………ついていくし…」
狐娘は小声で何かを言っている。
「こうなったら、何処までも天の兄貴についていくし!!」
狐娘は開き直りながら俺の質問に答えた。
「それは有難いな。皆、どうかこれからよろしく頼む」
俺は先ほどシストに宣言した通り、新支部の職員になる四人の冒険士のスカウトに成功した。




