第101話 新生零支部②
ここ数日のあいだ。
零支部のキツネ担当ことーーシロナのテンションはすこぶる高かった。
「いや〜、マジ感激だし!」
だがそれも仕方がないのかもしれない。
「まさかあの『常夜の女帝』の傘下に入れるなんて、超夢みたいッスよ!」
何故ならばその人物は、シロナの中で『いつか一緒に仕事ができたら是非お近づきになりたいランキングトップスリー』に名を連ねるほどの、超絶スターなのだから。
「小娘。もういい加減何度目の訂正になるか分かりませんが、よく聞きなさい」
見るからに不機嫌なオーラを全身から発散させ。
その超大物冒険士ーーシャロンヌは、シロナにズイッと迫った。
「私は、あくまでもマスターのいち従者にすぎません。即ち、私の方が、我が主である花村天様の傘下に加えさせてもらったのです。そこのところを、いい加減に理解ーー」
「でも! 僕が個人的にシャロンヌさんの下に入るのは問題ないッスよね? ねっ!」
「……」
有頂天とは今のシロナのことを言うのだろう。
だがそれも仕方がないことなのだ。
何しろこの獣娘は、シャロンヌが零支部に加わったと知るやいなや、連絡先を知っている知人友人に片っ端からドバイザーを掛けて、その事を自慢して回ったのだから。
ちなみに、シロナから連絡を受けたほぼ全員がーー「どうせいつもの作り話だろ?」「つくならもっとマシな嘘つけよ」等ーー彼女の報告をまるで信じちゃいないのだが。それはここだけの話である。
「シャロンヌさん……一生のお願いッス!」
いきなりその場に跪くと、シロナは限りなく土下座に近い姿勢で言った。
「僕をシャロンヌさんの妹分にしてくださいっ! これ、このとおりだし‼︎」
「………………好きにしなさい」
何かを諦めたようにシャロンヌがそう答えると、
「ヒャッホーーッ‼︎」
シロナは飛び跳ねるような勢いで立ち上がって。両手を上げてはしゃぎ回る。
一方のシャロンヌは、もはや処置なしといった顔つきで、盛大なため息をつく。
「……ただし、もう二度とマスターを私よりも低く扱うような発言はおやめなさい。いいですね?」
「やっべぇー! マジであの『常夜の女帝』の妹分になれちゃったし⁉︎」
既に何も聞こえちゃいなかった。
「うっしゃー! やっと僕にも運が向いてきたしっ‼︎」
「……むしろあなたは、運だけで今の地位にいるような印象が非常に強いのですが……」
シャロンヌは、頭痛を堪えるように人差し指でこめかみを押さえていた。
「しゃあっ、これで今日の鬼畜スケジュールもバッチリだし! どっからでもかかってこいやぁああああああああ!」
この直後に。
シロナは腐れ縁のチームメイトからーー「朝っぱらからうるせえの!」とーー下から掬いあげるような鋭いボディーブローをお見舞いされる。
「ぐ、グフ……さ、最近……昔よりも容赦ない気がするし……」
それから彼女が悶絶から回復するまで。
テンカウントでは足りなかった、とだけここに記しておこう。
◇◇◇
それは昨晩のことである。
「そうだな……」
天は少しだけ思案するポーズを見せてから、こう告げた。
「そういや前に、この国には“とても素敵な場所”がいくつかあるって言ってたよな? 其処を適当に回るなんてのはどうだ。明日は天気も良さそうだし、狩りをするには悪くない日和だ」
ーーー以上が。
零支部・特異課の面々が天から言い渡された、本日のオーダーである。
そんな訳で。
今日は朝から、『タルティカ王国』に出張中の天とリナを除いた零支部の面子ーーシャロンヌ、カイト、アクリア、そして「Sランク冒険士のシャロンヌが一緒ならば」と嬉々として参加表明をしたシロナの四人ーーで楽しい楽しい『ランド王国』裏名所めぐり殲滅ツアーを実施している。
「確か『ランド王国』は、世界でもトップテンに入るほど、国際機関で定められた危険指定区域の多い国でしたね」
「どちらかと言えばワーストテンでございますね……」
「ハハ、自国民としては耳の痛い話だね、まったく」
それは触れ合う相手がモンスターだけという、実に奇抜な日帰り旅行ではあったが。
「まず『サルクス霊園』からスタートしてーー最後に『アルカの塔』と回れば。効率よく各所に足を運べるかな」
「ここから一番近い狩場は、確か『アルカの塔』であったと記憶していますが?」
「あの場所は日中ですと、王国の考古学者グループと鉢合わせになる可能性がございます」
「まあ、彼等が塔の中まで調査するのは年に五、六回程度という話ですけどね。万が一ダブルブッキングしたら、誤魔化すのが面倒そうだ」
「理解しました。では、事前にそれぞれの役割分担を決めておきましょう。といっても、ここにいる全員がいちいち戦闘に参加する必要もないと思いますが」
「各エリアごとにメイン二人とサブ二人にチームを分けては? それなら、最終的に獲得する“pt”も、そこまで偏らないはず」
「でしたら、最初の目的地の『サルクス霊園』は、私とカイトが前線を担当いたします」
ハイクラスの冒険士が四人中三人ということもあってか、道中は特に危なげもなく、旅はこの上なく順調に進んだ。
「さて。今日一日で一体どれほどこの国を住みよくできるでしょうか。腕が鳴りますね」
「残念ながら、『スルガンの古跡』と『旧ナスル村跡地』は除外せざるを得ませんが」
「あそこは常に王国の騎士団が警備しているからね。だけどその二つ以外なら、この調子でいけばゆとりを持ってお片づけして回れそうだ」
そんなこんなでーー
陽が沈む前には。
一行は今回の旅行の終着点となる……この『アルカの塔』へと辿り着いていた。
「ガルッ」「ガゥアー!」「グルガァッ‼︎」
「しっ」
刹那。
シャロンヌの無音の刃が宙に放物線を描く。
放たれた疾風のごとき斬撃は、問答無用に賊を一刀両断していく。
一切躊躇のない攻撃が続いたのは十数秒ほど。
その末路は決まっていた。
愚かにも女帝に牙を剥いた『ヘルハウンド』たちは、ことごとく首を舞い散らせ、地に伏す。そのかたわらで……
「まったく歯応えがありませんね。これでは練気の稽古台にもならない」
彼女はいつものように悠然とそこに立っていた。
「さて。三階のフロアはこれで全てでしょうか」
「ーーお疲れさまッス、シャロンヌの姐さ〜ん!」
飢えた狼の群れをシャロンヌが殲滅した直後、彼女の臨時のバディ役ーー白狐獣人のシロナが、分かりやすい猫撫で声を出しながら笑顔で駆け寄って来た。
「ほんとマジ凄いし! あんな剣技見たことないしぃっ。今の何て“スキル”っスか⁉︎」
「あの程度で騒ぎすぎだとしりなさい」
シャロンヌは、うんざりした口調で言う。
「まず第一に、あのレベルの相手にスキルなど使うわけがないでしょう。アレは単に小太刀で斬りつけていただけーー」
「マジーッ⁉︎ 今の超必がただの攻撃とか、どんだけだし! やっぱSランク冒険士は格が違いますね、姐さん♪」
「……」
毎度戦闘には参加せず、揉み手スマイルがすっかり板についたバディの狐娘を見て。シャロンヌは思った。
ーーコイツはいったい何をしに来たんだろう。
と。
「聞いてくださいよ、シャロンヌの姐さん!」
途方もない温度差など物ともせず、シロナは上機嫌な様子でシャロンヌに声を掛ける。
「僕、今日だけで3レベルも上がっちゃったんスよ。3レベルも!」
「そうですか」
と、こちらはひたすらに気のない返事をして。
シャロンヌは仕留めた『ヘルハウンド』などなどをドバイザーに入れていく。
ちなみに、シロナもこの作業はシャロンヌと一緒に行う。というか、ぶっちゃけコレしかやらない。
「……このような者が『レンジャー』の資格保有者などど、まったく世も末ですね……」
「ん? なんか言いました、姐さん?」
「いえ、別に何も」
シャロンヌは素っ気なく背中を向けると、また黙々と自分が倒したモンスターの収納作業を繰り返す。
彼女の周囲には、既に息絶えた魔物が死屍累々と転がっていた。
◇
《アルカの塔・三階層》攻略完了後。
・Cランクモンスター1体。
・Dランクモンスター17体。
・Eランク以下のモンスター32体。
以上、計50体。
本日シャロンヌが個人でハントしたモンスターだ。
ーー自分は確実に進化している。
シャロンヌは、その事を今日の狩りの中で実感していた。
現にこの『アルカの塔』での戦闘でも、魔技、スキル共にいまだ一度も使用してはいない。
それどころか、毎回息ひとつ乱さず、汗ひとつかかずに敵を殲滅している。はずなのだが……
「何故だかとても疲れた気分です……」
両肩を落として。
シャロンヌは深々と嘆息した。その美しい顔には諦めの文字が浮かんでいる。
「ウシシシ、大漁大漁〜♪」
シャロンヌの視線の先にはーー白いキツネ耳とキツネ尻尾をゆらゆらと揺めかせ、シャロンヌが倒したモンスターを鼻歌交じりに物色する、獣娘の姿が。
「こんなモンスターのアジトみたいなとこでも、シャロンヌの姐さんさえいれば怖いものなしだし!」
四人の中でダントツの戦力を誇るシャロンヌが、メンバー最弱のシロナと組まされるのはある意味必然だった。シャロンヌ自身そこは理解している。
ーーしかし、だからといってコレはどうなのだ。
ひとたび戦闘が始まればシャロンヌに全て丸投げ。戦闘中はドバイザーから武器も出さず、一応の参戦ポーズすら取らない。そして戦いが終われば、すぐさま戻ってきて戦利品の仕分けに取り掛かる。その様は、まさに火事場泥棒のソレだ。
ーー全くもって似つかわしくない。
シャロンヌがシロナから受けた第一印象はそれだった。なまじ他のメンバーが出来すぎるので、余計にそう思った。
そして、その予想はとことん期待を裏切らず、その思いは日増しに強くなるばかり。
……こういった手合いには慣れていたつもりでしたが、同じチームともなるとやはり勝手が違いますね……
だからといってどうする事もできない。
ここで仮にシロナを零支部から追い出そうとすれば、天から怒りを買うのは間違いなく自分の方だ。
『嫌いなら嫌いで、苦手なら苦手のままで構わん。同じ職場だからといって無理に仲良くする必要はない。ただこれだけは覚えておいてくれーー』
自分の理想や価値観を強制するのだけはやめろーー
初日にシロナのことをゴミを見るように眺めていたら、天にそう釘を刺されてしまった。
天はシロナを戦力としてはカウントしてないが、仲間としてはカウントしている。
他のメンバーからも、なんだかんだで愛されている。その冒険士は、零支部でそういう立ち位置にあった。
ここ数日で、それが嫌でも分かってしまった……
『はっきり言って、あのキツネはダメな冒険士の見本市みたいなヤツなのです。でも、あんなのでも一応昔からの腐れ縁というか……』
『シロナは誰にでも気兼ねなく接するタイプだから、兄さんにとっては貴重なんですよ。もちろん、俺達にとってもね』
『あ、ああ見えてとてもひた向きな一面もございますよ? ついこの間も、偽ブランドの化粧品を摑まされたあげくその帰りにまた詐欺にあわれたそうですが、最後には執念で全額取り戻したとおっしゃってました』
……何にせよ、どんな場所にもそれぞれの絆があるということだ。
ーーならば、新参者の自分がそこに土足で踏み込むような真似は控えるべきであろう。
それに見方を変えれば、今のこの状況は、普段の自分達と天との関係図に酷似している。少なくとも、今のところ天に負んぶに抱っこ状態を脱却できずにいる自分は、彼女を責める資格はない。シャロンヌは素直にそう思った。
まあシャロンヌやカイト達の場合は、シロナと違って、そのポジションを望んでいるわけでも、自ら甘んじているわけでもないのだが。
「行動に結果が伴わなければ、結局は同じことです……」
シャロンヌは思考を中断し、目の前の現状に意識を戻した。
気づけば、いつの間にか辺り一面に転がっていたモンスターの亡骸は、そのほとんどが消えていた。
「姐さん! モンスターのランクと死骸の状態ごとの区分け作業、終わりましたッス!」
そこには、シャロンヌに笑顔で敬礼するシロナの姿があった。
「……まぁ、これも役割といえば役割ですか」
シャロンヌは最後に首なしの『ヘルハウンド』を回収すると、そのまま銀色のドバイザーを胸元に入れる。
ついでながら、シャロンヌのドバイザーは色こそシルバーだが、つい最近“ゴールドランク”に進化を遂げた。
というのも、天がシャロンヌを正式に零支部のメンバーとして迎え入れた初日にーー
『お前、契約金だと絶対に受け取らないだろ?』
ーーと言って。
契約金二千五百万円の代わりに、なかば強引に『オークキング』の魔石をシャロンヌに渡したーー押し付けたともいうーー結果、めでたく彼女のドバイザーがランクアップを果たしたという訳だ。
……そういう部分も含めて、私もこの娘とさして変わらない……
尚、これもついでになるが、今シャロンヌが着ているメイド服は襟なしで胸元が比較的開放感のあるタイプのものである。さらに言えば、それらはシャロンヌが自分自身でそういう風に改造した。サリカから分捕ったメイド服は「どれもこれも胸がきつい」という理由で。
「……まず第一に、今の私は誰かに何かを期待する立場にありませんしね」
つぶやいて。
小太刀についた魔物の血油を拭い。
彼女は他者ではなく、自らの役割を思い出す。
それは今朝出発する前に、シャロンヌが天と交わした言葉だ……
「マスター。お願いがございます」
「却下」
「ど……どうしてもお供させていただけませんか?」
「そもそも必要がない。要人警護なんざ俺一人いれば十分だ」
「そ、それでは何故リナは同行を許されたのですか⁉︎」
「アイツは動力車の運転手も兼ねてこっちに同伴するんだ」
「運転手……」
「さすがに真っ昼間から動力車担いで市街地を走り回る訳にもいかんしな。それに、もしデモンストレーションをやるなら、配役はリナがうってつけだ」
「デモンストレーション、でございますか?」
「ーー天兄〜! もうそろそろ出発するの〜〜!」
「ああ悪い、今行く! ーーとにかく、今日一日そっちは任せるからな、シャロ」
「! かしこまりました! マイマスター‼︎」
早朝六時から得も言われぬ敗北感を味わいはしたものの。
親愛なる主の命により留守を預かった以上、天に代わってチームの皆を守護する。それが自分の役割であり、使命である。
ーー他人に何かを望むより、まずは天の信頼に応える。
それこそが、今のシャロンヌにとって何よりも重要なことなのだ。
「ウシシシ、こんな楽に経験値稼ぎができるなんて、今日はついてきてマジ正解だったし♪」
「…………」
そう、たとえそれがどんなにやる気を削がれるようなお勤めであったとしても……
「このまま残りの階層も手早く済ませます。遅れずについてきなさい」
この女王の風格を漂わせる気高きスーパーメイドが、自らの役割を放棄する理由にはならない。




