第92話 付き従う者たち
「ほんと参っちゃうよ」
彼は盛大にため息をついた。
「いきなりだよ、いきなり。信じられる? 人がせっかく木の上で気持ちよく寝てたのにさっ。寝返り打って次に目を開けたら目先に白骨死体とかあり得ないでしょ! あと数センチ近かったらどこの誰かもわからない骸骨と寝起きのキスするとこだったんだよ、僕⁉︎」
彼は盛大に不満を並び立てる。
「普通こういうのって事前に連絡しとくもんだよね。キミたちもそう思わない? それをアイツときたら、人が寝てる隙に何の説明も無く、いきなりこんな薄気味悪い森へ飛ばしやがって……」
彼は盛大にーー
「ほんとさ、雇主じゃなきゃブッ殺してるとこだよ」
殺気を放った。
「ねぇキミたち、僕の話ちゃんと聞いてるの?」
「「「「…………」」」」
誰も声を出さなかった。
否、誰一人として声が出せなかった。
魑魅魍魎の長たる四人の魔人は完全に呑まれていたーーたかが一人の“人間種”ごときに。
「安心しなって、別に僕の方からは取って食ったりしないからさ」
彼――“大戦鬼”花村戦を見初めたその瞬間から、最強の魔人と恐れられる邪神軍の大幹部達は、まるで金縛りにでもあったかのように身じろぎ一つ出来なくなってしまった。
「ま、キミたちがどうしても僕と遊びたいっていうなら、相手してあげてもいいけどね。キャハハハハハハハ♪」
再び魔城に底知れぬ哄笑が響き渡る。
『花村戦の行動の妨さまたげにならぬよう肝に銘じよ』
この時、彼等は一瞬で理解した。
シナットのあのメッセージは、命令ではなく忠告なのだと。
「……貴殿の」
この場合、強さというよりも単純に席の位置が有利だったのだろう。
「その手にあるものは、いったい……」
部屋の入り口に立っている戦から一番遠い場所に座っていた鎧姿の男が、最初に恐怖の支配から抜け出し口を開いた。
「ん? あぁ、コレ?」
訊ねられて、戦は右手にぶら下げでいたソレらを持ち上げて見せる。
土産でも見せるような気安いノリで掲げられたソレらは、細い糸のようなものが無数に絡み付いた丸い物体。数は三つ。
「ま、まさかそれって……!」
ギョッとしたように大きく目を見開いたのは、黒マントの少年。見ようによっては「これお土産のスイカ」的なポーズを取り、人の悪い笑みを浮かべる戦を見て。少年はゴクリと息を呑む。
「次からはもうちょっとマシな連中を身辺警護に回した方がいいよ」
そう言って。
戦は右手に待っていたソレらを、四人の視線が交わるテーブルの中心に放り投げた。
ガンッ、ゴッ、と鈍い音を立ててテーブルが揺れ。
真紅のテーブルクロスに赤黒い染みが広がっていく。
「これは……」
細身の男が、ややぎこちない所作で眼鏡を持ち上げた。
「むぅ」
その隣では、鎧姿の男が低く唸るように喉を震わせる。
「……そういうことでしたか。どうりで今日は集まりが悪いわけですね」
何かに納得するように嘆息をこぼしたのは、この場の仕切り役である黒衣の女だ。
「うわぁ〜、やっぱあいつらじゃん」
テーブル上に転がるソレらをまじまじと見て、黒マントの少年は言った。
「これ、どう見ても『10』『11』『12』の爺婆トリオだよね……」
戦がテーブルに投げ入れたものーーそれはまだ死後まもない状態の、三つの生首であった。
◇◇◇
「………………………………はい?」
たっぷりと間を空けてから、めっぽう間の抜けた声で――天は思わず訊き返してしまった。
「『マイマスター』って……?」
「ハッ!」
その返事の質は、疑いようもなく己が仕える将に向けてのもの。
大陸全土にその名を馳せ、全ての冒険士の頂点に君臨する六人の内の一人。
『常夜の女帝』の二つ名で知られるSランク冒険士シャロンヌはーー
「不肖このシャロンヌ、たった今より我が全てを御身に捧げ、これより先の人生をマイマスター花村天様の為に生きるとーーここに誓わせていただきます!」
天の前に跪き、深々と頭を垂れたままそう答えた。
……え、何この状況……?
それは何ともシュールな絵面だった。
先ず、一方はがっしりした体格をしてはいるがそれ以外はさして特徴のない素朴な青年。もう一方は彫刻のような完璧なプロポーションと女神のような美貌を併せ持つ絶世の美女。
一方はその地味な顔をこれでもかと呆けさせて仰天している。もう一方はその美しい顔をどこまでも凛とさせて深く落ち着いていた。
一方は彼女を自分の同僚として誘った。もう一方は彼を自分の主人として受け入れた。
そしてごく単純な共通点としてーー花村天とシャロンヌ、この二人はこれから冒険士協会《零支部・特異課》のメンバーとして同じ釜の飯を食う間柄になる、ということである。
シャロンヌはおもむろに立ち上がった。
「お気になさらないでください。これが私の素です」
にこやかに微笑みながらそう告げた彼女へ、
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや」
激しく手を横に振りながら、天は全力で否定のポーズをとる。
「……聞いてくれ、シャロンヌ殿」
「マスター。私のことはどうか『シャロンヌ』とお呼びください」
「……ここに来る途中も言ったことだが、俺は別に、貴女の為にエレーゼ殿を助けたわけじゃない。この集落の人たちの『奴隷の首輪』を外して回ったのも、首輪に関するデータ収集が主な目的だ」
「マスター。できれば私への二人称は『お前』でお願いします」
「……なぁ、シャロンヌ殿」
「マスター。くれぐれも私のことはシャロンヌと呼び捨てでお呼びくださいますよう、重ねてお願いします。私は従者で、マスターは私が生涯お仕えするべき『主』であらせられるのですから」
「…………」
天はふたたび沈黙を余儀なくされる。ある意味で言い負けたとも言うが。
……どうしてこうなった……⁉︎
声なき絶叫を上げて、自らの精神世界で頭を抱える天。
これまでに見たシャロンヌの人となりと自分が“した”ことを鑑みて、彼女に対し「自分に感謝するな」というのは正直、無理な相談だ。天もそれは分かっていた。分かっていたからこそ、様々な角度から「気にする必要はない」と再三伝えたつもりでいたのだが……
「マスター。これからはこの私がマスターの第二の手となり足となります。どうぞご遠慮なく、何なりとお申し付けください」
結果これである。
恭しく自分に一礼するシャロンヌを見やり、天は大きな嘆息をついた。
「シャロンヌ殿」
先ほどまでの及び腰とは明らかに違う、天は己の声に意志を込める。
「念のために言っておくが、仮にこれから先、シャロンヌ殿が自分の人生を捨てて俺に尽くしてくれたとして。俺自身、嬉しくもなんともないんだがな」
「ーーう〜ん。それは少し違うかもなの」
背後から飛来した第三者の声と共に、鼻孔をくすぐるいい匂いが部屋に流れ込んできた。匂いと声の出どころへ天が顔を向けると、そこには、大量の料理を乗せたワゴンを引いて部屋に入ってきたリナとサリカの姿が。
「……知ってるか? 立ち聞きが笑って許されるのは、男で十二、女でも十四までが限度なんだぞ」
「相手が聞かれてる事に気づいてる上で話を継続した場合、それは立ち聞きには分類されないのです」
肩をびくつかせるサリカをよそに、リナは肩をすくめながらそう言い切る。
確かにリナの言うように、天はリナとサリカが部屋の前で待機していた事に気づいていた。ただ、だからと言って聞き耳を立てていい理由にはならないが。
そもそも天は盗み聞きの件よりも、彼女達(主にリナ)がさっさと部屋に入ってこなかったことの方に文句を言いたかった。
「まあ、それはさておいて」
あくまでも飄々とした調子で。
リナは持ってきた料理を適当な場所に置き、給仕をサリカに任せて、天とシャロンヌのもとへと歩み寄る。
「天兄は誤解してるのです」
「誤解?」
「うん」
確信に満ちた表情で頷くリナ。
「多分、今のシャロンヌさんにとって天兄の為に生きることは、イコールで自分が一番望む生き方なのです」
「その通りです」
リナの言葉を大いに支持するように、シャロンヌは大きく頷いた。
「マスターが“誰かの為に”という比喩を嫌うのは存じ上げております。私もどちらかと言えばそうです。結局のところ、人は皆、突き詰めていけば最後には“自分の為に”しか生きられないのですから」
「言えてるの」
リナがうんうんと相槌を打つ。
まるで事前の取り決めでもしていたかのように。気づけば一対一だったのが二対一になっていた。
「マスター」
シャロンヌは、懇願するような目で天を見つめる。
「確かに私はマスターの為に生きると宣言しました。ですがそれは、決して自分の人生を放棄したという意味ではありません」
「……」
「むしろその逆……私はようやく自らが歩むべき道、望むべき未来を見つけることが出来たのです!」
「……勝手にしろ」
素っ気ない声でそれだけ言うと。
天はシャロンヌとリナに背を向け、少々乱暴に頭をかく。
基本的にウルトラハイスペックの彼だが、こと女の扱いに関してだけは“苦手”の一言である。
「月並みだけど、これからよろしくお願いするのです、シャロ姉」
「こちらこそよろしくお願いします、リナ」
そうしてふたりは固い握手を交わす。
「シャロ姉が零支部に入ってくれたら、こんな心強いことはないのです」
「ふふふ、これはご期待に添えるよう日々精進せねばなりませんね」
シャロンヌは当然のごとく差し出された手を強く握り返し、当然のようにリナに呼ばれた愛称を快く受け入れた。
先ほどもそうだが、シャロンヌは心からリナに感謝した。
こういう時、リナのようなコミュ力が高く話の分かる者が一人でも近くにいてくれるとそれだけで救われる。
シャロンヌは心の中でリナに礼を言いうと――口に出すと「水臭い」と返されるのが分かっていたので――ただただ一連の流れに目を丸くしているサリカの方へと近づく。
「そういう訳です」
一言そう告げた。
瞬間、サリカは顔を引きつらせたが。
シャロンヌは気にも留めずに、ほとんど手付かずのテーブルのセッティングを始める。
「あっ、も、申し訳ございません!」
途端にサリカが顔を青ざめさせる。
「直ちに準備いたします!」
「構いませんよ」
慌てふためくサリカを宥めつつ、シャロンヌはテキパキとテーブルに料理を並べていく。
「しゃ……シャロンヌ様。あとは私にお任せくださいっ」
「問題ありません。残りもすべて私の方でやりますので、あなたは向こうで休んでいなさい」
「そ、そういうわけには……」
「私が支度します」
有無を言わせない。
自分がやるべき仕事を主人に取られたサリカは、途方に暮れたようにその場で立ち尽した。
シャロンヌとしては別に当てつけのつもりはないのだが。
「今日からマスターの給仕は私の役目です」
この仕事は誰にも譲れなかった。
視界の端で「え、そっち?」と言いたげな表情で脱力するサリカが見えたが、シャロンヌは気にせず作業を進める。
「それにしても凄いご馳走だな」
天がこちらに近づいてくる。その隣にはリナもいた。
「これ全部、シャロとリナだけで作ったのか?」
「というか、ほとんどシャロ姉ひとりで作ったのです……」
さりげなく二人の会話を聞き取り、シャロンヌは密かに胸を撫で下ろす。
「シャロ姉の『調理スキル』は、一流レストランのオーナーシェフ並なのです」
「なんというか意外だな。ーーいや、この言い方はシャロに失礼か」
まだ愛称ではあるものの、ひとまず『殿』付けからは脱却した。
ならば、次の一手は決まっている。
「マスターのお口に合うかどうかわかりませんが、よろしければ、どうぞ召し上がってください」
晴れやかな笑顔を作り、シャロンヌは畳み掛ける。
だがーー
「いや、今は遠慮しておく」
あっさりと拒否された。天のあまりのスルーっぷりに、シャロンヌは反射的に訊き返してしまいそうになるが。
「この料理を最初に食べるべき人物は、少なくとも俺じゃないだろ」
天はしれっとした調子で、どこか穏やかにそう言った。
シャロンヌはハッとして、ベッドで安らかな寝息を立てている妹を一瞬見やり、
ーーそうだ。自分が主に選んだ方はこういう方だった。
天に軽く会釈して、それ以上は何も言わなかった。
すると、
「そんなジェントルマンなあなたの為に、あたしがこんな物を用意したのです」
このタイミングを見計らっていたかのように、リナがどこからともなく大きな半透明のタッパを取り出し、蓋を開けて天の前に差し出す。
……あれはまさか……⁉︎
それを見て、シャロンヌは思わず絶句した。
「みんなの夜食用に作っておいたのです」
「おっ、こりゃ美味そうな握り飯だな」
そのタッパーの中には、シンプルに白米を丸めただけの大量のおにぎりが入っていた。
「こっちはあたしひとりで作ったから、天兄が先に食べちゃっても問題ないのです」
「それなら、一ついただこう」
タッパ一に隙間なく敷き詰められたおにぎりを一つ手に取り、天は大口を開けてそれを頬張る。
「うまい!」
珍しく、天は声を張った。
「絶妙な塩加減だ。これならいくらでも食えるぞ」
「わふ〜ん。天兄にそう言ってもらえて超うれしいの〜」
「……」
その情景にシャロンヌは目を見張った。
あの状況下でリナに軍配が上がる確率など、限りなくゼロに近かったはずだ。
「もう一つ貰ってもいいか?」
「もちろんなの! いっぱい作ったから、どんどん召し上がれ♪」
だが彼女は、現にこうして勝利者の栄冠を手にしている。
「それにしても美味いな、この塩むすび」
「んふ、実は使った塩にちょっとした秘密があるのです」
どんな絶望的な戦況でも決して諦めず、最後には勝利を手繰り寄せる。それはまさに一流の戦士の気質だ。
「……サリカ。あなたが普段使っている仕事服に、予備はありますか?」
「え?」
「最悪、あなたが今着ているその服でも構いません。今すぐ脱いで私に寄越しなさい」
「えぇええっ⁉︎」
「このような格好、マスターの従者として相応しくありません!」
そう言って羽織っていたマントを乱暴に脱ぎ捨てる。ほとんど下着のような格好になってしまったが、服は調達する予定なので問題ない。
「おお、お待ちくださいシャロンヌ様……!」
「いいから黙って服を脱ぎなさい! これは命令です‼︎」
シャロンヌは悟った。自分が名実ともに天の側近になる為には、超えなければならない女がいると。
◇◇◇
「あ、勘違いしないでほしいんだけどさ? 先に手を出したのはソイツらの方だからね」
言って。戦は適当に空いてる席に腰を下ろすと、黒い泥がついたライディングブーツを履いた足を、テーブルの上にドカッと置いた。
別に偉ぶってる訳でも相手を挑発してる訳でもない。単純にこのスタイルがお気に入りなのだ。
「ところでちょっと気になったんだけどさーー」
だらんと椅子の背もたれに体を預けながら、戦は虚空を見つめる。
「そこの蝙蝠マントのキミ」
「え、それ、ぼくのことっ?」
素っ頓狂な声を上げ、マントの少年は自らを指差す。
「この場にキミ以外でマントつけてるコいないでしょ」
とりあえず鼻であしらっおく。
「で、ちょっと訊きたいんだけどさ、ソイツらってキミたちの部下とかそういうんじゃないわけ?」
「……どういう意味、それ?」
少々不貞腐れた顔をして少年は訊き返す。
戦はさらに突っ込んだ聞き方をした。
「いやね、まさかとは思うんだけどさ? その生首ズがシナットの配下の中で『10』『11』『12』番目に強い奴らとか言わないよね?」
「……」
少年は気まずげに視線を逸らす。戦が何を言いたいのか理解できたのだろう。とどのつまり、『ビンゴ』のようだ。
「マジかぁぁ」
戦は盛大に天を仰ぎ、額に手を当てた。
てっきり魔王城を警護する一般兵とか、そういう類のザコキャラだと思っていた。だが実際には、件の三名は最終ステージのボスキャラ達だと言う。正直、ただの一兵卒にしてもレベルが低い、役不足だと感じた弱者たちがだ。
「こりゃ思ったよりも深刻かも。ある程度は予想してたけど、これじゃまるっきり素人の集まりだよ」
「……一つ、よろしいですか」
と、慎重な様子で口を開いたのはローブの男。
「彼等を弁護するわけではありませんが、見たところ、この者らはいずれも“魔人化”する前にあなたに殺されたようですね」
「魔人化?」
「まあ、言ってみれば魔力と身体能力を飛躍的に高める強化術のようなものですね」
「ふ〜ん……」
「魔人化する前と後では、その力量も雲泥の差があるのです。つまり、我ら『統括管理者』は自らを魔人と化して初めてその真価を発揮するのですよ」
そうローブの男は言うが、
「関係ないよ」
戦は一言で切り捨てた。
「いくら上等な装備を持ってたって、使用者がヘボかったら宝の持ち腐れでしょ? ましてや使う前に殺されるとか下の下だよ。“たられば”なんてただの敗者の言い訳。そういうのも引っ括めた全部がそいつ自身の実力なのさ」
「もっともだ」
腕組みをしながら、鎧姿の男が強く共感するように頷いた。
戦は肩をすくめて見せる。
「そもそも相手との戦力差も分からないで喧嘩売って返り討ちに遭うような間抜け共なんて、どう考えても素人でしょ。違う?」
「……いえ、違いありませんね」
「うん。違わない、かな」
ローブの男とマントの少年も、渋々だが同意する。
もはや完全に戦のペースであった。
「まずさぁ、こんなところで見慣れない奴と出くわしたら少しは警戒するよね、普通」
言いながら、テーブルの上に置かれた(自分で置いたのだが)悪趣味極まりないオブジェたちに目を向ける。
「なのにソイツらときたら、出会って三秒で僕を誰の奴隷にするかとかで口論し始めた挙句ーー『早い者勝ちだ!』とか言って問答無用で襲ってきたんだよ? 蟻んこの癖して、この僕にさ」
「……思いっきり自業自得じゃん、それ」
「三対一で為す術もなく返り討ちとは、虎の尾を踏んだ結果とはいえ、お粗末な末路だな」
「仕方ありませんよ。もともと彼等は『統括管理者』として些か役不足でしたからね。まぁ今回のことは他の教徒たちへの良い実例にもなりましたし、存外悪くない出来事だったかもしれませんね」
和気あいあいという雰囲気でもないが、それでもついさっきまでの緊迫した空気は跡形もなく霧散していた。同僚の生首を前にして。完全にイカれた集団である。
……ま、僕も人のこと言えないんだけどね……
統括管理者と呼ばれる争いの神の眷属たちをゆっくりと見回し、戦はただひとり先ほどから静観しているその者を視界に入れると、そこで顔と視線を固定した。
「察するに、キミがこの中じゃ一番もってる番号が若いのかな? 予想だけど『2』『3』番あたり?」
「『2番』です」
答えて、彼女は丁寧に頭を下げた。
「花村戦殿。この度の同胞たちのご無礼の段、心よりお詫び申し上げます」
「いいよ」
「ありがとうございます」
それ以上はお互い何も追求しなかった。
あまりにあっさりしていた為か、他の三人が無言の間を設ける。戦は気にしなかったが。
気づくと、テーブルの上にあった三つの首は黒い染み跡だけ残して完全に消えていた。
「ーーところでさ」
静寂が訪れる前に戦が次の話題を振る。
「『白闇』ってヤツは、今ここに居ないの?」
というより、これが本題ーー自分がわざわざシナットの思惑に乗ってやった理由でもある。が。
「白闇様は、只今この場にはおりません」
淡々とした調子で答えたのは『2番』の女だ。
戦はあからさまに大きなため息をついて見せる。
「そっか〜、残念」
「あの暴君に何か用でもあったの?」
興味津々といった様子で身を乗り出すマントの少年を見て、戦は言う。
「用っていうか、ちょっと確かめたいことがあったんだよね〜」
「確かめたいこと?」
「そっ」
戦は両手を頭の後ろで組み、また吹き抜けのような高い天井を見上げた。
「シナットが言ってたんだよ。白闇ってヤツだけは、僕でも『一筋縄ではいかない』ってさ」
瞬間、再び場が凍りつく。戦が一体何をしにここへ来たのか、全員が瞬時に悟った証拠だ。
「そういうこと♪」
戦はテーブルの上に乗せていた足を下ろすと、意図的に瞳から光を消す。
「キミたちならもうさすがに気づいてるよね。シナットの意図ーーなんでアイツが僕をここへ飛ばしたのかをさ」
「恐らく、我らと花村殿との顔合わせが最大の目的でしょう」
「戦でいいよ」
親しみを込めてそう告げる。この空気の中、会話を円滑に進めた彼女に敬意を表して。
戦は皆を見回し、トントンとテーブルを指で叩いた。
「シナットは多分、見てみたかったんだろうね。僕とキミたちを引き合わせたら、一体何が起こるのか」
「……実にありそうな話ですね」
と、ローブの男が眼鏡を持ち上げ、
「ていうか絶対にそれだよ」
マントの少年も、ため息混じりに相槌を打つ。
「シナット様のお戯れは、今に始まったことではないからな」
ごつい装備で腕組みしたまま、鎧姿の男がやれやれと首を振った。
「それが我らが神の望みならば、我々はただ身を任せるだけです」
そして彼女は再び黙した。口裏を合わせているというよりも単純に心当たりがあるのだろう。四人とも戦の意見をすんなりと受け入れた。
「そう。だから僕も好きにやらせてもらう事にしたんだ♪」
戦は唇を笑いの形に吊り上げる。
「というわけで、キミたちの中で誰か白闇ってヤツの居場所知らない?」




