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サラリーマン流 高貴な幼女の護りかた  作者: 逆波
第二部

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五話


 酔いつぶれた鷹司を背負って部屋まで行くと予想外の人物と出会ってしまった。


「で、殿下?」

「……おかえり、なさい?」


 二人で驚く。

 入口には殿下。

 それも私服、初めて出会った時の様に洋服姿だ。


「殿下、どうしてここに?」

「……さかきも、どうして、ですか?」

 

 殿下が妙に膨れている。

 言葉の選び方次第では面倒な事態になりそうだ。


「ええっと、……先に副長降ろしてもいいですか? 副長は少しお疲れでして」

「……じゃあべっど」


 殿下が指さす先に進めば奥の寝室に行き当たる。


「よっと」


 抱きかかえていたペルフェクションのボトルを引っぺがし、鷹司をベッドに転がす。

 予想通り、といえなくもない室内は衣類と書類で埋まっている。

 そこかしこに見える下着はなるべく目に入れたくない。なんというか、男の幻想が壊れそうだ。


「……」

「殿下?」


 ちんちくりん殿下が鷹司に近づき、なにやら嗅いでいる。

 続いて俺のところまでくると同じようにスンスンしている。


「……おなじにおい」

「副長を担いできたんですから、当たり前です」


 小さな鼻をつまむ。ドラマの見過ぎだ。 


「……ほんほう、へふか?」

「嘘をつく理由がありません。それに、これを見てください」


 ほとんど飲み干されたボトルをみせて潔白を訴えると、しばし目を見られる。

 浮気の言い訳のようだ。


「……わかりました」

「結構です。殿下こそこんな魔窟でなにをなさっていたのですか? ズボラが移りますよ?」

「……おかたづけ、してました」

「はぁ……まさか、この魔窟をですか?」


 見渡せば、ところどころ衣類が畳まれていたり、ごみをまとめた袋がある。

 そういえば、殿下と初めて会ったのも鷹司の執務室だった。


「まさか本部の部屋も……殿下が?」

「……はい。きりひめ、いそがしいですから」

 

 ぽやん、と微笑む。

 うーむ、由々しき問題だ。

 皇族、それも第一皇女殿下に部屋の掃除をさせるとは、脅しのネタに取っておこう。


「まぁ、この部屋なら片づけたいと思うか……」

「……?」

 

 鷹司の部屋は単に汚い、わけではない。

 山と積まれた制服はクリーニング用の籠から溢れているもの、下着はみなかったことにしたい。

 ベッドの横の書類は寝ながら見たのだと推測ができる。

 忙しさがみてとれる部屋だ。


「私なら専属の侍従でも要求したいところです」

「……きりひめ、ふくちょうです」

「機密保持を考えると、容易にはできませんね。かといって、近衛から引っ張るのは難しい」


「……むずかしい、です」

「殿下、今日は止めましょう。起きたとき、副長が悲しみますから」

「……? どうして、ですか?」


 クソ真面目な鷹司のことだろうから酔いつぶれて部屋に運ばれただけでも赤面ものだろうに、加えて殿下が掃除をした形跡があれば面目が潰れる。


「殿下、今日のご予定は?」

「……ありません」

「では、お食事でもいかがですか?」


「……! うめあわせ、ですか?」

「そう受け取っていただいて結構ですよ」

「……はい」


 花束のような笑顔で袖を引く。

 知らぬが仏、である。今のところは。


 

                 ◆



 帝都本部には二四時間やっている食堂がある。

 作るのはどこにでもいそうなオバちゃん達なのだが、近衛の関係者であり武家士族の出身者ということもあり、実に丁寧でそつがない。

 料理は和洋中どれも美味しく、個人的にはその辺の高級レストランよりも好きだ。


「お疲れ様です。いつもありがとうございます」

「え、ええ、いいのよ」


 きちんとした仕事には礼節をもって応じるのが流儀なのでオバちゃんにも頭を下げ、定食の乗った二つのトレイを席へと運び、


「お待たせしました。和洋揃っていたので日替わりを二つにしました」

「……」


 先に腰かけていたちんちくりんの隣に座る。


「いただきます」


 手を合わせ、まずは味噌汁を一口。

 うん、うまい。


「殿下、ごはん美味しいですよ?」

「……」

「殿下、食べないんですか?」

「……だまされ、ました」


 食堂がざわついている。

 一騎当千、泣く子も黙る現代の武士がそれこそ避けて通る。 


「私は食事でもいかがですか? と申し上げただけです」

「……わるいこ」


 ぷぅ、と頬を膨らませる。

 このままでは周囲がギクシャクしてしまい、厨房のおばちゃんたちもチラチラ視線を投げかけてくる。気持ちはわからなくもない。

 そんな視線も気にせず、マグロの中落ちを箸でつまみ、醤油に付けて小さな口元へ運ぶ。


「殿下」

「……うそつき、です」


「あーん」

「……だ、だまされません」


「あーん」

「……ひどいこ」


 針に飛びつく魚の様に口にする。

 残念ながら本マグロではないが、これはこれで美味しい。

 殿下にも伝わるだろう。


「如何ですか?」

「……おいしい、です」 


 ふっ、ちょろい。


「ご飯です」

「……」

「お味噌汁は?」

「……」

「箸休めのお浸しです」


 雛鳥を育てる要領で口に運ぶ。

 殿下育成ゲームだと思えばこれはこれで楽しいかもしれない。

 目指すのは理想の名君、驕らず謙虚で誠実、少しばかりドジの方が愛しやすい。


「おう、榊、お疲れ!」

 そこへ任務上がりの立花が山盛りの定食片手にやってくる。

「ああ、お疲れ。立花も今上がりか?」

「そうなんだ……って、でん、殿下?」


 普段はあまり表情を変えない立花が驚く。

 私服、それも洋服姿の殿下が近衛の食堂にいたらそれはびっくりするか。


「……むねただ、にんむ、たいぎです」

「こ、光栄に存じます。殿下も、ご機嫌麗しく」


 おお、引いてる。

 あのマイペースが苦笑いで後ずさりしてるのは面白い。


「立花、こっちに座れよ」

「いやぁー、俺は、今日は向こうでいいかな……なんて」

「なにしてんの?」


 そこへ天真爛漫、真夏の太陽、ヒマワリをアホにしたような裂海がトレイを二つ持ってやってきた。


「ちょうどいい。優呼もどうだ?」

「ヘイゾー! それに……殿下! どうしたの? こんなところで」

「……ゆうこも、たいぎです」


 殿下に臆することなく裂海は俺の対面に座る。


「ちょっと、ムネムネもなに逃げてんのよ! こっちでしょ?」

「ちょ、待てって優呼! 俺は、飯は美味しく食べたいんだ!」

「みんな一緒の方が美味しいでしょ? ほら、こっち!」


 華奢な腕が巨漢を引きずる。

 立花は強引に席に着かされた。

 配置としては俺の隣には殿下。正面に裂海、殿下とは斜向かいになる形で立花。

 なんでも殿下の正面は胃が痛くなるらしい。


「殿下が食堂なんて珍しいですね!」

「……さかきに、だまされました」

「ヘイゾー、騙したの?」

「語弊がある。俺は食事に誘っただけで場所までは指定してない。だいたい、殿下連れて出歩けるか? 御子服以外だと殿下だと気付かれないんだぞ?」

 

 殿下の頭をぽんぽんする。


「……ひどいこ」

「そうよ! 女の子の約束をなんだと思っているの?」


 殿下と裂海が抗議の声を上げる。扁平同士、気が合うのだろうか。


「榊は、よくこんな状況で食えるな」

「そうか?」

 

 すっかり食欲をなくした立花はちまちまサラダを飾るパセリを齧っている。

 そんなことでは側役務まらないだろうに。


「殿下、あーん」

「……!」

「ちょっと、なに話をさえぎってるのよ!」

「お前も話ばっかりしてないで食え。冷めるぞ」

「もう!」


 裂海が頬を膨らませる。

 止めておけとばかりに裂海の頬を突くと、空気が抜けて音が鳴って、立花がようやく笑った。

 

 四人で食事する光景に他の近衛たちは遠巻きに見るだけ。

 仕方ないといえばそれまでだが、俺としては殿下を神聖というベールで隠すのは良くないと思っている。

 ある種の不可侵は必要だが、それだけでは命を懸けられはしない。

 すくなくとも俺は、の話しではあるが。


「……ごちそうさま、でした」


 殿下は満足そうに微笑む。

 お腹が少し出っ張っているのは気のせいではないだろう。


「栄養素も十分です。少しは成長なさるといいですね」

「……もう、せいちょう、しています」

「説得力が全くありませんよ。このままでは優呼と同じ真っ平らの仲間入りです」


「真っ平とはなによ! あるもん! 胸くらいあるもん!」

「ゆ、優呼! 出すな、ここで出すな!」


 上着を脱ごうとする裂海を立花が必死に押しとどめる姿に思わず笑ってしまった。 

 城山とのやりとりで神経を使ったからか、こうした他愛もない瞬間に心地よさを覚える。

 近衛も皇族も人であり、営みがある。

 連綿と続くであろう日々が穏やかに過ぎていくことを願わずにはいられなかった。



              ◆


 

 帝都御所の一角、護衛をする近衛たちの待機場所でもある茶室で三人が顔を付き合わせる。

 原因は榊平蔵の関西、京都支部への召集要請だった。


「また厄介だのう」


 一人は近衛顧問、鹿山小次郎。

 胡座をかき、顎に手を当てながら思案顔をしている。


「それ、突っぱねられないの?」


 足を崩し、気怠そうにしているのは伊舞朝来。

 こちらはなにもかもが面倒だ、といわんばかりである。


「昨日私も伺った時は耳を疑いました」


 そして三人目。

 近衛本部を実質的に統括する鷹司霧姫。

 普段の彼女ならばしっかりしているのだが、今日は少し顔色が悪い。


「どうした? 調子が悪そうだな?」

「い、いえ。大丈夫です」

 

 鷹司が取り繕う。

 二日酔いの上に部屋で寝ていたことがバレたら二人とも笑うだろう。

 責任を感じつつ、鷹司は平静を装いつつ話を進める。

 文書によって通達された正式な要望書を鹿山に手渡す。


「皇位継承権所持者の護衛か」

「はい。何者かに狙われており、人数を増やしたい。固有を持ち、虎を捕縛した榊ならば適任だとあります。正確な期間は定められていませんが、解決の目途が立ち次第戻す、と」

「ふぅむ」


 鹿山翁が顎を撫でる。

「固有に虎の捕縛か。ちと盛り過ぎだな」

「はぁ、まぁ、それは否めないかと」


 鷹司が苦笑いを浮かべる。

 あの新米は固有能力だけで虎を何とかしたわけではない。

 あくまで時間稼ぎに徹していただけで捕縛は裂海優呼の功績が大きい。

 しかし、提出した文書だけでは如何様にもとれてしまう。


「断りなさいよ。ただでさえこっちは忙しいんだから」

 伊舞朝来が手をひらひらと振る。


「……そうなのですが京都財界からの後押しがあります。これを蹴っては我らの心証が悪くなるものかと」

「心証っても、一方的じゃない? どうしてクソ忙しいのに暇してる関西に人を送らなきゃならないのよ」

「あの小僧は固有があるとはいえ元一般人だ。固有ばかりで武術に秀でるわけではない、家柄も普通だ。鶴来や華族のお偉方が欲しがるようなものは何一つないぞ」


「わかりません。ですが、鶴来殿からの要望書に京都三家からの委任状がありまして」

「京都三家とは、また厄介な」

「三条家、九条家、紫雲寺家、ね」


 鹿山と伊舞の言葉に鷹司が頷く。

 頭が痛いのはそこだ。


「ご存知の通り、京都三家は関西から九州にいたるまでの物流や資材の調達までを一手に引き受けています。一家ならともかく、三家同時となると、こちらとしては動きにくくなるかと」


 鷹司の言葉に鹿山はしばし考えた後、口を開く。


「今は海が騒がしい時期。小僧一人の貸し借りで太平洋はまだしも、大陸と隣接する九州や南西諸島にまで影響を及ぼされたのではたまらん。とにかく、小僧が欲しいなら少しかしてやれ」


 鹿山の判断に鷹司も伊舞も頷かざるを得ない。


「承知しました。では、そのように進めます」


 思わずため息がこぼれる。


「なんだ、そんな顔をするな」

「護衛は私と、そうね第三の陽上に頼みましょう。立花弟も復帰したし、それほど影響はでないでしょう」

「護衛に影響はでないのですが、その、殿下に報告するのが、少し……」


 たぶん、いやきっと反対する。


「何か問題でもあるのか?」

「い、いえ……」


 翁も伊舞も不思議に思うだろう。

 日桜がそこまで榊に懐く理由をつくったのは誰でもない鷹司だ。

 護衛に際し、日桜に緊張感を持たせようと榊が社会人の頃に防犯カメラに映った場面を編集したものを渡したのだが、あれが不味かった。

 どんな魔法なのか、日桜はあれで榊に懐いてしまった。

 曰く、


『……かわいい、です』


 普段はほとんど見せない微笑みを浮かべながらいうのだから困る。

 そして意味が分からない。

 なにがかわいいのか、鷹司にはさっぱりだ。

 それでも仕方ない。原因は自分なのだから。


「では、榊に内示を出します」

「うむ、それがいい。何かあればワシが取りなして連れ戻す」

「わかりました」


 鷹司の心労は当分続くことになる。



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