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サラリーマン流 高貴な幼女の護りかた  作者: 逆波
第一部

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三八話



 時刻は二三時。

 よい子はそろそろ寝る時間。俺も寝たい。

 なのに、


「……れんしゅうを、します」

「左様で」


 殿下に呼び出されて御所にいる。

 正式所属になり、鷹司直属の殿下護衛を勤める零番隊の所属なので、時間に関係なく殿下の要請に応えなければならない。


「……ねむい、ですか?」

「お察しいただけると嬉しいのですが、ついでに帰っていいですか?」

「……ごめん、なさい」


 頭を下げられてしまう。

 断れなくなってしまった。


「それで、なにをどうするんですか?」

「……すぴーちを、きいてほしいのです」

「それだけですか?」

「……はい」

 

 だったら他の誰かを呼んでほしい。

 そんなことを考えていると、


「……けいやく、です」

「今ここでだしますか?」

「……さかきは、おおきなぷれぜん、たくさんしました」

「良く御存知で」

 

 そうだった。経歴はおろか、細かな動向まで知られてる。

 前職での大きなプロジェクトやら企画に向けてのプレゼンのことを知っていて当然か。


「結構です。見ましょう。ただし、厳しいですよ?」

「……はい」

 

 こっくりと頷く。

 これも仕事か。仕方ない。


「……じゃあ、はじめますね」

「いつでもどうぞ」


 立ち上がり深呼吸をする殿下。

 逆に俺は座る。

 手には原稿用紙。一呼吸置いてから始まる。 


「多様になり続ける社会、複雑化する国際情勢の中で、新たな交流の場所で」

「息継ぎを考えて話してください。考えながら話す。緊張すると呼吸もテンポも実際には練習通りなんていきませんよ」

「お話の機会を得るということは、大きな喜びであります」


 殿下は原稿があるとハッキリと喋れるらしい。

 普段トロいのはこうした緊張の反動だとしれば納得できる。

 それは分からなくもない。

 が、


「三年前の一〇月に、新港の計画が起こったと承知して……」

「顔は前を向けばいいものではありません、微笑です。何ですかその顔は?」

 

 読み方を指摘されることは考えても、顔のことまでいわれると思わなかったのだろう。

 殿下の小さな瞳が少し潤む。

 チビ殿下が笑顔とか顔芸が苦手なのは知っている。

 知っているからこそ指摘しているし、話すことというのは表情とセットというのも覚えておいてほしい。


「承知しています。開港とは人と物を結ぶ重要な場所であり、これからの我が国にとっても重要なものとなることでしょう」

 

 言葉が続く。

 一先ず及第点だろうか。年齢のわりに上手に話す。

 今まで何度もこなしてきただけあって基本はある。

 ある程度の場慣れもみえる。


「……交わるということが、人や物以上に心の交わりが増えることを願い、ご挨拶とさせて頂きます」


 会釈で終わる。

 俺もおざなりとはいえ、拍手をした。


「……どうですか?」

「五〇点です」

「……さかき、いじわるです」

「正直な感想です」


「……そんないじわる、かなしいです」

「基礎はできています。後は、出席者や重要な人物への目配せ、抑揚の付け方です。大勢の中での話し方は大きく二通りあります」

「……はい」

 

 神妙に頷く。

 いい顔になっているとこちらも教え甲斐が出てくる。


「一つ目ですが、言葉とは抑揚の付け方が大きく影響します。抑揚とは、一言で表すならば個性です。これを強く出すか否か、場面に応じて使い分けることが上手な演説と言えましょう」

「……そんなに、かわりますか?」

「人間は印象によって物事を判断しがちです。物真似がいい例ではありますが、一定の工夫さえすれば印象の操作は可能です」


「……そうさ、といわれると、すこしていこうが、あります」

「では誘導に言い換えましょうか?」

「……さかきのそれが、いんしょうそうさです」


 殿下が膨れる。

 否定はしない。言葉なんて全部そんなものだ。

 綺麗事を押し退け、一通りの説明をする。


「以上です。質問はありますか?」

「……ありません」


「誰に教わったんですか? 正直過ぎて少し心配になりました」

「……だれにも」

「はい?」

「……だれにも、おそわっては、いません」

「なるほど」

 

 妙に納得してしまった。

 それなら正直にもなるか。


 言葉は、いわば自分そのもの。

 普通ならそれを隠すための方法を誰かが教えてくれる。

 学校なら教師、塾なら講師、家庭なら親、親族や従兄弟まで人間がいる。

 なのに、殿下にはいないのか。

 

 だからこうなった。

 効率が悪く、まるで千里の道を徒歩で行くように遅々と進む。

 少し見渡せば自転車もバイクもあるだろうに、牛歩にも劣る亀の歩みを続けている。


「どうしてですか?」

「……きくことは、かんたんです。かんたんに、なれたくはありません」

「ご立派ですが、誉められたことではありません」


 健気を通り越してもはや痛々しくもある。

 それが俺の目に映る殿下。


「……ははうえから、おしえていただきました。われらは、くるしまねばなりません」

「苦しむ……」

「……うえにたつものとして、ささえるものとしての、ぎむです」

「殿下は、いつもそうやって繰り返してきたんですか?」

「……はい」

 

 誇るわけでも威張るわけでもなく、淡々としている。

 それが当たり前、当然。この子は、大人ができないことしている。

 心を込める。届かなくても、理解されなくても、想うというのは並大抵ではない。

 孤独であり、理解もされずただただ心を捧げる。

 簡単なようでもっとも難しい。


「委細承知しました。私も殿下の御心、天下万民に届けたく存じます」

「……さかき」

 

 少し大袈裟ではあるものの、頭を下げれば、小さな花が咲く。

 まぁ、夜更かしをする対価には十分か。


「声は大きくなくていいですよ。マイクが拾います。あと、目線は下に落とさないでください。見る先は、海です」

「……うみ?」

「遠くを見ると言うことです。時には見渡すように遠くを、時には接するように視線を投げかける」

 

 この技術はサラリーマンになってから失敗を繰り返して体得したもの。

 何度も試して、何度も失敗したなかで経験的に積み上げたもの。血肉といってもいい。

 殿下にならにならそれを伝えてもいいと思った。


「……わかりました。やってみます」

 

 こんなにも努力を重ねるならば、報われなければ嘘だ。

 実らない努力、受け取られない言葉ほど悲しいものはない。

 営業として苦労した日々が、小さな姿と重なる。


「では最初からです」

「……はい」

 

こうして深夜の練習はもうしばらく続くことになった。



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