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サラリーマン流 高貴な幼女の護りかた  作者: 逆波
第三部

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115/227

一六話


 伏魔殿と呼ばれる外務省へと足を踏み入れ、中・東欧課長である上村と相対する。

 エリート官僚の眼がこちらを射抜く。

 

「さぁ、どうぞ」

「失礼します」


 椅子に腰掛け、視線を交わす。

 まずは値踏みの応酬、互いに雰囲気を探る。


「お話は鈴木からありました。九段の方がいらっしゃると。九段というと、近衛第一歩兵連隊の……」

「お察しのとおりです」

「初めてお会いしました。噂だけではなかったのですね」


 上村の言葉に曖昧な笑みを浮かべて見せる。

 対外的には近衛隊は極秘。閣僚級の政治家や軍の上層部、あとは警察関係者しか知らない。

 官僚でも事務次官くらいでなければ会う機会はないだろう。


「かねてから逸話は伺っておりますが、私自身は半信半疑でした。こうしてお会いしても実感がわかないくらいです」

「世の中、会わない方が良い人間もいます。私たちなどその典型でしかありません」


「しかし、榊さんとこうしてお話をしていると、そのようには思えません」

「ご冗談を。申し訳ありませんが私は余り口が回る人間ではないのです。早速ですが、本題に移らせていただけますか?」

「勿論です」


 背筋を伸ばし両手をテーブルの上で組むと、上村は身を乗り出す。


「鈴木からは情勢について詳しく、と話がありましたが具体的にはどのような部分でしょうか? 近衛の方が気にかけることが中・東欧にあるとは思えませんが……」


「機密もありますので詳しくお話はできませんが、地理的にロマノフ連邦やオスマン帝国と隣接していることがあげられます」


 狙いを悟られないために無難な話題から振っていく。

 ロマノフやオスマン帝国の脅威も嘘ではないので聞いておきたい算段だ。


「なるほど。当該地域におけるロマノフやオスマン帝国の影響力はそこまで強くありません。国境は欧州連合によって設けられた有刺鉄線が張り巡らされ、人の出入りも第三国を経由しなければ難しいほどです」


「共和国が同地区に対して潜入や浸透工作は可能でしょうか。お話では第三国を経由すれば可能であるともとれます」


「潜入ならば可能ではあります。しかし、浸透工作となると難しいでしょう。中・東欧の国々は厳しい気候のため、人口があまり多くありません。加えて、辺境ともいえる村社会に入り込むことは容易ではありません」


「ありがとうございます、参考とさせていただきます。続いてですが、中・東欧地区の経済状態をお伺いしたいのですが……」


 質問を重ねながら話題を核心へと近づけていく。

 それにしても、上村は見た目は冴えないおっさんなのに、資料も見ずにすらすらと口にするのは驚く。やはり一般人とは頭の構造が違うのか。


「続いてですが、現在当該地区で起こっている革命運動、通称夜明けについて外務省の見解をお伺いしたいのですが……」


「中・東欧地区に限った話ではありませんが、欧州は深刻な経済的不況に喘いでいます。最初に崩壊したアルバニアはカスピ海に面した豊かな土地でした。しかし、政治的な独裁状況が長く続いていました。国民は高い税率に苦しみ、かなりの不満が鬱積していたことが原因と考えております」


「確か、前大統領は三〇年近く在任していたと記憶しています。内情はどのようなものだったのでしょうか?」


「アルバニアは中・東欧でも屈指の産油国でした。ですが、利権のほとんどは大統領の懐や政府高官たちの私財に消えたといわれています。高い税率、深刻な医師不足に政治的な腐敗が重なれば無理からぬことかと」


 共和国が取り入ったのは、そうした不満を抱える住民なのだろう。

 しかし、無理からぬというのも同意してしまう。

 政治が腐敗し、石油のように莫大な利益を生む産業が国民に反映されないのでは不満も溜まる。


「革命はすべて現地民の手で行われたのですか? 欧州連合の干渉などは?」

「残念ながら政治的腐敗の除去は欧州連合の仕事ではありません。告発があれば別ですが、国内問題までは干渉しなかったのでしょう」


「つい数日前にも報道がありましたが、トランシルヴァニア……現在のルーマニアについては如何でしょう」

「ルーマニア……ですか」


 そこで上村が難しい顔をする。


「正直申し上げれば、あの国で革命が起こったことは不思議で仕方ありません。早くから観光産業に注力していて経済的にも比較的余裕があります。地理的には重要ですが、工業力や産業が強いわけでもない。比較的地味といっては語弊がありますが、取り立てて着目すべき国ではない」


「なるほど、では、アルバニアのような政治的な腐敗や王族による独裁などはなかったのですか?」


「トランシルヴァニア王は身内に甘い部分があったようですが、かなりしっかりとした方でした。王制ではありますが、独裁とも言い難い。かなり開けた政治思想の持ち主だったと記憶してます」


 この辺りは城山の言葉とも一致する。

 確信がほしい場面だけにこちらも身を乗り出し、咳払いをする


「ここだけのお話ですが、夜明けには共和国の関与が疑われています」

「……そうですか」


 上村の顔には驚きが浮かぶが鵜呑みにはできない。

 官僚でも顔芸くらいはやる。


「先ほど潜入や浸透工作を伺ったのはそのためです。なにかお気づきの部分はございませんか?」

「そうですね……」


 中・東欧課長の眼には値踏みの色がある。

 どこまで話そうか、話してやろうかという物色にも近いもの。

 仕方ない、ここは胡麻をすっておくことにする。


「私たちの情報では限界があります。上村さんの視点で構いませんので、どうか」


 躊躇なく頭を下げ、声色を変えた。

 すると、仏頂面に喜悦が浮かぶ。趣味の悪いことこの上ない。


「近衛の方にそこまでされると無下にはできません」

「近衛などと思わないでいただきたい。私は純粋にお願いをする次第です」


「ああ、そのままで結構です。私も前任から引き継いで三年になりますが、そのころから移民が多かったのは事実です。大半がアフリカからの難民ですが、東アジア人も混じっていました」

「東アジア人……ですか?」

「共和国人、とは申し上げられない。なにせ、一度はシンガポールで国籍を取得した人々ですから」


 気分よく口を開いてくれるのはありがたい。

 シンガポールはマレーシア半島にある小国なのだが、成り立ちから現在までが非常に複雑だ。

 

 表向きは独立国家、だが裏では共和国は勿論、大英帝国やポルトガルとの関係も深い。

 海上輸送の拠点であり、東京や北京、上海と並ぶ東洋経済の一角を担っている。


「ここ数年、共和国がシンガポール国籍を買っているという噂も聞きます。まだそれほど多くはありませんが、シンガポールを通じて共和国の人間が欧州や日本へも観光、あるいは就労という形で入り込んでいるのです」


「なるほど、目立たないようにではなく、金をもって堂々と都市部へ入り込むわけですか。表向きはシンガポール人、しかも金をもっているとなれば警戒も緩む」

「仰る通りです」


 これはかなり深刻な問題だ。

 国籍をロンダリングしての浸透工作、それも東欧だけではなく日本にも及んでいる。

 外から打ち崩せないのであれば内部から崩壊を狙うということだろう。


「一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

「私でお答えできることでしたら」


「トランシルヴァニア……現在のルーマニアは地理的特徴を踏まえなければ、それほど注目を集めない場所だということは分かりました。だからこそ、わざわざ革命をする理由が分からない。共和国は何を狙ったのでしょうか」


「そこは私にも分かりかねます」


「政権を覆してまで独占したいほど重要な……あの共和国が欲するものに心当たりはございませんか?」

「どうでしょうか」

 

 上村にははぐらかされる。

 真っ先に考えられるのは国庫の金だが、蓄えていたとして狙うほどだろうか。

 価値はあっても売りにくい美術品や工芸品ということは考えにくい。資源といって真っ先に思い浮かぶのは石油に宝石など希少鉱物の類。あとは土地柄、石炭はあるだろうが資源とするには時代遅れだ。


「金か……あるいは利権……資源、あるいは希少資源、石油……レアメタル、レアアースでしょうか」

「榊さん、私からはお答えできかねます」


 答えてはくれないらしい。

 ならば、自分で至るしかない。

 

 共和国が欲するもの、真っ先に思いつくのは資源。膨大な国民を満足させ、国を発展させるには不可欠となる。

 あとはエネルギー、今は何をするにも電気エネルギーが必要になる。

 二つのうちどちらかだろう。


「東欧は豊富な森林と水、肥沃な土地。これだけを狙うとは考えにくい。ならば、やはりエネルギー。原子力は外部からの干渉や規制が多い。水力は地域が限定される。残るは風力、太陽光」

「榊さん?」


 上村が眉根を寄せるのも気にせず、考えに没入する。

 アルバニアで油田を確保した。

 今はいいだろう。しかし、近い将来、これだけでは足りなくなる。

 

 トランシルヴァニアを狙ったのは先を見据えてのことだと仮定する。

 俺の考えでは次世代エネルギー産業に直結するレアメタル。

 あとは順に並べ、共和国にないものを抽出するしかない。


「リチウムベリリウムホウ素チタンバナジウムクロムマンガンコバルトニッケルガリウムゲルマニウムセレンルビジウムストロンチウムジルコニウムニオブモリブデンルテニウムロジウムパラジウムインジウムアンチモンテルルセシウムバリウムハウニウムタンタルタングステンレニウム白金タリウムビスマス……」

 

 このなかで共和国で産せず、またエネルギー産業とつながるものは数えるほどしかない。

 セレン、ニオブ、テルルあたりか。 


 セレンは半導体などに使われ、ニオブは鉄鋼産業、光触媒に使われる。なかでもテルルはあまり聞きなじみのない鉱物であるが、太陽電池をはじめとする先端工業には必須になりつつある。

 これらは共和国にはほとんど存在しない。


「共和国で産しないのはセレン、ニオブあるいはテルル。これらを狙ったとすれば、あの国は次世代の太陽光発電を見据えている。違いますか?」

「極秘事項ですので、私程度からは申し上げられません」


 口にしても中・東欧課長の表情はほとんど揺るがない。

 国家機密も絡む問題だ。この辺りが限界だろう。


 共和国側は目星がついた。あとは欧州連合のちょっかいだが、これは外務省で問うべきものではない。

 どこか適当なところで切り上げよう、そう思っていると、


「榊さん、許されるのであれば一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

「私も上村さんと同じく、お応えできる範囲がありますが……」


 こちらも言葉を濁すが、上村は姿勢を正す。


「近衛とは榊さんの様に優秀な方々が多いのでしょうね」

「先だって申し上げました通り、私は近衛の中でも例外的な存在です。一様に思われない方がよろしいでしょう」


「でしたら、榊さんに申し上げる。貴方は僅かな情報から極秘事項であり、各国が獲得へと動いていている希少金属の存在に行き着かれた。これは驚異的なことです」


 上村の言葉に驚く。

 どうやら正解に近かったらしい。


「……褒め言葉と受け取ってよろしいのですか?」

「勿論です。私としては最大級の賛辞に等しい」


 いつの間にか、上村の顔に笑みが浮かんでいる。

 どこか粘着質で、あまり気味の良いものではない。


「それほどの才覚がお有りならば、今少し活かしてみるつもりはありませんか?」

「仰る意味が分かりかねます」

「そうでしょうか」


 今の推理は偶然かつての得意分野と合致しただけだ。

 なのに、上村はぐっ、と顔を前に出し、視線を強める。


「我々は国の行く末を案じております」

「それは……私も同じです」

「情報を共有できませんか?」


 なるほど裏取引か。

 極秘事項を口にしたのも譲歩という姿勢を見せたということらしい。


「私は今回の様に、榊さんが必要だと思う情報を提供します。今回の様に極秘事項も、お渡しできる」

「こちらはなにを差し出したらよろしいのですか?」


「近衛は状況によって、閣僚級の護衛もなさるそうですね。政府内部の状況にもお詳しいはずだ」

「……ものによります」


「現政権は経団連との結びつきが強く、大陸への進出を目指している。しかし、大陸ということは共和国との取引に等しい。私はそれが日本のためにならないと考えております。今の外務省が伏魔殿と呼ばれるのはご存じだと思いますが、これは現政権と結びつきが強い大陸派が私のような一般職員に圧力をかけ、まっとうな政策が上げられない状況を作り出しているのです」


 伏魔殿。

 本来の意味は魔物が住む宮殿を指す。一般にこう呼ばれるのは何が潜んでいるか分からない場所だからだ。

 現在の外務省は内部の人間からしても伏魔殿であるらしい。


「私は国の行く末を案じております」


 もう一度言葉を口にする。

 現政権によほど思う部分があるのだろう。

 真摯な眼と態度、それに口調に信じても良いのではないかと思わされる。


 が、俺はそんなクサい芝居が嫌いだ。

 頭がいい奴ほど本音を隠し、建前を並べたがる。俺自身がそうだからだ。


「一つお伺いしたいのですが、よろしいですか?」

「なんなりと」

「大陸派のなにがいけないのでしょうか」

「……榊さん?」


 肯定的な言葉が聞けると思ったであろう上村は一転して表情を雲らせ、今度はこちらが視線を強める。


「資本主義である以上、国が経済を優先させることは至上の命題です。民を飢えさせるようでは国の存続そのものが危うい。なぜ大陸派を排除しようとなさるのか、私には理解できません」


 上村の表情にわずかな綻びが生まれる。

 これはかつての殿下の言葉でもある。民を飢えさせて、なにが国なのだと。


「大陸派は共和国との国交の正常化を目論んでおります。そうなれば、多くの移民がやってくるでしょう。確かに経済は潤うかもしれない。しかし、日本の伝統や文化は壊されてしまうのですよ? それが正しいといえるのですか?」


「例え国が疲弊してもですか?」

「では、榊さんは赤化を容認なさると?」


 目の奥に剣呑さが宿る。

 別に俺自身が赤化を容認するわけではないが、問題はそこにない。


「伝統や文化を壊すのは、日本人そのものです。決して外国人が壊すわけではない」

「現に東欧では起こっています」


「文化、伝統を壊すのは日本人による譲歩です。関心が薄くなり、その程度ならば、と考えるようになる。私は赤化を肯定するわけではありませんが、移民が増えれば危機感から文化伝統を強く維持しようと思うかもしれません」


 俺程度が仮定を並べたところで意味はない。

 重要なのは一人一人がどう思っているのかだ。そして、その思いは両親や育った環境、教育へと直結している。


「とても近衛とは思えないお言葉です。日本でも東欧と同じことが起こっても良いと仰るのか?」

「起こるべくして起こるのならば、それも構わないと考えます」

「そのような、起こるべくしてなどないのです。扇動されたらお終いだ」


「扇動の土台を作る原因は、貴方のような官僚ではないのですか?」

「我々は日々、国民のために尽くしています。それに、政策は我々だけで作るものではない。政治家に責任はないと仰るのか?」


 上村の顔から表情が消えるが、構わず続ける。


「日本は官僚が支配する国家です。政治家は旗頭にすぎない。確かに政治家主導の政策もありますが、実行に移される段階で骨抜きにされ、形骸化しているものが多々ある。理由はお分かりになりますね?」


「……それは」


「不満が起こるとしたらなぜなのか、政策が機能していないからです。なぜ機能しないのか、官僚が国益よりも派閥争いに忙しいからです。今の貴方のように」


「我々は国民の利益を考え、国の未来を考えております」


「ではなぜ大陸派などと仰るのですか? 経済を考えるのならば大陸との国交正常化も見据えることはできないのですか?」


「それは考え方の違いです。大陸の安価な労働力によって廉価品が国内に流れ込めば、国内の製造業は大打撃を受けてしまいます。それでは国内の中小企業は立ち行かない」


「私は国交正常化が輸入や移民に直結するとは申しておりません。中小企業の行く末、国の未来を考えるのは省庁の仕事のはずです。やりかたはいくつもあるでしょう、なにせ優秀な方が揃っていらっしゃるのですから、できないはずがない」


 官僚も、政治家も本来の意味から逸脱している。

 何故かと問われれば、現在の官僚は国益よりも自分が大事だからだ。

 金、権力、快楽を貪るのに忙しい。政治や国益など自らの売名行為でしかない。


「取引はお断りします。勝手な派閥争いに巻き込まないで頂きたい」

「今のお言葉、鈴木や城山先生にお伝えしてもよろしいのですか?」

「構いません。邪魔になるようなら、実力で排除させていただきます」


 スーツの胸元に手を当てれば、上村の表情が青ざめる。

 今日は刀を持っていない。しかし、こうすれば懐になにかある様に見えるだろう。

 近衛の噂を聞いているのならば尚更だ。


「私は躊躇しません。この国には替えの利く優秀な人材が揃っていますから」

「……結構です。今の言葉、お忘れなきよう」

「勿論です」


 立ち上がり、一礼してから退室する。

 上村の瞳に揺らめく敵意はしばらく背中に突き刺さったままだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでいて上村さんの申し出に違和感を感じていなかったので、私ならあっさり誘導されて派閥争いに利用されていたなあ。やっぱり伏魔殿に住む者は油断ならないわ。
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