彼と結婚しないワケ
「やっほー、レーナちゃん。余だよ。魔王だよん」
黙って電話を切ったレーナを見て、ゼノアが首を傾げる。
「なんで切っちゃったんです? 悪質な営業とか?」
「そんなようなもんだ」
少しずつ工房の名も知られ始めたこともあり、営業の電話がかかってくることも増えたので、ゼノアも気に留めなかったのだが……。再び鳴り響く電話の音。今度はゼノアが取った。
「お電話ありがとうございます。ウィスティリア魔石工房です!」
それが何者からの電話なのか、レーナは察しているが、ガード試験の参考書から目を離そうとしなかった。それでも、ゼノアの声は聞こえてくる。
「え、あの、まずはご用件の方を……。は、はい。わかりました」
電話を保留にしてから、ゼノアがこちらを見てくる。
「レーナさん、魔王さんから電話ですよ!」
「留守だって言っておけ」
「えええ……。大丈夫ですか?」
しかし、レーナに無視されてしまったので、ゼノアは保留を解除するしかなかった。
「あの、シシザカは外出中でして……。え? いや、それはやめてください!」
何をもめているのか、ゼノアが慌てているが、ゆっくりと受話器から耳を離すと呆然とした表情で電話を置いてしまった。
「あの、レーナさん」
「あー?」
「なんか魔王さんが今からくるって言ってましたよ」
「そうか。……少し外出てくるわ」
そそくさと席を立とうとするレーナだが、ゼノアは顔を青くして必死に引き止める。
「ちょちょちょ! レーナさんがいなかったら、魔王に何をされるのか! ダメですよ、絶対にダメですからね!」
「うるさい、お前だけで対応しておけよ!」
二人が言い合っているところ、休憩で外に出ていたトウコが帰ってきた。
「そんなに騒いで、どうしたの?」
目を瞬かせるトウコに、すぐさまゼノアが説明する。
「魔王がくるのに、レーナさんが外出するって。トウコさんも引き止めてくださいよ」
「えええ、それは大変だねぇ。レーナちゃん、私たち困っちゃうから、魔王さんの相手はしてあげてよね?」
「……けっ!」
大人しく自分のデスクに戻り、試験勉強を再開するレーナを見て、ゼノアはほっと一息吐く。自分のお願いは聞く耳を持たなかったのに、トウコの言うことはあっさりと受け入れたところは釈然としないが、二人の関係性的に仕方がないのだ、と言い聞かせるしかたなかった。
「それにしても、レーナさんはどうして魔王を避けるんですか? 顔は整っているし、お金持ちだし、どう考えてもレーナさんのタイプでしょ」
ゼノアの質問に、トウコが不自然に瞬きを繰り返す。自分では聞きにくかったことを、ゼノアが平然と口にしたため、少し慌てているようだ。
「はぁ? 何言っているんだよ、あいつは魔王だぞ?」
「魔王だけど、一途じゃないですか。タイヨウさんよりは、レーナさんを大事にしてくれそうじゃないですか?」
トウコの瞬きがさらに増える。ゼノアの指摘があまりに的確であり、レーナが納得してしまったら、工房をやめて結婚してしまうのでは、と不安らしい。
レーナは天然なところがある。男を見る目がないところもある。つまり、魔王と自分の相性に気付いていないだけ、という可能性もあるのだ。
変に刺激して、レーナと魔王が結婚したらどうしよう。そんなトウコの心配をよそに、当のレーナは呆れたと言わんばかりに溜め息を吐いた。
「あのなぁ、魔王は人類の敵だぞ? そんなやつと結婚して、私はどうするんだよ。人類に襲い掛かればいいのか??」
「……た、確かに!!」
思ってもいなかった回答に、唖然とするゼノアだが、何に気づいたのかニヤニヤと口元に笑みを浮かべ始めた。
「レーナさんって、常識外れな人なのに、変なところで生真面目ですよね」
「お前、馬鹿にしているよな?」
「揶揄っちゃダメだよ、ゼノアくん。そこがレーナちゃんの良いところなんだから!」
大人しくしていたはずのトウコが急に口を出したので、二人とも目を丸くして彼女を見る。視線が集まったことで、自分が熱くなっていたと気付き、咳払いで誤魔化した後、トウコは改めて言った。
「レーナちゃんは根っからの良い子なんです。そして、そんなレーナちゃんの生真面目さで人類は守られているんだから、ちゃんと感謝しないとだよ」
「そ、そうですね。ありがとうございます、レーナさん」
「な、なんだよお前ら……」
レーナの結婚の話は何とか回避した、と安心した表情でトウコが椅子に座ると、ウィスティリア魔石工房のドアが開いた。
「レーナちゃん、余がきたぞー!」
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