◆サイコロジ・ダイブ
さてさて……暗い気持ちにもなりましたが、メヂアも完成してしまったので、ついに私の出番です。この日は朝からマミヤさんのおうちに。依頼人のマミヤ夫人は、私たちを無愛想に出迎えるのでした。
「遅くなってしまい、申し訳ございませんでした」
先頭に立っていたゼノアくんが深々と頭を下げたので、私もそれに倣います。こういうとき、営業職だったゼノアくんは心強いね。
「ご心配をおかけしましたが、もう安心してください。ご子息の呪いは必ず浄化して見せますので」
「それなりの金額を支払ったのですから当然です。しっかりお願いしますよ」
マミヤさんは待たされたせいか、ぶすっとした顔だったけれど、少し安心しているようにも見えた。少しは期待してもらえているんだ。ちゃんと結果を出さないとね。
ゼノアくんと私が何度も頭を下げて、やっと二階にいる息子さん……ブラウンさんのもとへ案内してもらえた。マミヤさんは呪いを溜め込んだ息子さんを見るのがつらいらしく、すぐに部屋を出て行く。それもそのはず……。
「うわー、思ったよりギリギリだったかも」
ブラウンさんの顔を見て、私も焦る。なぜなら、ブラウンさんの顔は白く変色し、コア・デプレッシャ化の兆しが見られたからだ。
「では、トウコさん。お願いします」
「うん。ゼノアくんは念のため、マミヤ夫人の傍にいて。もしものときは、一緒に避難してね」
「……分かりました」
ゼノアくんがレーナちゃんを見る。任せた、と言いたいのだろう。彼女はそれに応えるように頷く。レーナちゃんと二人になると、部屋の中が凄く静かになった。始めないと……。
「トウコ、大丈夫か?」
「……うん」
大丈夫。大丈夫なんだけど……手が動かない。気のせいか、ブラウンさんの顔の白い部分がさらに広がった。
「トウコ」
いつまでも動かない私に、レーナちゃんが警告する。
「コラプスエリアの発生に巻き込まれると、ストレスを抱えた人間はデプレッシャになっちまう。今のお前は絶好調ってわけじゃねぇだろ」
「分かっているってば」
そう、分かっている。私はぐっと拳を握って、自分を奮い立たせてから、メヂアを取り出した。桃色のメヂアは私の「今」をすべて詰め込んだ自信作。いや、自信作のつもりだ。これを使えば、ブラウンさんを癒すことはできるだろう。できるけど……。
「トウコ!」
「……うん」
レーナちゃんに押されるようにして、デプレッシャ化が始まりつつあるブラウンさんのお腹の辺りに、メヂアを置こうとした。だけど、頭の中でノノア先生の言葉が響く。
――作り手が見せたいものを見せる。メヂアって、そういうものでしょ?
私は何のために……。そう思うと、頭の中が冷えていくような感覚に襲われた。
いやだ。私はクリエイタじゃない。錬金術師なんだ。
「シアタ現象を起こすよ」
「……お前!!」
気持ちを固めようとしていた私の横に、レーナちゃんが膝を付く。そして、メヂアを握る私の手首を掴んだ。
「トウコ、焦るな」
「……」
ああ、分かっていたんだ。さすがはレーナちゃん。
「お願い、試させて」
私はノノア先生のシアタ現象を思い出す。
「あの赤い目は……私を見ていた。ずっと見ていたんだよ。お前はどうなんだ。錬金術師として、偽りなく自身の魂を表現できているのか、って問いかけていた。でも、私は何も答えられなかった。自分に対しても、本当のことは……だから」
「お前の気持ちは分かる。いや、たぶんだけど……分かる」
レーナちゃんは私のために言葉を選んでくれているみたいだった。私の手首を握る力が少し強くなる。
「ジジイのあれを見て、焦っちまったのは分かるよ。だけど、お前にはお前のやり方があるだろ?」
「それは……」
「やり方だけじゃない。お前のメヂアはジジイのものとは違う。お前のメヂアの方がすげぇところはいっぱいあるだろうが!」
私のメヂアの……凄いところ?
本当にあるのかな。
ノノア先生のものに比べたら、本当に稚拙で仕方のないように思えるけど。
だから、私は乗り越えたい。自分の表現したいものを、自分の色だけで表現する。もしかしたら、この人を救えないかもしれないけれど……それでも、私は私のメヂアを完成させたいんだ。
「なぁ、トウコ。お前はノノアじゃない。あいつと同じになる必要はないんだ」
「でも……」
「私はお前が好きだ!」
「……えっ?」
きゅ、急にそんなこと言うかな??
戸惑う私に、レーナちゃんは真剣な眼差しで続ける。
「お前のメヂアの方が、人の優しさがある。人を想って作っている。寄り添ってくれるような温かさが……。私はそんなお前のメヂアが好きなんだ。だから、自分を裏切るようなことは、後悔するようなことは……絶対にするな」
……びっくりしました。そ、そうだよね。メヂアの話をしていたんだから、メヂアのことを言ったんだよね。
「ノノア先生のメヂアより、私のメヂアの方がよかった……?」
十分嬉しかったけど、念のためって言うか、ちょっと欲張って、私はレーナちゃんに確認する。すると、彼女はいつものように少し照れくさそうに顔を赤らめながら、目を逸らした。
「そ、そうだよ。そうじゃなけりゃあ、私はお前のガードになってない」
レーナちゃんが、逸らしたばかりの目を、私の方に戻す。
「お前は天才だ。だから、信じろ。お前のやり方で、こいつを救ってみせろよ」
……あー、うれしい!
そうか、私は天才なんだ。誰にも知られていないかもしれないけど、一人でも私を天才と認めてくれるなら、天才としてのメヂアを発動させるしかない。
「わかったよ、レーナちゃん」
私はメヂアをブラウンさんのお腹の辺りに置いた。
「サイコロジ・ダイブを始めるよ」
目を閉じる。そして、私はメヂアを通してブラウンさんの精神に飛び込むのだった。
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