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伝説の錬金術師

「きゃあああーーー!!」

「うわぁぁぁーーー!!」


 レーナと先生が顔を見合わせ、まさかと言い合っていると、思わぬ方向から悲鳴が二つも上がった。



「れ、レーナちゃん……どうして??」


 一人はトウコである。青ざめた顔でレーナを見ているではないか。


「どうした、二人とも」



 もう一人はイアニスだ。トウコの横で同じく青い顔をしている。


「ど、どうしたも何も……。レーナさん、貴方……その方が誰だか分かっているのですか??」


 亡霊でも目にしたような二人の反応に、レーナは混乱する。が、どちらも視線は自分に向いているわけではない、と気付いた。何に驚いているのか、と視線をたどってみると。



「うーん、バレちゃったか」


 先生が呟き、隣のロザリアが穏やかな笑みを浮かべた。


「当然です。むしろ、先生のダンディなお顔を見て、何も思わない方がおかしいと思いますよ」



 私のことを言っているのか、とレーナは顔を引きつらせるが、喧嘩を買っている場合ではなかった。先程まで震えているだけだったトウコとイアニスが許しを請うように膝を付いたのである。



「ノノア先生!!」


「まさか新作の準備でしょうか!?」



 まるで、王族を前にしたような態度である。それにしても、トウコが口にした名前は……。


「このジジイがノノアだって?? ……えーっと、ノノアって誰だっけ?」


 唯一冷静なゼノアに聞いてい見ると、彼は呆れたように溜め息を吐いた。



「レーナさん、業界人なのにその名前を知らないとは。ノノア・イカリヤと言えば、この業界では神とも言える錬金術師ですよ。特に二十年くらい前のメヂア業界はノノア一色と言われていたほどの人物なんですから」


「ああー、トウコが欲しがっていた魔石の!」


「そうそう。クリエイタの中にもファンは多くて、根強い人気がある人です!」


「ふーん。でも、なんでお前は驚いてないんだ?」


「……僕はノノア先生の顔を始めてみたので」


「……そうか」



 あえて話は広げず、レーナは先生……いや、ノノアに詰め寄った。



「おい、ジジイ。てめぇ、クリエイタではないって言ってたけど、嘘だったのか?? 魔石を求めるってことは、そういうことだろ??」


「だ、ダメーーー!!」



 珍しく、トウコがレーナを突き飛ばす。


「な、何するんだよ!?」


 不意打ちにひっくり返るレーナだが、トウコの目は真剣だ。


「あのね、レーナちゃん」


 彼女はレーナの傍らに屈むと、声を潜めて説明する。



「クリエイタっていう言葉は、割とここ最近の錬金術師に対して使われる言葉なの。私たちが学生だった頃は、そんな言葉なかったでしょ?」


「そう言われてみると……」


「クリエイタはある意味、吐いて捨てるほどいるレベルの錬金術師を揶揄する言葉でもあるんだよ。特にノノア先生の世代の錬金術師にとっては、クリエイタなんて言葉は実力不足と同じ意味なの。だから、先生のことはクリエイタって言っちゃダメ!」



 最近こそ、クリエイタという言葉は一般的になってきたが、一昔はそういう意味があった。レーナには理解できない感覚だが、トウコやイアニスの世代のクリエイタからしてみると、ノノアはあくまで「錬金術師」であって、クリエイタではないのだ。



「すみません、先生。私、トウコと言います。先生の大ファンで――」


「先生に近付かないように」



 憧れの想いを伝えようと、ノノアに歩み寄ったトウコだが、それをロザリアが遮る。レーナは自分のクリエイタであるトウコに無礼を働かれたため、今度こそロザリアをぶん殴ってやるつもりで、一歩前に出ようとしたのだが……。



「ろ、ロザリアさんですね! ノノア先生を公私ともに支えるパートナーで、事実上の妻!」


「妻?」



 ロザリアの右眉が上がるが、トウコは想いのままに続けた。



「先生の作品の中には、何度もロザリアさんがモデルの人物が出ているって話し、二人の信頼関係を表しているようで大好きなんですよ! よろしければ握手を……!!」


「ほう。その辺りのこと、詳しく話していただいても問題ありませんよ? 時間がある限り聞いてあげましょう。私と先生の熱い信頼に関わることならば、いくらでも」



 トウコの握手を受け入れるロザリア。憧れの存在であるロザリアの手に触れ、目を輝かせるトウコだったが、その首根っこをレーナが引っ張り、二人を引き離す。



「おい、トウコに触るな、この鉄女!」


「鉄女? 意味が分かりませんが、先生の作品を理解できる錬金術師のガードが、まさか貴方のような品のない暴力女とは。正直、同情します」


「言ってくれるじゃねぇか。またタコ殴りにして分からせてやろうか?」


「タコ殴りにされたのは貴方の方でしょう? それとも、脳にダメージが残りすぎて記憶も失われたのですか?」


「てめぇ……」



 今にも殴り合い……いや、殺し合いが始まると思われが、それを止めたのは意外なことに魔王だった。


「そこまで! どうせ、これから競い合うのだ。争いごとはルールの中で行うだけで十分だろう!」


 ぶつかり合う二人の視線。しかし、魔石を巡る戦いは意外な方向へ流れていくのだった。

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