魔王の宣言
トウコは魔王のプロポーズを聞いて焦った。魔王は顔が良い。どっからどう見ても、美男子と言える顔つきだ。しかも、魔族を統べる存在で金と名声も持っている。まさに、レーナが結婚相手として選びそうなタイプなのだ。ここでレーナに結婚を選ばれたら、やっと開いた魔石工房が立ち行かなくなってしまうではないか。
「さぁ、レーナちゃん。余と一緒に行くぞ。魔王城で盛大な結婚式だ。確かお色直しは三回したいと言っていたな。無論、許す。レーナちゃんの願いは何でも叶えよう」
結婚は確定。その勢いで手を差し伸べる魔王だったが……。
「誰がお前と結婚するか。十年前も断っただろうが」
はっきりと断るレーナに、魔王の表情が鋭いのものに。
「ま、まさか!! 貴様……まだタイヨウとか言う二流の勇者に想いを寄せているというのか??」
タイヨウ、というワードにトウコは再び焦る。その言葉は絶対に……。
「おい、魔王」
先程よりも室内の空気が重たくなるような、レーナの忠告が。
「私の前でもう一度その名を出したら、十年前よりも酷いやり方で殺すからな?」
「む、むぅ……」
魔王は本気でレーナに逆らえないらしく、文字通り一歩退った。だが、彼は咳払いで恐怖を誤魔化してから、レーナに対するアプローチを再開する。
「しかし、レーナちゃんの理想を叶えられる男は余一人のみ。十年前と同じように結婚を夢見ているのなら、余の手を取ることが一番の近道だぞ」
確かにその通りだ。トウコはレーナの答えを想像して、胸が締め付けられる。しかし、レーナは魔王の誘いに少しも関心がないのか、呆れたと言わんばかりに溜め息を付いた。
「例えどんな条件を出したとしても、お前と結婚するつもりはない。それに、この魔石工房を成功させることこそ、今の私の夢なんだよ」
「レーナちゃん……!!」
自分にとって理想以上と言えるレーナの回答に、トウコは思わず目に涙を溜めながら彼女を見つめる。しかし、レーナは照れくさそうに顔を赤く染めながら、顔を背けてしまうのだった。
「ゆ……許さん!!」
しかし、魔王は納得しないらしい。
「またしても、余の想いを阻むか石ころめ!!」
魔王の過去に何があったのだろうか。かなり魔石に恨みを持っているらしい。
「石を使って呪いを吸収すること自体、すべての呪いを管理する余にしてみると、迷惑この上ないのに、邪魔なやつよ!」
メヂアに対する不満を零したあと、魔王はレーナに力説する。
「レーナちゃん、クリエイタの人生などなんの面白みもないぞ? わかっているのか?? しかも、成功するのはほんの一握り。いや、成功しても不幸なクリエイタなど山ほどいる。人とは幸せを求めるもの。夢などといった幻想を追って、魔石ばかりいじる人生など、狂人のそれだ。であれば余と贅沢な結婚生活を送る方がどれだけ幸せなことか。レーナちゃんは少しも分かっておらん!!」
一方的な魔王の主張に、レーナの不快レベルが一つ上昇したのか、こめかみに血管が浮き出そうな勢いである。
「分かってねぇのはお前だ、魔王。トウコをその辺のクリエイタと一緒にするんじゃねぇぞ」
(レーナちゃん、嬉しいけど……魔王さんの前で、それは言わなくていいよ)
嫌な予感通り、魔王の視線が自分の方に向き、トウコはその身に魔族の重圧を受けなければならなかった。
「ほう。レーナちゃんの審美眼にかなうと言うのか、小娘」
魔王がトウコの前に立ち、彼女の目を覗き込むが、何を感じたのか、やや目を細めた。それはトウコの瞳の奥にある、察知したかのようでもあった。
「小娘、名を何という」
「と、トウコ……。トウコ・ウィスティリアです」
「ウィスティリア……」
魔王は何度かその名を呟いた。が、何を思ったか踵を返すと出入り口の方へ歩き出す。
「バトラー、帰るぞ!」
「ははっ」
どうやら帰ってくれるらしい。トウコはほっと息を吐くが、レーナが余計な一言を放ってしまう。
「二度と来るなよ、ストーカー野郎」
レーナの挑発に振り返る魔王。そして、無駄に暗黒オーラを放ちながら、彼女に向かって宣言するのだった。
「レーナちゃん、言っておくぞ。余が本気を出せば、こんな魔石工房など簡単に潰せるのだ。余は貴様を妻に迎えるためなら、どんな手段も択ばんぞ?」
「ほう、そんなときはすべての骨を砕いてから、中身を全部焼いて炭にしてやるからな?」
「ふふん。余を舐めているな、レーナちゃん。言ったぞ? 手段は択ばない、とな」
今度こそ帰ると思われた魔王だが、もう一度振り返ると、ちょっと誇らしげな表情で言い加える。
「そうだ、これが余の新しい電話番号だ。レーナちゃんなら、いつかけてきても許す。持っておけ」
そう言って、魔王は懐から紙切れを取り出して、レーナの方へ投げつける。野菜くらいなら真っ二つにしてしまうほどの勢いで回転する紙切れだったが、レーナはそれを手刀で叩き落とした。どうやら、名刺らしい。
「ではな」
今度の今度こそ、魔王が帰っていった……と安堵の息を漏らすトウコとゼノアだったが、再び扉が開いて背筋を伸ばす。
「れ、レーナちゃん! もう追い出してよ!!」
「そうですよ! 今度こそ蘇れないくらいに殴殺してください!!」
しかし、そこに立っていたのは魔王ではない。五十代ほどの女性だった。
「あ、あのメヂア製作の依頼をお願いしたいのですけど……」
女性の顔は不快感に顔を引きつらせている。そして、固まったトウコとゼノアに猜疑心のこもった視線を向けながら言うのだった。
「やっぱり帰りますね」
「「ごめんなさーーーい!!」」
二人の全力謝罪によって、ついにウィスティリア魔石工房に新たな依頼が入ってこようとしていた。
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