そして、彼が目覚める
とは言え……魔石工房は簡単に立ち上げられるものではない。
「どこで工房をやるんだ? 人通りのある目立つところでもないと、仕事の依頼なんてもらえないだろ?」
レーナのまっとうな疑問に、トウコは少しだけ考えを巡らせる。
「当分は私の自宅だよね。何なら一緒に住む? 少しスペースも余っているし、お金も節約できるよ?」
「それは嫌だ」
「どうしてー? 家賃を払うお金あるの?」
「な、ないけど……。女二人で暮らすなんて、絶対に婚期も逃すだろ」
「もう既に捕まえられないくらい遠くに逃げて行っちゃったんじゃないかぁ」
「……」
レーナの鋭い視線に、トウコは動じることはない。
「それにさ、レーナちゃん。今時は結婚なんてファンタジーだよ。男女が理解し合うなんて、天文学的な確率でしかあり得ないことなんだって。それより、やりたいこと……つまりは、夢に向かって全力で突き進むべきだと思うけどなぁ」
「私は私で、自分の夢を追うんだ。結婚という夢に」
「結婚が夢ねぇ……」
二人は自動販売機で買った一つの缶コーヒーを分け合いながら、どこを目指すというわけでもなく歩き出す。
「でもさ」
トウコはレーナの横顔を見ながら、綺麗な鼻筋だなと見惚れつつ、疑問を口にする。
「よく決断してくれたよね。あれだけ嫌がっていたのにさ。レーナちゃんなら、別に違うお仕事を選んでも生活できたでしょ。職種によっては、凄い稼げたかもしれないわけだし」
すると、レーナはなぜか拗ねたように唇を尖らせると、視線を落として爪先を睨み付けるのだった。
「正直、少し感動したんだ」
「感動……?」
トウコが首を傾げると、レーナは言い訳を並べるようにぶつぶつと呟き始める。
「お前のメヂアで……シアタ現象を見たとき、よく分からないけど、胸がそわそわした。でも、嫌な感じがしなくて、むしろ妙に熱かったんだ。あれが、感動ってやつなんだろ。だから、お前と一緒に魔石工房でメヂア作りを手伝うのも悪くねぇな、って思った」
「本当?? 私のメヂアで感動したの??」
目を輝かせるトウコに、レーナは顔を赤く染める。
「うるさいな。二度も言わせるな!」
「お、お願い! もう一度だけ言って! できれば、どの辺りで感動したのか、具体的に教えてもらえたら、すっごく嬉しいんだけどなぁ」
「嫌だって言っているだろ!!」
「お願いだよぉ。そういう感想が、クリエイタにとって一番の栄養なんだから。牛丼奢るから。ね、お願い!」
「あああああーーー! うるさいうるさい!!」
「大盛にしてもいいからさぁ!」
二人が何やかんやと距離感を縮めつつあったその頃、王都から遠く離れた大地では、恐るべき存在が十年ぶりに目覚めようとしていた。
ここはエリアル王国のやや西にある土地。黒い雲の中を稲妻が低い音を立てて走る。十年前、この土地の支配者が倒れたため、世界における空白地帯と言えるようなエリアだったが、黒い雲まで到達しそうなその塔は、いまだに主の力を示すよう、そびえ立っている。
そして、その塔の階段を駆け上る背の低い老人が。
「大変だ大変だ! あの方が目覚める。目覚めようとしている!!」
老人が慌てながら、最上階の扉を開けると、奥のベッドで身を起こそうとする影が。
「ああ、既に目を覚まされている!!」
その影が老人の方を見た。
「バトラー。余は何年……眠っていたのだ?」
「そ、その……十年です。勇者どもの襲撃から、十年の年月が経ちました」
「そうか。余は十年もの間、眠っていたのか」
それは怒りだろうか。何らかの感情が塔を貫き、そのプレッシャーに老人は鳥肌が止まらなかった。影は手の平で顔を覆いながら老人に聞く。
「あの女は、どうしている?」
「あの女、とは??」
「レーナ・シシザカ以外に誰がいると言うのだ」
決して、大きな声ではなかったが、老人はナイフで刺されるよりも鋭い痛みを感じたようだった。
「し、失礼しました。例の女は勇者の資格を剥奪されたと聞いています。それからは、ギルドの受付で働いたものの、勤務態度の悪さから解雇に。その後は、魔石工房の立ち上げに右往左往しているとかで……」
「それだけか?」
「はい??」
「その程度の情報で、余が満足すると思ったか? 貴様は余が眠っている十年もの間、何をしていた?」
「そ、それは……」
「余に指示を出させたいのであれば、指示を出してやろう。即、レーナ・シシザカがどこで何をしているのか調べろ。職業だけではない。年収、配偶者、休日の過ごし方、どんな食事を好み、何時に寝て何時に起きるのか、使っている歯磨き粉のメーカー、仕事帰りに寄るスーパー! なんでもいい。調べられるものは何でも調べるのだ!!」
「ひいぃぃぃ!!」
主の怒号に震え上がる老人。そして、平伏すると主の名を口にした。
「承知しました、魔王様! 早急に、レーナ・シシザカの身辺を洗いざらい調査いたします!!」
老人が立ち去ると、その影はベッドから降りる。完璧な闇のように、畏怖を抱かせ、一切の無駄がないその体を、窓の外で光る稲妻が照らした。
その瞬間、彼の微笑む表情がわずかに垣間見える。そして、魔王と呼ばれる男は呟いた。
「レーナ・シシザカ、あの女が魔石工房を始めるとはな。……ふふっ、許されると思うなよ。お前は魔石いじりに人生を捧げるような女ではない。それを思い出させてやろうではないか!!」
不気味な高笑いは、稲妻よりも鋭く、暗い雲の中を轟くのだった。
―― 続く ――
第1章の第1話はここまでです。いかがでしたでしょうか。
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