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シアタ現象?

アニスを見て、秘書の男は少しばかり慌てた様子を見せた。



「魔王殿、困ります。この件は内密にしたく、名も知れぬクリエイタを引き込むなど……!!」


「安心しろ」



魔王は秘書の言葉を遮った。



「お前の(あるじ)には話を付けてある。それに、この男は間もなくこの国で最も有名になる男だ。名も知れぬわけでもないし、何よりも……余の共犯者である」


「……少しだけ、確認の時間をください」



そう言って、秘書はどこかに電話をかけ始めたが、ここで状況をも守っていたレーナがついに動いた。



「てめえ、何のつもりだ? うちの仕事の邪魔すんじゃねえぞ!」


「邪魔? 何を言っているのだ、レーナちゃん。ウィスティリアの小娘が浄化をできないのだぞ。むしろ余は助けにきたと言ってもいい。それに、あの秘書の(あるじ)が誰だが聞かされていないわけではないだろう。ぼんくら息子がデプレッシャ化でもしたら、恥をかかせたとして、この工房も潰されるかもしれんぞ?」



それはレーナも否定できない。そんな噂が彼女の耳に入ってきたことがあるほど、依頼人は凄まじい権力を持っていると有名だったからだ。レーナが躊躇っている間に、秘書の男が電話を終えて戻ってくる。



「確認できました。魔王殿、お願いしてもよろしいでしょうか?」


「無論だ。では、イアニスよ。お前のメヂアを見せてやれ」


「……はい」



イアニスはウィスティリア魔石工房の面々とは顔を合わせないよう、奥へ進むとハリスンの前に立ち、青いメヂアを取り出した。



「シアタ現象、発動させます」


「サイコロジ・ダイブは……?」



トウコの声に反応することなく、イアニスはメヂアに魔力を込めた。浮遊を始めたメヂアは、ハリスンの頭上で停止すると……白い呪いを吸収し始める。



「おお……!!」



秘書の男が感動したように声を上げると、天井に白いキャンパスが発生した。イアニスのシアタ現象が発生したのである。





青色に白線が引かれていく。奇跡のような青空に伸びる、細くて直線的な雲を見上げているのは、制服に身を包んだ高校生くらいの少年だ。彼は空に向かって手を伸ばしたかと思うと、何かに思い至ったかのように、傍に置かれた自転車に跨り、力いっぱいペダルを踏んだ。


遠くにそびえる山はどこまでも続くように尾根を描き、すぐ近くには青々とした稲が揺れる。そんな道を自転車で駆けると、少年と同じように制服を着る少女の姿があった。少年は自転車を止めて、彼女を後ろに乗せると、再びペダルを踏む。


自然の中、自転車が前へ前へ進むと、青い空が少しずつオレンジ色に変わり、紫色に。そして、星々が広がり始めた。寄り添う少年と少女。彼は必死にペダルを踏み、彼女は風を感じて目を細める。



すると突然、走る自転車の真下に、巨大な黒い大穴が発生した。



二人は穴に飲まれ、どこまでも落下していく。暗転した後、少年が目を覚ますと、そこは石造りの城であった。どこかの姫と思われる女が少年に剣を手渡す。場面は切り替わり、少年は異形の生物を剣を使って屠って行った。彼の背中を守るのは、とんがり帽子をかぶり、杖を手にする少女。さらには、筋肉質の巨漢だった。


三人は旅を続けた末、雨の中、天を貫こうとする禍々しい城を発見する。そして、城の奥へ進むと邪悪な顔の魔導士が現れた。三人は協力して、魔導士を倒すと、玉座の奥から一人の少女を見つける。少年と自転車に乗っていたあの少女だ。少年は涙しながら少女を抱きしめる。


少女を連れて、少年たちは姫のもとに帰ると、英雄の帰還を祝う祭りが始まった。空が青からオレンジへ変わり、紫色に。


そして、星々が広がり始めると、少年と少女は再び抱擁を交わす。そこに、頬を膨らませて現れる姫と、とんがり帽子の少女。三人の女の子に囲まれ、少年は困ったように赤く染まった頬を指先でかくのだった。



暗転。そして、天井に発生していたキャンバスが霧散した。




「……なんだ今の?」


最初に声を発したのは、レーナだった。彼女は自分が見たものを少しも理解できなかった。


「おい、ゼノア。今の……どう思った? シアタ現象って、あんなものだったか?」



「……えっと。僕に聞かないでください」


ゼノアも混乱している。二人が戸惑うのも無理がない。今まで見てきたシアタ現象とは、まるで別物だったからだ。と言うよりも……。


「内容が……ないではないか!!」



ハッキリと結論を口にしたのは、魔王だったが、彼はなぜか満足げな笑い声をあげている。ますます混乱する中、レーナは気付いた。信じられない光景を見てしまったのだ。



「う……ううっ……」


ハリスンが泣いていた。それは、イアニスによるシアタ現象が、彼に感動を与えた証拠だった。


「……ウソだろ?」



レーナが思わず疑念を漏らすが、ハリスンはカッと目を開くと、おいおいと嗚咽を漏らしながら、さらに激しく泣き出し、その想いを吐露するのだった。



「ぼ、僕が見たかったのは……これだ!!」


「「はぁ??」」



レーナとゼノアの声が重なるが、ハリスンが真剣に、切実に自らの感動を訴えた。



「なんて美しいんだ。純粋な心。胸が高鳴るような冒険。文句のないハッピーエンド。そして、愛!!」


目を輝かせ、イアニスの前に膝を着くハリスンは天を拝むようだった。


「素晴らしい。本当に素晴らしかった! 貴方こそ、貴方こそ……僕の神様だ!!」



やはり何が起こっているのか、レーナには分からなかったが、魔王は力強い拍手を送る。


「よくやったぞ、イアニス。これからはお前の時代だ。さぁ、メヂア業界に革命を起こそうではないか」


そう言って、イアニスの肩を叩き、彼を連れ出そうとする。さらには、呆然自失のトウコに向かって、呟くのだった。



「分かっているよな、ウィスティリアの小娘。時代が変わったんだ。これから求められるのは、イアニスのようなメヂアだ。お前のメヂアはもう誰からも求められない。なるべく早めに次の職を探しておくのだぞ。……はっはっはぁーーー!!」



魔王が去り、ハリソンと秘書の男が去り、ウィスティリア魔石工房には暗くて重たい空気が流れた。そして、ずっと動かなかったトウコが膝を付き、ついにその心情をこぼす。



「……私のメヂアは、もうダメなんだ」



ウィスティリア魔石工房に暗雲が立ち込める。それは、近付く崩壊だった。

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― 新着の感想 ―
ハリスンのシアタ現象を見て「承認欲求を満たすツールとして小説に固執してるのかな?」と解釈しましたが…これではトウコが理解できないのも頷けます。まったく相容れない存在ですもの。イアニスくん、久しぶりすぎ…
壮絶なな〇うアンチテーゼ…!?いや、でも、メヂアを創作物として考えれば当然の事とも…… しかし、魔王の目的が不明ですねぇ。当初は何か憎めない奴だったのに、すっかりちゃんと悪役になってしまった。うーむ
こ、これは…芸術性より…強くて格好良くてモテモテで、現実を忘れられる夢物語…を…みせてくれ…という、そういう時代の変化でしょうか……ライトメヂア的な。 心を揺らすものではなく、見たいものを見せるもの…
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