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拒絶されたメヂア

サイコロジ・ダイブを終えたトウコは、真っ先にレーナの方へ振り向いた。しかし、その意図を理解できないレーナは、ただ心配するように眉を寄せただけである。


(……どうしよう)


トウコの手は震えた。やはり、ハリソンは何かが違う。いつもなら、サイコロジ・ダイブでヒントを得られる。その人が何を愛して、何を求めて、何を悲しんでいるのか。



(でも、この人は何一つ分からない。どうすれば……彼の心を救うシアタ現象に調整できるの??)



クリエイタを目指しているようだけど、熱が感じられなかった。ニコに憧れているようだけど、恋焦がれるような気持ちがなかった。クリスタに去られても、何も執着していなかった。


彼は何を軸に生きている?

何が好き?

何を欲している?


どれも何一つ分からないが、秘書の男が冷たい視線をこちらに向けてくる。失敗は許されない。そんなプレッシャーをかけられているようだった。



「おい、トウコ?」



レーナに声をかけられても、トウコは反応できず、ただノートパソコンを開いていつものようにメヂアの最終調整を行った。



(分からないけど……きっとできる。ノノア先生だって、サイコロジ・ダイブをやらなくても、デプレッシャ化した人を救っていたんだし。私だってそうならないと!)


何を調整すべきか分からなくとも、細かい編集を重ねて自分を安心させる。


「……シアタ現象を始めます」



トウコが宣言すると、前のめりになっていたレーナも安心したのか、一度は体を引っ込めた。緊張しながらも、これまで続けてきた自分の創作を信じて、トウコはメヂアに魔力を込める。それは薄く光を灯して宙を浮き始め、いつものように呪いを吸い込む……と思われたが、ハリスンの体から白い粒子が浮き上がることはなかった。



「……どうして?」



トウコは呟く。いや、原因を理解できなかったのは一瞬だけだ。なぜなら、知識では知っていたから。ただ、これまで経験したことがなかっただけだ。そして、それを認めたくない、という気持ちが沸き上がった。


「何をしているのですか、ウィスティリアさん」


秘書の男に問われるが、トウコは答えない。自分の身に起こっていることを、まだ認められなかったのだ。



「ウィスティリアさん?」


「す、少し待ってください」



何とか理性を取り戻しながら、宙に浮いたメヂアを手に取って、再びパソコンにつなげる。きっと、何かのミスだ。設定、もしくは加工の段階に問題があっただけかもしれない。だとしたら、再び調整して魔力を込めれば、きっとシアタ現象が始まる。



「いつまで待たせるのですか?」


「黙って見てろ」



プレッシャーをかける秘書に、レーナが釘を刺す。彼女に恥をかかせないためにも、メヂアの異常を見つけなければ。しかし、どこを探しても異常は見つからない。すべてはいつも通りだ。



「ウィスティリアさん、こっちも暇じゃないんですよ。なぜ、浄化作業を行えないのです?」


「あの、それは……」



トウコは追いつめられながら、言葉を見つけようとするが、それ以上は出てこない。動揺が喉を詰まらせているのだ。しかし、秘書の男がそれを許してくれるわけがない。



「答えてください、ウィスティリアさん。なぜ、浄化作業を行わないのか。すぐに!」



トウコは答えられない。認められない。受け入れられない。それでも、説明しなくては。トウコが口を開きかけた、そのときだった。



「ならば、その疑問。余が答えてやろうではないか」



静まり返った空間に、低くもよく通る声が響いた。トウコ以外の全員がそちらに振り向くと、喪服のような黒いスーツに身を包んだ男が立っている。その男を見て、最も早く反応した人物は、意外にも秘書の男である。



「あ、貴方は……魔王殿!! なぜこんなところに」



そう、魔族を統べる男。十年前、人類に刃を向けた男。魔王であった。


秘書の男は、どうやらそんな魔王と顔見知りらしい。レーナとゼノアは混乱しつつ、工房に入ってくる魔王をただ見据えるしかない。魔王はその端正な顔に邪悪な笑みを広げ、トウコがシアタ現象を起こせない理由を語った。



「どうやら、そこのぼんくら息子は、ウィスティリアの小娘によるメヂアを受け付けていないようだな」

「受け付けていない?」



首を傾げる秘書に魔王は説明を続ける。



「シアタ現象は発動する際、呪いを保持する人間に、微量のイメージを送る。呪いの保持者はそのイメージによって刺激を受け、シアタ現象の発動を許容するのだ。しかし、このぼんくら息子はウィスティリアの小娘のシアタ現象には興味すら持たなかった。もっと分かりやすく例えるのなら、タイトルや表紙、紹介文を目にしても、興味を惹けなかった、ということだ。クリエイタとしては致命的だな」



これに反発の姿勢を見せたのは、レーナだった。



「魔王、てめえ……」


「おっと、レーナちゃん。余に八つ当たりしたところで意味がない。何よりも、今の状況、今の説明を最も理解しているのは、ウィスティリアの小娘なのだからな」



黙って反論しないトウコに、レーナも言葉を失ってしまう。そして、秘書の男から状況を悪化させるような一言が。



「では……ウィスティリア魔石工房では、この依頼は果たせない、と?」


「そうだ。が、安心しろ。そのぼんくら息子をしっかり浄化する優秀なクリエイタならば、余が用意しておいた。さぁ、入れ!」



魔王が工房の入口に向かって誰かを招き入れいると、一人の青年が入ってきた。居心地の悪そうな青年を見て、その名前を呟いたのは……トウコだった。


「……イアニスくん、なの?」


魔王が用意した優秀なクリエイタは、トウコの後輩であるイアニスだった。

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― 新着の感想 ―
おっと魔王と、イアニスくん?!なぜそのコンビが…?! 気になる気になる…!!! それにしても魔王様よ…「タイトルや表紙、紹介文を目にしても、興味を惹けなかった」こりゃあ刺さりました…そして前話のハリ…
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