◆ハリスン②
高校生活は地獄だった。中学の時と違って、全員が全員、メヂアに興味を持っているのだけれど、全員が全員、俺より才能があったから。ひたすら、才能がないという事実を突きつけられる日々。すぐにやめてしまえばよかったのだろうけど、親父の反対を押し切って進学した学校だ。そういうわけにもいかなかった。
「大学はまともなところへ行け」
死人みたいな顔で学校へ通う俺を見て、親父はそう言った。今度は逆らえない。学校の皆が必死にメヂア関係の進学を目指す中、俺は普通の大学受験に打ち込む。その成果もあったのか、それなりの大学に進んで、それなりの青春を送った。
「ねぇ、ハリソンくん。メヂアの勉強してたって本当??」
大学も三年目に入ったある日、クリスタが話しかけてきた。彼女は同学年で、同じ授業を何個か取っていて、何となく顔を知っている……という程度の間柄だったが、急に話しかけてきたのだ。
「まぁ……うん。でも、大したことじゃないよ」
俺が肯定すると、彼女は目を輝かせる。
「お願い。次の学際で私たち、どうしてもメヂアを取り扱いたいの!」
どうやら彼女たちのサークルの出し物を手伝ってほしい、ということらしい。よく分からなかったけど、俺は了承した、クリスタは……何となくニコに似ていたから。
それから、俺はクリスタと一緒にメヂア制作を進めた。女の子とまともに話すのは久しぶりで、楽しかった。そして、俺と彼女は少しずつ親しくなってい行く。
「ハリソンくんのおかげで、学際は大成功だったよ!」
彼女の笑顔は単純に嬉しかったし、学際が終わった後も、俺たちの関係は続いた。クリスタのおかげで、大学生活の後半に至っては楽しい日々を送れたと思う。
しかし、誰もが就職を意識し始め、俺は戸惑った。親父の仕事を手伝うべきだろうか。それとも……。迷っていると、クリスタに言われた。
「もしかして、ハリソンの夢はクリエイタなんじゃない?」
言葉が出なかった。何でそうなるんだろう、と戸惑っているだけだったが、クリスタは勘違いしたみたいだった。
「やっぱり! ねぇ、夢を追ってみてもいいんじゃない?? いいと思うよ!」
俺はクリスタに言われた通り、クリエイタを目指した。高校とき、確かに挫折したけど、クリスタがそこまで言うなら、もしかしたら……と。
「HNアーカイブで知名度を上げれば、商業化も夢じゃないらしいよ!」
手っ取り早くクリエイタを名乗れる方法をクリスタに教えてもらい、俺はさっそくHNアーカイブに登録して、自作のシアタ現象をアップしてみた。すると、信じられないことが起こった。次々とブックマークの登録が増えて、評価ポイントも上がっていく。
俺は興奮した。初めてメヂアを作ったとき、クラス中のみんなから注目を集めたときよりも、大きな全能感に包まれたのだ。上手く行っていることをクリスタに伝えると、その日の夜に食事を一緒に、と誘われた。
「凄いよ、ハリソン。それに比べたら……」
順調だった俺とは違い、クリスタは初めての仕事が上手く行ってなかったらしい。その日、俺たちは初めて一緒に朝を迎えた。
「なんだか恥ずかしいね……」
このとき、クリスタが恥ずかしそうに微笑んだ瞬間は、たぶん永久に忘れることはないだろう。きっと、俺はクリエイタとして上手く行く。そう感じていたのに、あとは転落の日々だった。
「どうして……誰も見てくれないんだ?」
新しくシアタ現象をアップしても誰も見てくれないし、もちろんブックマークも評価も付かない。この世界から俺と言う存在は忘れられてしまったのではないか。そう疑ってしまうくらい、何の反応もない。
おかしいおかしい。俺はあらゆる方法で、自分のシアタ現象を見られるように工夫した。NHアーカイブの中だけでなく、SNSを使ってランキングに入っているようなクリエイタに媚びを売ったり。
だけど……誰も俺を見てくれなかったのだ。そうこうしているうちに、クリスタが俺のもとを去ってしまう。
「ハリソン、君だっていつか大人になるんだよ」
そんな言葉を残して。でも……まあ、いい。男女の関係なんて、そんなものだろ。それより、NHアーカイブのアクセスだ。ブックマークだ。評価ポイントだ。
結局、俺はNHアーカイブをやめた。上手く行かなかったから。言われた通り、親父の手伝いでもしようかな。でも、面倒だし。どうしよう……。
「よかったら、楽園にご招待しますよ」
そんなとき、妙な女が現れる。親父の手伝いも面倒だったから、その女についていくと、山の奥で自由にメヂアを作るように言われるのだった。最高だった。俺が作るものを皆が注目してくれるし、褒めてくれたから。
「やっぱり……俺って才能あるんじゃん」
ここで暮らせばいい。そう思っていたのに……。
「お前の親父さんに依頼されて、連れ戻しにきた」
赤い髪の女がやってきて、俺を楽園から地獄に引き戻そうとした。それだけじゃない。
「何か表現したいことはあるのか?」
そんな意味不明なことを聞いてきた。戸惑っていると、女は重ねて質問してくる。
「あるだろう、一つくらい」
なんだよ。ないとダメなのか?
クリエイタは表現したいものがないと、やっちゃダメなのか??
いいじゃないか。俺はクリエイタだよ!
やりたいことをやるんだ!!
ちくしょうちくしょう。
こいつのせいだ。あいつのせいだ。
実家に連れ戻されて三日後。俺の視界の中は、雪が降るみたい真っ白だ。あー、マジで信じられねえ。俺って、この世で一番不幸なんじゃない?
トウコは目を覚ます。ハリスンの精神にダイブすれば何かが分かる。そう思っていた彼女だったが、浮上してから最初に過った言葉は一つ。
……意味が分からない、だった。




