◆ハリスン①
「なぁ、これ見た?」
朝の教室。真っ先に声をかけてきたのは、リチャードだった。
「なにこれ」
スマホの画面に映し出されているのは、たぶんシアタ現象だ。綺麗な映像がテンポよく切り替わり、滑らかに動いている。
「知らないのか? ムーン・ナナツメの『無限の異界』だよ。流行ってんだぜ」
「へぇー、知らない」
素直に言うと、リチャードは大袈裟に驚いた顔を見せてから言った。
「マジかよ。ルーリーたちのグループでも流行っているだぞ。お前も見た方が良いって!」
ルーリーはクラスの中心メンバーだ。陽気なやつで、たまに俺みたいなやつにすら声をかけてくれる。顔も女子から人気があるタイプだから、誰もがルーリーと仲良くなりたいと思っている。もし、この「無限の異界」について振られて、会話が弾んだりしたら……俺も人気者グループに入れてもらえるかもしれない。
「ふーん。面白いの? どんな感じに?」
俺は下心を察知されないよう、できるだけ興味の薄いふりをしてリチャードに内容を教えてもらおうと思ったが、やつは少し迷ったあと、吐き捨てるように言った。
「とにかく凄いから見ておけって!」
「分かった」
退屈な授業をぼんやりと聞く。来年になれば、俺も高校生だ。できることなら、今のうちからルーリーたちと絡んでおいて、人気者の秘訣を知りたいところだけど……。シアタ現象を見るだけで上手くいくものかな。
俺はちらりと学校で一番人気のある女子、ニコの背中を見た。今日だけで何度目だろうか。でも、彼女が俺の方に視線を向けることは決してないだろう。まぁ……別にそれでいいだんけど。
「ふーん……なるほどなぁ」
俺は帰ってすぐに「無限に異界」を見たけど、確かに面白くて、徹夜で全二十五話を見てしまった。次の日、朝一でリチャードに「無限の異界」を見たと話すと、やつは満足したように頷いてから、こんなことを聞いてきた。
「で、どのシーンがよかった??」
「……えーっと」
どこだろう。そう聞かれてみると、なかなか出てこない。良かったことには良かったんだけど。俺がずっと悩んでいると、リチャードの方が「俺が感動したのはなぁー!」と勝手に語り出したので、それ以上は考える必要はなかった。
「もしかして、ムゲイカの話してる??」
二人で盛り上がっていると、クラス一番の人気者、ルーリーが声をかけてきた。俺もリチャードもテンパって返事が遅れてしまったが、ルーリーは友好的な笑顔を浮かべながら俺たちの傍に座る。
「俺も好きでさー、あのキャラいいよね。剣士の女の子!」
ルーリーを中心に、無限の異界ことムゲイカの魅力を話し合う。まるで、俺は中心人物であるルーリーに認められた気がして、周りにどう見られているのか、気になって仕方がなかった。気のせいか、ニコも俺たちの方を見ている気がしたほどだ。
しかし、それからルーリーが俺たちに声をかけてくるくことはなかった。もう一度、ルーリーに認めてもらえないか。そのヒントを探すため、俺はまた一話からムゲイカを見直したのだが……。
「これなら、俺でも作れるんじゃないの?」
キャラクターを考えて、驚くような展開があって……きっとできるはずだ。俺は執事に命じて、メヂアを作る道具一式を揃えさせ、徹夜を続けて完成させた。真っ先にルーリーに見せれば……。そう思ったが、そんな勇気はなかったので、まずはリチャードに見せる。
「すげえじゃん! マジでムゲイカみたいだ!」
リチャードは理想の反応を見せてくれた。ムゲイカ、というワードにルーリーもこちらを振り向く。
「なになに?? もしかして、メヂア作ったの??」
ルーリーが興味を持ってくれたので、俺は小さな投影機を使ってシアタ現象を映し出す。
「これ、ハリソンが作ったのかよ!? すげえじゃん!」
俺が想像していた以上のことが起こった。ルーリーのリアクションを見て、クラス中の注目が集まったのだ。もちろん、その中にはニコの姿も。
「皆見てみろよ。ハリスンが作ったんだってよ」
そこからメヂアの上映会が始まった。ルーリーが俺の名前を呼んだ。それだけでも奇跡みたいだったのに、クラス全員が俺の作ったものを見ている。もちろん、ニコだって。
「ハリソン凄いね!」
「感動しちゃった」
「素人が作ったとは思えねー」
嬉しかった。今俺が立っている場所が世界の中心。そんな気分だった。その日から、俺の特技はメヂア作りだった。高校も錬金術科があるところに行こうと決めて、必死に勉強に打ち込む。
ただ、あの日以外も俺は自作のメヂアを皆に見せようとしたが、誰も興味を持ってくれなかった。ルーリーどころか、リチャードすらも。
まぁ、いい。今回はたまたま興味を引けなかっただけで、次はもっと凄いものを作れるはずだから。そう意気込む俺だったが、受験も間近になり、メヂア作りに集中する暇はなくなってしまった。
「卒業おめでとー!」
気付けば、中学を卒業していた。クラスの中で錬金術科のある学校に行くのは俺だけ。全員とお別れだった。
俺はもう会えないであろう、ニコの方を見る。彼女はルーリーと一緒に写真を撮っていた。後で聞いた話によると、ルーリーとニコは付き合っていたそうだ。さらに、その後に聞いた話によると、高校に進学して間もなく、二人は別れたそうだけど……
まぁ、いい。だって、俺には関係のない世界のことなのだから。
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