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サイコロジ・ダイブ

それから、トウコは黙ってメヂアの作成に取り掛かった。納期まで時間がない。それが原動力になったのだろう。工房を閉める時間になったが、まだ作業が終わらないらしく、レーナは彼女に付き合うことにした。


「……私、今の環境に甘えていたのかも」


黙々と作業を続けていたトウコが唐突に呟いたので、レーナはタラミを撫でながら黙って耳を傾けた。



「レーナちゃんもゼノアくんも、私の創作を褒めてくれるし、集中して作業できるように支えてくれる。売上もあって食べていけるし、何となくこのままでも良いって思っていたのかもしれない。けど、違うんだよね」


「違うって……何が?」


「私が目指しているメヂアは、自分の生活のためじゃない。ノノア先生やお母さんみたいに……たくさんの人を感動させる、そういうものなんだ」


「今だって頑張っているじゃねえか」



トウコは首を横に振る。



「そのためには、自分とは何の関係性もない人だって感動させなくちゃいけないんだ。今回みたいに、上手くできないからって、甘えて駄々こねて、二人を困らせているようじゃ、まだまだだよね」



レーナは苦笑いを浮かべる。確かに昼間のトウコは厄介だった、と。その空気を感じたのか、トウコも照れたように笑みを零した。



「万人が喜ぶようなメヂアを作らないと。そうじゃないと、私もミューズの楽園にこもっている人と変わらないよ」


「無理すんなよ」


「うーん。私がもっと無理してたらそう言ってあげてね」



そこから、トウコとタラミの夜食を作り、NHアーカイブで流行っているクリエイタのシアタ現象を見て、時間を潰すレーナだったが、いつの間にか眠りについてしまうのだった。




かすかに聞こえてくるレーナの寝息を耳にしながら、トウコはメヂアを作り続ける。もしかしたら、レーナから見たら、自分は淡々と作業しているように見えたかもしれない。しかし、実際は自信がなくて焦っていた。


万人受けするメヂアってなんだろう。きっとこうだ。それを少しずつ手繰り寄せて形にしていく。だが、ふと手を取って自分の描いたものを振り返ってみると……。



「……これ、ちゃんとできているのかな?」



どこに魅力があるのか、自分ですら分からない。これでは不安が膨らむだけだ。例え完成させたとしても、評価してくれる人がいるのだろうか。だが、万人受けしている、NHアーカイブで人気の作品を参考に、自分のイメージを膨らまそうとすると、この形に収まってしまうのだ。



「自分が納得できないものが、他人を納得させられるのかな……?」



だとしたら、作り直すべきだろうか。しかし、何をどこから直すべきなのだろう。分からない。思考は何度も繰り返し、ただ時間ばかり過ぎていくみたいだ。焦っても焦っても、一歩たりとも進みやしない。



「それでも、納期があるし……」



とにかく、完成させてみよう。そうすれば、何かが見えるかもしれない。そして、ハリスンの精神にダイブすれば、調整すべき箇所も分かってくるはず。まずは完成させること。闇夜はトウコの葛藤を吸いつくすようにして、少しずつ光へ変化していった。





貴族の秘書が提示した納期当日になっても、トウコはメヂアの調整をやめなかった。しかし、約束の時間まで残り十分となったところで、トウコは手を止めると、腕を組んで考え込むように黙り込むその切迫した様子は、レーナですら声をかけられないくらいだった。



「では、お願いします」



そして、約束の時間になって秘書が現れた。彼に連れられたハリスンは相変わらず虚ろで、顔を上げることすらないため、表情すら分からない。トウコは完成させたメヂアを手に、椅子に座ったハリスンの前に立つ。だが、不安のあまり振り返ってレーナとゼノアを見た。二人は背中を押すように頷くか、不安は消えなかった。



「ウィスティリアさん?」



秘書が睨むようにこちらを見る。早くしろ、と言っているのだろう。トウコは頷いてから、ハリスンの膝の上にメヂアを置いた。本当にこれでいいのだろうか。ノノアの言葉を思い出す。



――作り手が見せたいものを見せる。メヂアって、そういうものでしょ?



今の自分はそれができているのだろうか。でも、彼はこうも言っていた。



――際にお金を払って見る人に伝わらなかったら、意味ないから。



私はこの人に……何を伝えられるのだろう。本当に伝えられるのだろうか。ハリスンの目から、トウコは何も感じられなかった。それでも、ダイブすれば何かが分かるはず。トウコは祈るように手を組んで、数秒だけ覚悟を決めるために時間を使った。そして、決意した彼女は目を開ける。



「それじゃあ、サイコロジダイブを始めます」



目の前に広がるのは黒い海だ。得体が知れず、飛び込むには勇気が必要だった。それでも、彼女は踏み出さなければならない。自分が目指す錬金術師になるためにも、彼を知り、多くの共感を得られる作品を完成されるのだ。トウコは黒い海へ飛び込む。そして、ハリスンの精神に触れるのだった。

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くれくれー!!

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― 新着の感想 ―
創作って自分と周囲の認識のズレ、ありますよね…私は羨ましく思っていても、ご本人は辛くてたまらない、みたいな。すごい才能だと思うし、大好きだし、正直言ったら「同じ題材は書けない、無理」って怖いくらい。で…
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