一緒に悩んでね?
しかし、結果から言うとスバルの調査も空振りに終わった。ユズの素性も、ミューズの楽園の痕跡も、見つからなかったらしい。
「で、これがお詫びの品として届きました」
ゼノアが段ボールを机の上に置く。スバルの調査結果がダイレクトメールで送られてきた翌日、ウィスティリア魔石工房に届いたのである。
「冷凍ってことは食品みたいだな。どれどれ」
割と厳重にガムテープで止められているが、レーナは滞りなく中身を確認した。
「お、肉だ。ステーキ肉じゃないか??」
どうやら、スバルはレーナが喜ぶものを分かっていたらしい。隣で様子を見守っていたトウコだが、段ボールの底に何かがあることに気付いた。
「あ、手紙が入っているよ?」
「なんだって?」
トウコに読み上げるよう促しているらしいが、恐らくはレーナに宛てたものだ。勝手に読むのは気が引ける。が、スバルが堂々と愛を綴っていたとしたら……。トウコは誘惑に負けて、手紙の中身を確認してしまった。
「……昔、先輩が喜んで食べていたドラゴンの肉を仕入れました。お役に立てませんでしたが、どうかご賞味ください、だって」
「おおお!! マジかよ、懐かしいな。あいつ、思ったより気が利くじゃねえか」
ウキウキで肉を冷凍庫に入れるレーナを見て、トウコは思った。スバルくんが奥ゆかしい人でよかった、と。もし、彼の性格がまともだったら……いや、少し積極性のある人間だったら、レーナも結婚を決意していてもおかしくないからだ。
「それにしても……」
ゼノアが腕を組んで困り果てた顔を見せる。
「ユズ、という人物については何も分かりませんでしたね」
そうだった。本題はそっちなのだ。
「そうだね。その辺の正体が分かれば、不安なくメヂアを作れたかもしれないけど……。仕方がない。やれることをやろう」
そこから、トウコはシアタ現象の作成に取り掛かるが、少しも上手く行かなかった。彼女の創作はいつも上手く行っていないが、いつも以上に手が動かないのだ。
「ダメだ。少しも進まない……。どうしよう」
思わず溜め息を吐くトウコに、レーナは首を傾げる。
「いつもなら、この辺のタイミングでエンジンかかるのにな」
その通りだ。だが、原因は分かっている。
「何て言うかさ……共感できないんだよ。気持ちが入らない、って言い換えられるかなぁ」
「どういうことだ?」
トウコは深く溜め息を吐いてから説明する。
「最近さ、けっこう忙しく仕事が入ってきたじゃん? だから、頭の中にあったイメージをどんどん外に出しちゃったんだよね。これまでは依頼人に共感できなくても、頭の中にあったイメージで、それを賄って、逆にストックがないときは、依頼人に共感した部分をイメージに変えてきたんだけど……」
トウコは天井を見上げる。そこには何もない。まるで自分の頭の中みたいだ。
「今回はどっちもない状態なんだよ。これじゃあ、メヂア作れない!」
天井を見上げたまま、バンッと机を叩くトウコ。
「クリエイタだったら、誰でもネタが枯渇することもあるかもしれないよ。だけどさ、クリエイタであれば、そんな状況だってアイディアを出さないと。ううん、出せる人間がクリエイタなんだよ! でも、私は少しもアイディアが出てこないってことはさー! クリエイタ失格ってことだよねーーー!!」
「お、落ち着けよ」
レーナの言葉もむなしく、トウコはそこから天井を見上げたまま「あーーー」と乾いた音声を発するだけの機械となってしまった。これには、レーナもゼノアも見ないふりを続けるしかなかったが、このままではトウコだけでなく、工房にいる全員の気がおかしくなりそうである。
「そうだ!」
突破する手段を思いついたのはレーナだった。
「スバルが送ってきた肉を食おう! 美味いものを食えば気分展開になるし、良いアイディアも思いつくかもしれないぞ! ゼノア、どんどんドンキーでホットプレートを買ってこい! 私は肉を解凍しておく!」
「分かりました!!」
いつもなら「なんで僕が」と嫌な顔をするゼノアも、この時ばかりは素直に言うことを聞いた。しかし、トウコの方は一筋縄ではいかない。
「ねぇ、レーナちゃん。気分転換すれば何とかなる、って慰め、私は嫌いなんだよね。それって、一緒に悩むのが嫌になった人の常套句としか思えないんだよ、私は。つまり、お前の悩みは面倒だから、取り敢えずお肉でも食べよう、って言ったんだよ、レーナちゃんは」
「そ、そんなことねえよ」
「じゃあ、お肉食べても私が何も思いつかなかったら、一緒に考えてくれる?? 良いアイディア出るまで一緒に苦しんでくれるの!?」
「あ、あわわわ」
人を呪うような形相で詰め寄るトウコに、さすがのレーナも恐怖を感じる。こんなことなら、ホットプレートを買いに行った方がマシだった、と。ただ、幸いなことにゼノアが時間をかけずに帰ってきてくれた。
「買ってきました! さぁ、お肉食べましょう!!」
「よくやったぞ、ゼノア! さぁさぁ、私が肉を焼くから、トウコは座ってろ。ほら、お前が好きなロースンのカフェオレだぞ。甘いやつだ」
トウコは眉間にシワを寄せつつも、カフェオレを吸って大人しくしている。その間に、レーナは例のステーキを焼くのだった。そして、トウコはレーナを睨み付けたまま、目の前に出された肉を口に運ぶのだが……。
「レーナちゃん、美味しいよぉ。ほんと焼き加減も最高!!」
「だ、だろ? よかったぁ」
大満足するトウコに、ほっとするレーナ。無事に気を紛らわせ、落ち着いた気持ちで肉を堪能できると思ったが、どこか違和感があった。
「美味いことには美味いけど、何かが足りねえ気がするな」
「えー、こんなに美味しいのに??」
首を傾げるレーナだったが、ゼノアだけは彼女が物足りない、という原因を理解していた。
「レーナさん、いつだか魔族を拷問しながらドラゴンの肉を食べてた、って言ってましたよね?」
「あー? 確かにそんなことあったな。それがどうした?」
「……いえ、何でも」
レーナにとって、最高のスパイスがあった。しかし、ゼノアは彼女のためにも、それを思い出させるような発言は控えたようだった。
感想!リアクション!!
くれくれー!!




