返信の早さは愛の重さ
翌日、秘書に連行されるようにして、ハリスンがウィスティリア魔石工房にやってきた。秘書は言う。
「もちろん、依頼料は払います。また、あの方のご子息がデプレッシャ化目前まで追いつめられた、という噂が立つのも困るので、今回も他言は無用でお願いします」
もし、ウィスティリア魔石工房から噂が漏れてしまったら……という部分については、省略したらしい。
「分かりました。では、まず症状を見てみますね」
工房の奥、本来ならトウコが魔石を加工するために使っているスペースに椅子を置き、ハリスンを座らせた。さっそくハリスンが溜め込む呪いの量を確かめるが、トウコは違和感を抱いたのか目を細めている。
「……うーん」
「どうしたんですか?」
小声で尋ねるゼノアの耳元に顔を寄せる。
「おかしいんだよね。呪いの量としては、そこまで多くないんだけど、確かにデプレッシャ化の兆候はあるんだよ。こんなの初めてで」
「浄化するために足りないものとか、あるんですか?」
「それはないと思うけど……不安ではあるかな。こんな経験ないから」
密談を済ませて、トウコはハリスンの顔を覗き込む。
「視界はどんな感じですか? 雪が降るみたいに白いものが見えるかな?」
「……」
ハリスンは返事どころか、視線すら動かさない。
一度、ハリスンをゼノアに任せ、トウコは工房の出入り口の前で待機していた秘書の方に質問することにした。
「あの、彼って何か悩み事があったのでしょうか? その、クリエイタを目指すっていう夢が上手く行っていない、っていう悩み以外で」
秘書の男は考え込む様子を見せることなく、ほとんど反射的に首を横に振った。
「私は子守ではないので。その辺りは、一切感知していません」
だとすれば、手がかりが少なすぎる。一度、ダイブして彼の精神状態を確かめた方がいいのだろうか。とは言え、無暗にダイブするのもプライバシーの侵害だと問題になる恐れもある。途方に暮れたように、固まっているとレーナが疑問を口にした。
「やっぱり、クリエイタの活動が上手く行ってないことが原因なんじゃないのか? 何をそこまで迷っているんだよ」
「クリエイタっていうか、錬金術の心得がある人間は、デプレッシャ化しにくいんだよ。特に、クリエイタに関する悩みに関しては、別腹みたいな感じで溜め込むだけ溜め込めるんだけど……ハリソンくんは、そういうレベルに至らず、デプレッシャ化の症状が出ている。呪いの量が少ないってことは、浄化も簡単だとは思うんだけど、なんか嫌な予感がするんだよね……」
レーナは黙っているが、同じように不気味な何かを感じているように見えた。もしかして、ミューズの楽園で過ごした日々の中、似たような雰囲気を感じたのだろうか。
「ゼノアくんに調べてもらおうか。その、ユズさんって人のこと」
「そうだな。ただ、調べたところで意味があるかどうか……」
この日は秘書とハリスンには帰ってもらうことにした。彼専用のメヂアを作る必要があったからだ。三人だけになったところで、ゼノアにユズの調査を頼むが……。
「ユズというクリエイタは、少しも出てこないですね」
ゼノアもお手上げらしく、トウコも小さく唸りながら肩を落とすしかなかった。
「まぁ、誰もが本名で活動しているとは限らないからね」
「どうだろうな……」
レーナはそれ以上に不吉な何かを感じているらしい。
「あのミューズの楽園は、ユズがいなくなると同時に、すべてが消え去っていた。そこには、強い意志を感じたんだ。目的を果たすためなら、どこまでも徹底してみせる。そんな意志だ。……あいつは、これから何かを起こすつもりに違いない」
「騎士団に報告した方がいいのかな?」
トウコの意見に、ゼノアが顔を歪める。
「前回の脅迫事件のときすら、真面目に対応してもらえなかったじゃないですか。こんな雲をつかむような話し、取り合ってくれますかね?」
「じゃあ、タイヨ――」
レーナが何かを言いかけたが、トウコの鋭い視線に口を閉ざす。
妙な沈黙が流れたが、それを遮るようにゼノアがポンッと手を叩いた。
「スバルさんに話を聞いてもらうのはどうですか? レーナさんの後輩なわけですし、少しは調査くらいしてくれるのでは??」
スバルと言えば、騎士によるアイドルグループ、ナイトファイブのリーダーである。国の主導によって活動するグループであるため、騎士団はもちろん、さまざまな組織に顔が効くはずだ。しかし、今度はレーナの方が消極的である。
「あー? 無理無理。私はあいつに恨まれているからな」
門前払い、といった調子で手を振るレーナだが、トウコはそうは思わない。
「じゃあ、スバルくんにレーナちゃんの名前で、ダイレクトメール送っていい??」
「好きにしろよ。どうせシカトだろうけどよ」
トウコがレーナらしい文面を作り、ナイトファイブのリーダーとして運用されている、スバルのSNSアカウントにメッセージを送る。
「あ、一瞬で返信きた! 任せてください、先輩……だってさ!」
「……よくわかんねえ野郎だな」
単純だと思うけど、と心の中で呟くトウコだった。
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