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誰に何を伝える

またも目出し帽をしっかり被り、自室の窓から外に出る。さらに集中力を高めたレーナの気配は、幽霊よりも認識が難しいだろう。それでも、違和感を抱いたのであろうナナミが、気配を探るよう見えない手を伸ばすような感覚があった。


(とは言え、まだまだだな)


ナナミの手を搔い潜り、レーナはAクラスの施設に忍び込む。夜中であるにも関わらず、電気の光が漏れる教室が少なくない。当然のことかもしれないが、Bクラスよりも創作にのめり込む人間が多いのだろう。



施設の配置は他と変わらないようで、すぐに居住者の部屋を見つけることができた。ドアの横にある「ハリスン」という名前をひとつひとつ確認していく。Aクラスに住まう人間は少ないらしく、その名をすぐに見つけ、ドアを開ける。もちろんロックされていたが、ちょっとした小道具を使えば十分だった。



(いない、か……。仕方ない。教室を見ていくしかないな)


ロックをかけなおして、さっき素通りしてしまった教室を確認する。


(見つけた……)



教室の数は決して多くない。すぐに人気のない教室で、一人机に向かう青年の姿を見つけた。


(さて、どうしてやるか)


忍び込んで、気を失わせたら、担いで施設を出て閉まった方がスムーズだろう。しかし、彼女の脳裏に過るユズの顔。



(……少しくらい説明してやるか)


人生をかけて、この施設にやってきたのだ、気付けば、実家に戻されていた……なんてことがあれば、後悔しきれないだろう。せめて、覚悟を決める時間を与えてやるのが、慈悲と言うものだ。レーナは「私も甘いな」と呟いて、教室のドアを開けた。


「だ、だれ??」



突然入ってきた、あきらかに怪しい目出し帽の人物に、例の息子――ハリスンは驚いたようだった。



「誰でもいい。お前の親父さんに依頼されて、連れ戻しにきた。悪いがメヂア作りの夢は諦めろ。覚悟する時間を十秒だけ与えてやるからよ」


「……嫌だ」



ハリスンは怯えているらしく、震えながら立ち上がったせいで、机に置いてあったメヂアが床に落ちると、それはレーナの足元まで転がった。爪先で蹴り飛ばすこともできただろう。しかし、レーナはできなかった。メヂアを避けて、ゆっくりとハリスンへ近付く。



「か、帰ってくれ。僕はクリエイタになるんだ。絶対に……帰らないぞ!?」



震えながらも「絶対」と主張するハリスンを見て、レーナは思い出す。表現したいものがある。そんな信念を語るユズの姿を。



「……何か表現したいものはあるのか?」


「え?」



想像したこともない質問だったのか、ハリスンの表情は固まると、すぐに視線を落として一人で呟いている。どうやら自問自答を始めたらしい。時間を許すはずの十秒は、既に経過していた。


「あるだろう、一つくらい」


急かしてみると、ハリスンは詰まりながらも答えた。



「う、美しいものだ。誰もが感動する、綺麗なシアタ現象だよ!」


「それで、誰に何を伝える?」


「だから、それは……その」



何もないのだろうか。さらに十秒、レーナは待ったが、ハリスンは目を泳がせるばかりだ。この男に信念はないのだろうか。本当にっこいつはAクラスのクリエイタなのだろうか。つい疑いたくなる。もし、その実力を持っているのだとしたら、トウコやユズのようなクリエイタが一方で、彼が認められるというのは、何とも歯がゆい気持ちになってしまう。



「悪いが時間切れだ。今のうちに、夢とおさらばしておけよ」



レーナが一歩詰め寄ると、ハリスンは小さく悲鳴を上げ、机や椅子に足を取られながらも、何とか逃げようとする。これ以上、騒がられたら面倒になるかもしれない。レーナが踏み込もうとしたそのとき、ハリスンが懐から何かを取り出した。



「よ、寄るな!これを……これを使うぞ!!」


ハリスンが手の平に載せ、レーナに見せたもの。それはメヂアだった。闇よりも深い漆黒のメヂア。


「なんだよ、そんなもの……」



メヂアは人の呪いを取り除くもの。この状況でそれを使い、何をしようとするつもりなのだ。


「お前、どういうつもり……」


しかし、レーナの言葉は絶叫に変わる。これまで、歴戦の勇者である彼女ですら、味わったことのない痛みが彼女を襲ったのだ。

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