その気持ち、わかる!!
さっそくBクラスの教室入りするレーナだったが、そこはさらなる異界だった。
「もうやだぁぁぁーーー!」
前の席に座っていた男が急に立ち上がり、教室を出て行ってしまう。しかし、五分もしないうちに戻ってくると、またメヂアをいじり始めていた。これだけではない。
「どうせ私のメヂアなんて誰も興味ありませんよ。なのに、どうして一日中こんな石ころを向き合っているの? やめればいいじゃん! やめればいいじゃん私!」
隣に座る女は自分自身に憤りを感じているが、手は止めることなく、作業を続けている。さらに、その隣の男は、一人でぶつぶつ呟いているようだ。
「僕はランキングなんて信用しませんよ。あれ、操作だから。あと一部の信者に持ち上げられているやつだけ。メヂアの商業化に成功したやつらはいいよ。アップするだけで簡単にポイント付くんだからさ。絶対僕のメヂアの方がクオリティ高いのに。間違ってますよ。あー、もうやめようかな」
誰もが息を吸うようにネガティブな言葉を吐いている。しかも、誰かの反応を求めているわけでもないらしい。教室のそこら中で、呪詛のような言葉が沸き上がる様は確かに異様なのだが……。
(トウコだ。トウコがたくさんいる!!)
レーナの驚きは少しばかり変わったものだった。
(あいつも、しょっちゅう一人でぶつぶつ文句言っているけど、頭がおかしいわけじゃなかったんだな)
そんな結論に至った矢先、一人が奇声を上げながら、掃除用具入れを開けて、バケツを被りながら急に転倒する。あれを見てしまったら、どうしても……。
(やっぱり、トウコも頭おかしいのかも……)
そんな結論に至ってしまうのだった。
その夜、前回以上に注意深く、Aクラスの施設までの経路を確認する。途中、ナナミの気配を感じたが、今度は気付かれていないようだ。
(ちょっと前に山籠もりした甲斐があったな)
レーナは少し前の事件で、自分を研ぎ直したことを思い出す。そのおかげで、気配の察知もかなり敏感になっているようだ。
(よし、やっぱりこの前より近い。これなら、次はスムーズに侵入できるぞ)
このまま潜入しても問題ないかもしれない。それでも、レーナは慎重を期して翌日を選んだ。また、朝が来て初めてBクラスの人々と一緒に農作業に取り組む。
(こいつら、Cクラスの連中よりも身が入ってないな。しかも、あからさまに……)
誰もが、作業に本気ではない。むしろ、ぶつぶつと呟いているから、きっと創作のことを考えているのだろう。
(まぁ……こんな場所にこもってるくらいなんだから、そっちが正しいのかもな)
納得はするものの、やはり居心地の悪さを感じる。自分が異物のように思えるからだ。いや、異物は向こうのはずなのに。
(ユズのやつは、ちゃんとやっているのかなぁ)
環境が変わって、やっとユズの存在が有難いものだった、と理解する。確かに、温度の近い人間が近くにいる、というのは生きやすい環境を作ってくれるのかもしれない。
朝が終わると、今度は教室で創作活動に勤しむが、昨日と同じ光景が広がるだけ。ただ、少しだけ冷静にこんなことを思えた。
(トウコに見せてやれたら、喜んだかもしれないな)
ふと気付く。トウコにとっては教室にいるやつらの方が同じ温度なのだ。となると、彼女は自分たちと一緒にいても孤独を感じていたのだろうか。かと言って、自分にはどうすることもできない。
(ここにきて、無駄に色々と考えさせられている気がするな……)
ただ、その軸にいる存在はトウコ。それは環境が変わっても……ということらしい。夜になって食堂へ向かうと、ユズの姿があった。
「レイミちゃん! なんだか久しぶりな気がするわね」
「そんなことないだろ」
そう言いつつも、ユズの顔を見て安心する自分に気付く。そこからは、レーナはBクラスの様子をユズに話した。彼女は大笑いするが、少しずつ表情が暗いものに変化していく。
「……そっちはどうだ?」
何かあったのだろうか、と確認すると、ユズは無理に笑顔を作りながら頷いた。
「やっぱり、上手く行かなくて。私、才能ないんだなって思い知らされちゃった。人生捨てたつもりでここにきたのに、どうしたのものかな……って」
やっぱり、ユズもクリエイタなのだろう。レーナが知る限り、クリエイタは自らの才能を疑い続けるのだ。また、ユズはこんなことも言う。
「表現したいものはある。だけど、少しもイメージが形にならなくて。私ね、才能はなくても、これだけは形にしたいってものがあるのは、誰にも負けてないって思っているの。信念と言ってもいい。この信念が壊れない間は、やめる気はないのだけれど……」
ユズは言いかけて視線を上げると、どこか遠くを見つめながら呟く。
「選ばなかった道を想像すると、色々と考えちゃうの。恋人がいるとか、結婚するとか、子どもがいたりして……。そしたら、メヂアを捨てたことを後悔しないくらい、幸福なのかな?」
もしかしたら、あり得たかもしれない自分。それに思いを馳せるユズの目は、どこまで遠くを眺めているようだったが……。
「そ、そ、それは……」
歪んでいくレーナの顔を見て、驚きのあまり、ユズの美しい「もしも」は途切れてしまったようだ。
「な、なに??」
「分かる!」
「え??」
「分かる。分かるよ。結婚してみたいよね、イケメンと!!」
「……そういうこと言っているわけじゃないんだけど」
こうして、レーナは夜を迎え、Aクラスの施設へ潜入することになった。
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