二人目の容疑者
「これも聞いたことある名前だな」
レーナの率直な感想にゼノアは頷く。
「NHアーカイブのランキングに入るようなクリエイタですからね。昔はトウコさんと交流もあったそうです」
そういえば、トウコは少し前まで積極的にSNSをやっていたと聞く。そのときには友人のような距離感のクリエイタもいたとか。このマユという人物もその一人らしい。
「ラインキング入りして、人気のクリエイタになってからはトウコさんと交流がなくなってしまったそうです。僕が見る限り、ランキングに入るような、自分と同等のクリエイタにしか興味がない、といった感じの態度ですね」
「ふーん。じゃあ、トウコのことは気にしていないんじゃないか?」
「だと良いんですけど、ウィスティリア魔石工房がミカちゃんに紹介されたあたりから、ちょっと様子がおかしくなって」
「どういうことだ?」
「これ見てください」
次にゼノアが見せたのは、マユのSNSに投稿した短文だった。
『巨人の背中の上で見た景色は、一時のものでしかない。偽物はすぐに消える、と私は知っている。なぜなら、私は自分の足でここまで昇ってきたのだから』
レーナは二度呼んでみたが、マユの言いたいことが理解できなかった。
「つまり、どういうことだ?」
「だから、有名人に協力してもらって露出が増えたとしても、実力がなければすぐに消えてしまうって言いたいわけですよ。自分は実力でのし上がったから、そういうやつらとは違うって」
「……トウコのことを言いたいのか?」
「たぶん。投稿のタイミングもミカちゃんのおかげで、ウチがバズっているときでしたから。見ててプライドが傷付けられたんでしょう」
「あのクソ聖女に取り上げられたことだって、トウコの実力だろ!」
「僕だってそう思いますけど、背景も理解しようとせず、嫌な捉え方をする人間は山ほどいるものです。疑わしい点はまだあります」
ゼノアは次にマユのSNSをフォローするアカウントの一覧を表示した。
「見てください、これ。例の脅迫アカウントと同じフォロワーが三人もいるんですよ」
「……さっきから分かりにくいんだよ。だから何だってところを説明しろ!」
「えーっと……裏のアカウントを作っても、表のアカウントで仲良かった人とつながる人がほとんどなんですよ。で、この共通のフォロワーはマユと仲が良いし、この巨人がどうとかって投稿に対しても共感のコメントを寄せているんです」
理解したレーナはすぐに結論を出した。
「よし、ぶっ殺そう。こいつはどこにいる?」
「だから、まだ憶測の域を出ないんですって。決定的な何かが分かってから、自白させるのが一番ですよ」
「大丈夫だ。私は魔王城の場所を聞き出すために、魔族の幹部どもを拷問した経験もある。すぐに吐かせるさ」
レーナの凶悪な笑みを見て背筋を凍らせるゼノアだったが、奥からトウコが顔を出した。
「二人とも何しているの?? もうちょっとでいいから静かにしてもらえないかな」
「あ、すみません。つい……」
どうやら二人の声がうるさくて集中力が切れてしまったらしい。トウコはお茶を入れると、その流れでゼノアのパソコンを覗き込んだ。
「……もしかして、まだ犯人探しを続けているの? しかも、シノノメさんとマユさんを容疑者扱いしてない??」
「そ、それは……」
ゼノアとレーナの反応を見て、トウコは二人を睨みつける。
「証拠もないのに疑っちゃダメだよ。しかも、シノノメさんとマユさんは昔から私の気持ちを支えてくれた人なんだから」
「でもよ、トウコ。ゼノアの説明を聞くと、どっちも怪しく思えるぞ? お前に危害を加える気があるやつなら、今のうちに絞めておくべきだろ」
「だから、二人が関係しているとは限らないし、昨日の事件もただのひったくりなの。この話は終わり。もう二人のことを調べたりしないでね」
どうやらトウコの意思は強いようだが、レーナだって簡単に退ける問題ではなかった。
「トウコ、お前は人が良すぎる。人間の悪意ってものは、思ってもない角度から理不尽に向けられるものだ。信じれば信じるほど痛い目を見ることだってあるんだぞ」
レーナの助言に振り返るトウコだが、その目は彼女にしてみると珍しい、鋭いものだった。
「私たちは人の心を癒す仕事だよ。人の悪いところばかり見るのはおかしいでしょ」
「……本当にそう思うか?」
その問いかけにトウコは答えることなく、奥の方へ消えてしまった。
「……どうします?」
二人の間に流れた不穏な空気を感じ、ゼノアも不安らしいが、レーナは軽く溜め息を吐き、それほど気に病んでいるわけでもなさそうだ。
「お前はしばらく容疑者二人の動向を伺っていてくれ。私はトウコの守りに徹する」
「分かりました……!」
その日、レーナはトウコと一緒に帰ると行ったが、断られてしまった。危ないから、と言っても耳を貸さない。どうやら、創作仲間を否定されたことが引っかかっているらしい。
「じゃあ、私帰るから。レーナちゃんも自分の家で休んでね」
「あいよ」
しかし、そういうわけにもいかず、レーナはこっそりとトウコの護衛を続けるのだった。
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