169 天下統一
ルーミーは思わず、口を右手で押さえた。何かを言うことも憚られるという顔だ。
すぐに俺の近くにいたルーミー側の兵士たちがハッセを拘束する。短剣も取り上げた。
「待ってくれ! こんなものは知らない! 本当に何も知らない! 私は無実だ!」
ハッセは叫ぶ。
そうだろう。
その言葉は一点の瑕疵もなく事実なのだから。
短剣はこちらで仕組ませてもらった。すでにハッセの側の関係者は買収してある。厳密には、俺の側についている者が何人も王都に残っていたというほうが正しい。
陰謀はヤーンハーンが俺のところに遣わされた時に取り決めた。
ハッセは俺の愛人であるヤーンハーンならば、穏便に話をつけてくれるだろうと思っていたようだが、まったくの逆だ。
俺の都合がいいように事を運ぶことができた。
突然のことで、こちらに切りかかってくる者もいるかと危惧していたが、それもない。武人でハッセに従っている者はこの部屋にはいないのだ。
文官が何人いようと、この俺一人で全員切り伏せることができる。
俺はハッセの前に出て、拘束され、中腰のようになっている彼を見下ろした。
「前王、残念です。もはや、すべては終わったというのに、一時の自己満足のために、実の妹を手にかけようとしたのですか?」
「違う、違う! 私はこんなこと何も知らな――」
そのハッセの声を俺が打ち消す。
「ルーミー一世陛下がどうして王都に攻め入るのをここまで先延ばしにしたと思っているのです? それは前王を傷つける可能性を少しでも減らしたかったからです。マウスト城からすぐにでも王都に攻め込んで、あなたを殺すことすらできたのに、それをしなかったのですよ」
俺は長口上を続ける。蔑んだ瞳でハッセを見下ろし続ける。
本当にハッセを愚かだと思っているからできることだ。
「あなたは咎人です」
俺はゆっくりと、転がったままになっている王冠を拾い上げた。
「ひとまず、投獄させていただく。沙汰は追って行いますので、そのつもりで」
ハッセを捕まえている兵士たちは、ハッセを立ち上がらせると、部屋の外へと出ていった。
騒然とした空気はまだ消えないが、文句を言えるほどの気骨がある者はいない。
「大変なことになりましたね、陛下。戴冠の儀は、いかがいたしましょう?」
俺はルーミーに問いかける。
答えはすでに出ていることを。
「ショックは大きいですが、王国を立て直すためにも、戴冠の儀は続けたいと思います。この場で、最も地位の高い摂政のあなたが代理を」
「かしこまりました」
俺はその王冠を初めてまじまじと見た。金と銀の細工はほとんど表に出ていなかったためか、剥落することもなく残っている。これを俺は長い間、求めていたのか。
両手で王冠を持つと、少し頭を下げたルーミーにかぶせた。
その瞬間、ルーミーが正式にサーウィル王国の王となった。
「おめでとうございます、陛下」
なかば芝居であったはずなのに、俺は泣きそうになっていた。
ついに国を統一したんだ。しがない田舎領主の次男坊の地位から。
――お前こそ、おめでとうだ。
頭の中からも祝福する声が聞こえてきた。
――ようやくやり遂げおったな。思ったよりも早く到達したではないか。これもワシがついておったおかげだな。
ああ、それを否定する気はないさ。
オダノブナガがいなければ、砦を守っている時に討ち死にしていただろう。名前すら後世に伝わらず、終わっていたかもしれない。
ある意味、俺はあそこで一度死んだ。
そこから先は第二の人生だ。その第二の人生で俺はここまでやり遂げた。
「お疲れ様でした、あなた」
ルーミーも目に涙を浮かべていた。
自分の兄をこのような形で追い立てるようなことになったのだから、複雑な気持ちもあるだろう。それでもルーミーはこの策に乗ってくれた。
本音を言えば、この場でルーミーを抱きしめたかった。
それが百万の言葉を尽くすよりもずっと意味があると思った。
だが、それをやるわけにはいかない。今は公の場だ。夫と妻として、ここにいるわけじゃない。
「まだまだやらなければいけないことは山とあります。陛下、今後ともよろしくお願いいたします」
「はい。摂政閣下にもご迷惑をおかけするかもしれませんが、わたくしを支えてくださいね」
この日、約百年ぶりに国内での戦乱が一度、ぴたりとやんだ。
俺は今後、何があろうと今日のことをきっと忘れないと思う。
あと、俺がやらないといけないのは自分が正式に王になることぐらいか。
とはいえ、それはしばらく時間を置くべきだろう。
俺はすでに天下をとった。オダノブナガの価値観からすれば、確実に天下人なのだから。
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