ヤシロの健闘
午後2時からシド+ライトとの戦闘訓練が始まる。
この昼食の時間に対策を考え付かなければ、何もできずにボロ負けするのは目に見えていた。
全員で顔を突き合わせ、作戦を考える。
「この場合はこう動けばライトからの攻撃は防げるんじゃないか?」
「でもシドさんを野放しにしちゃうよ?1人やられた時点で全滅まで待ったなしだよ」
「ん~シド君はレオナさんとヤシロさんに任せるのはどうだろう?」
「・・・どうだろうな。ユキの索敵を信じない訳じゃないが、ライトの動きも速い。一旦見失うとあの湾曲射撃でボコボコにされるぞ?」
「そうですよね・・・・全員でライトに突っ込んでみます?」
「でも最初に接敵するのはシド君だよね?彼を躱してライト君に突撃しても後ろから撃たれてゲームオーバーじゃない?」
「・・・・・・・無理ゲーじゃない?これ」
皆がそれぞれ案を出すが、良い対策は浮かばない。
ヤシロの戦闘能力を当て込んでも、なかなか厳しい戦闘になることは間違いなかった。
その様子を、初体験のヤシロとリンは不思議そうに眺めるのだった。
「なあ、そんなにあいつ等は強いのか?」
ヤシロはそう質問を投げかける。その言葉にはレオナが代表して答えた。
「強いね。ヤシロが強化外装着てるなら話は変わって来るけど、この装備と非殺傷弾じゃどう戦っていいか分からない位に」
その言葉にリンが反応する。
「ええっと、皆さん現役のワーカーですよね?ランクまではお聞きしていませんでしたが、かなりの実力をお持ちと思うのですが・・・」
「俺達もそこそこ戦えるとは思っているよ。でも、相手は普通のワーカーじゃないんだ。1人はハンター5の圧倒的な投射量で撃って来る上に、障害物を躱す感じで弾丸を曲げてくる。もう1人は物凄い速度で動き回る上に、恐らく弾丸を視認してから回避できるみたいなんだ」
ラインハルトがライトとシドの戦闘スタイルをリンとヤシロに教える。
「要するに、バケモノ2人と模擬戦をする事になる。シド君に集中すると、射線の通らない所から一方的に弾丸の雨が飛んで来るし、ライト君を狙えばシド君が高速移動をしながら高精度の精密射撃で撃ち込んでくる。これを攻略できる方法が分からないんだよ」
「そうなんだよな~・・・シドさんに至ってはある意味無敵状態だろ?スナイパーライフルの威力で胸に撃ち込まれてもピンピンしてるんだぜ?アサルトライフルの威力じゃ実弾でも使わないとダメージ受けないんじゃないか?」
タカヤの言葉に、全員が顔をしかめる。
そうなのだ、ライトの耐久力はまだ分からないが、シドの場合攻撃を命中させても効かない可能性が高い。その上高速で狙いづらい上に、高度な連携で回避不能な攻撃を行わなければ当てられない。
ゲームでもここまで理不尽な存在は登場しないだろう。
リンは目を丸くして皆の話を聞いている。
「・・・そんな人間いるんですか?」
「いや俺はあの人を人間とは認めない」
あんまりな言い様だが、タカヤの言葉に全員が深くうなずく。
「ライト君もその域に片足突っ込んでるよ・・・」
レオナがそうライトの事を評価し、ユキも渋顔で同意した。
全員を広範囲索敵で感知しながら、同時に4人を正確に湾曲射撃で狙ってくるのだ。エネルギーシールドを使って跳弾を行う時点であり得ないと思っているのに、恐ろしい精度でそれを行ってくる。
岩場に隠れることも禁じられ、移動していれば縦横無尽に動き回るシドに狙い打たれてしまう。
こうして見ると、模擬戦が始まる前に既に詰んでいた。
「これはもう、一当てするしかないんじゃないか?玉砕覚悟で。死ぬわけじゃないし・・・」
キサラギの言葉が一番適しているように思われる。
「リン・・・って言ったかな?君も覚悟しておけよ。今のファーレン遺跡の中層奥部じゃ、アイツ等が必死にならないと勝てない様なモンスターが出てくるみたいだからな。ダゴラ都市でワーカーをやるにはアイツ等と同等クラスまで成長するって気概が要ると思うぞ」
この場で唯一ワーカーでは無いキサラギは、ワーカーとして活動しようとしているリンに忠告する。
リンはその言葉に生唾を飲み込み、この後の模擬戦は非常に厳しい物なのだと覚悟を決める。
すると、訓練再開を言い渡す為にシドとライトが近づいてきた。
「そろそろ2時だ。全員、装備を整えてくれ」
来たか!と緊張を高めるメンバー達。
だが、レオナはライトの装備が可笑しい事に気づく。
「ちょ、ちょっと・・・ライト君それどうなってるの?」
レオナの声に全員がライトに視線を向けると、目を見開いた。
ライトは両腕にハンター5を装備しており、それ自体は昨日と変化はない。しかし、ライトの背後ではアサルトライフルが2丁空中に浮かんでいたのだった。
「ああ、これですか?エネルギーシールドで保持してるんです。だいぶん形になって来たんで試してみようかと。ヤシロさんも参加しますし」
笑顔でそういうライト。可愛らしいはずのライトの笑顔が今では悪魔の微笑みに見える。
「じゃ、そろそろ始めようか。今回は初模擬戦参加の人もいるから荷物は無しで行こうと思う」
シドがそういうとキサラギがストップをかける。
「待て待て待て!あれ以上弾幕が増えるのか?!」
「ハンター5より威力も連射力も落ちますよ。荒野用の銃ですし」
ライトは ほらっと言う感じにアサルトライフルを前に出してくる。
それは確かに、シドがクソザコ銃と呼んでいるファクター205だった。しかし、問題はそこでは無い。ライトの最大投射量が増えることが問題なのであった。
「まだハンター5ほど慣れてる訳じゃないから結構難しいけど、ボクの訓練でもあるしね」
しかし、そう言われてしまえば対応できないのでやめて下さいとは言えない。全員が口を閉じ、模擬戦の準備を始めた。
「それじゃー10分後に俺達は動くから、いつも通りにやってくれ」
シドが開始の合図を出し、全員が岩場の中へ駆け込んでいく。
「ヤシロ。あんたはリンの面倒を見てあげなよ。そして、最後まで倒れない事」
「お?おう、まあそのつもりだが・・・」
「本当にお願い。私があんたを巻き込んだからシド君とライト君を同時に相手する事になっちゃったんだ・・・・あんたが早々に退場したら皆に申し訳が立たないんだよ」
相棒のレオナに自分が負けると評価されたことに少し腹を立てるヤシロ。
(絶対やられねーよ!)
心の中でそう思うヤシロだったが、戦闘が始まるとレオナが心配した理由を思い知ることになった。
(なんなんだコイツ等!!!)
ヤシロはシドとライトに追い回されながら必死に反撃していた。
模擬戦が開始されてから20分は経過している。すでに他の9人はキル判定を受けてしまい。こちらの人員はヤシロのみとなっていた。
最初にライトと接敵したら陰に隠れるのでは無く、とにかく逃げ回れとレオナに教えてもらっていなければ早々にリタイアしていただろう。
今でもヤシロからは感知できない場所から無数の弾丸が飛んで来る。
射撃音がしたら直ぐに今いる場所から移動し、高速で跳ね回りながらヤシロを狙ってくるシドを牽制する。
(ヤバいヤバいヤバい!マジでヤられる!)
ヤシロは意地と根性で戦場を駆け回る。
何発かシドとライトの銃弾を食らっているが、口の中に含ませていた回復薬を飲み込みなんとかやり過ごしていた。
しかし、ヤシロは今までの戦闘経験からシドとライトのクセの様な物を掴みかけている。
シドの場合は、正確に隙を見出し、攻撃を仕掛けて来ており、意図的に隙を作ってやれば何処からどのタイミングで攻撃が来るかを限定することが出来る。
ライトの場合は、遮蔽物に隠れ動きを止めると約2秒後に恐ろしく正確に銃弾が撃ち込まれてくるのだ。
双方のあまりに正確な射撃を逆手に取り、ヤシロはバケモノ2人から辛うじて生き延びることが出来ていた。
ライトの装備するハンター5の投射量には瓦礫を持ち上げ防御し、シドの銃撃は自分の銃で逸らすなどして回避していた。
だが、ヤシロが持ってきた銃は威力重視のせいで連射が利かず、シドは簡単に避けてしまう。ライトの場合は姿すら現さない。
ライトに迫ろうとしてもこちらの動きを正確に把握しているらしく、幾ら走っても距離が縮まる気配がない。さすが相棒以上の索敵能力を持つシーカーだと認めざるを得なかった。
逃げようとしてもピッタリと追跡され、振り切ることが出来ない。移動スピードは向こうの方が上だという事がハッキリと証明された。
その間もシドに意識を割かなければならず、体力的にも精神的にもヤシロは追い詰められていく。
今生き残っていられるのは、このバカみたいな性能の回復薬のお陰だった。
(アイツ等こんなことを毎日やって来たってのか・・・・)
ヤシロは2人の撃破を諦め、ひたすら生き残ることに集中する。回復薬の飲み過ぎで体の感覚が薄れていく中で、勘と経験を頼りにヤシロは戦場を駆け回った。
シド&ライト視点
シドとライトはヤシロだけになった状況で、すでに7分近く追い掛け回している。
一時はヤシロがライトを狙おうと追いかけてきたこともあったが、今ではヤシロは逃げに徹しシドとライトがどれだけ撃ち込んでも決定的な打撃を与えることが出来なかった。
<この人マジかよ!全部避けてくるぞ!>
<凄いね。視覚外からの攻撃をどうやって感知してるんだろ?シドさんと同じかな?>
<恐らくですが、シドとライトの攻撃パターンを読まれているのかと>
イデアはヤシロの動きを観察し、ヤシロが攻撃を回避するカラクリを推測する。
<どういうことだ?>
<シドは隙を正確に狙い、ライトは狙える方向全てから弾丸を当てようとしています。その精度は素晴らしいですが、精度が良いという事は、そのポイントだけに気を遣えば避けられるという事です>
<でも、ボクは避けられたことも考えて撃ち込んでるよ?>
ライトは対シド用の置き弾射撃も行っていた。
<その事もヤシロに読まれていると思います。その為、非殺傷弾では貫通出来ない瓦礫を使用した防御で凌がれています。それに、ヤシロ自身の耐久力もタカヤと同等と思われます。ハンター5の非殺傷弾では一気に複数発叩きこまなければキル判定に持ち込めません>
<なるほど・・・倒す方法はない?>
<シドが電光石火で一気に接近し、至近距離で連射すれば倒せるはずです>
<・・・それはそれで負けた気分になりそうだな>
<そうだね、何としても素の実力で倒したい!>
<なら工夫してみてください。ヤシロも人です。倒す方法はあるかと>
<おっしゃ!>
<行くよ!!>
シドとライトは時間いっぱいまで全力でヤシロを狙い続けるのだった。
戦闘訓練 一本目終了。
ヤシロはたった1人で30分を逃げ切り、何とか撃破を免れたのであった。
終了の合図がシドから出され、ヤシロは集合場所まで帰っていく。ランクは40台になったシドとその相棒であるライトのコンビとは言え、まだワーカー歴1年程度の新人に逃げる事しかできなかった事実に、ヤシロはショックを受けながら集合場所まで戻って来た。
(マジで逃げ回る事しか出来なかった・・・・・俺は鈍ってるのか?・・・いや・・・あの2人は異常だった・・・・それでもこの有様は言い訳のしようが・・・・)
この場にいる中でもっとも高ランクであり、ワーカーに成ったころから天才と言われてきたヤシロは、シドとライトに追い掛け回され逃げる事しか出来なかった自分にも落胆を隠せなかった。
(俺はどんな顔でアイツ等の前に出ればいいんだ?)
集合場所にまで戻ってくると、気絶していた全員が目を覚ましており、ヤシロが戻ってくるのを待っていた。
(・・・・う~ん、戻り辛い・・・)
ヤシロが葛藤していると、ヤシロが帰って来たことに気付いた相棒のレオナが走ってこちらに向かってくる。
「ヤシロ~~~~!!!!」
(・・・レオナ)
昨日は余裕綽々で、参加してみるかと言った手前、レオナと顔を合わせづらい。ヤシロは少し顔をしかめてレオナの方に歩いていった。
しかし、レオナはヤシロと違って、凄く嬉しそうな笑顔を浮かべこちらに向かってくる。
「ヤシロ!!!やったね!!あの2人の攻撃を掻い潜るとか凄いよ!!!」
レオナはあの悪魔2人の攻撃を凌ぎ切った相棒に最大の賛辞を送りながら飛びつく。あまりに嬉しかったのか、一切の手加減なく飛び掛かってきており、受け止めたヤシロは少しよろめくことになった。
「お、おう」
予想と反する相棒の反応に面食らうヤシロ。
レオナの背後を見ると、他のメンバーもこちらに走ってきており、それぞれ興奮している様だった。
「ヤシロさん凄いですよ!シドさんとライトの攻撃を凌ぎ切るなんて!!やっぱりランク45となると俺達とは格が違うな!!」
「ホントに!!凄かったです!!!高ランクハンターの戦い方凄く感動しました!!」
「そうそう!私なんか最後の方手に汗握っちゃったもん!!」
「凄いです!!あの未来を読んでいるかの様な回避方法!どうなってるんですか?!」
「天覇には凄い人が所属してるんだな。俺達も頑張らないとな!!」
「そうね!私もああ成りたい!!」
「高ランクハンターってのはやっぱり凄いんだな!!あの弾幕の中を生き残るなんて!!憧れちまうよ!」
ワーカーではないキサラギですら興奮している様だった。皆は目覚めてからこの場所に戻り、キクチが使用している監視モニターで観戦していた様だ。
リンは皆の勢いに押され、ヤシロに声をかけることが出来ないでいた。
だが、自分が憧れたワーカーの実力はこれだけの人たちに賞賛されるものなのだと実感でき、なんだか誇らしい気持ちでいっぱいだった。
「・・・・・まあ、なんとか生き残れはしたな・・」
ヤシロはなんとかそう言葉を口に出す。
「それが凄いんだよ!!!私たちなんてこの2週間、1対8でほぼ全滅させられてばかりだったんだから!!」
まだヤシロに抱き着いているレオナがそう今までの戦績を言う。
(・・・レオナ・・それはキツイを通り越してないか?)
ヤシロは先日レオナとの通信で聞いた内容にだいぶ齟齬があると思った。
しかし、この中で一番高ランクである体面は守れたのだと安心し、安堵の息を吐き出すのだった。
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