午後の戦闘訓練
ワーカー組の戦闘訓練が開始され、彼らはユキを先頭に岩場の中へ駈け込んでいく。
<いや~、やっぱり動きがいいな。ワーカーとして2年くらいキャリアがあると初心者とはまるで違う>
<そうですね。訓練経験者のタカヤとユキの存在も大きいでしょう。あの時はシドに散々やられましたからね。それよりも、本当に全力で行く気ですか?>
イデアはアリアが全力で戦って欲しいと言い、シドが了承した事を意外に思った。
<ああ、全力でいくぞ。銃はクソザコ銃だけど、本気で狩りに行く>
<承知しました。私のサポートは必要ですか?>
<・・・・・いや、いい。そこまでやると、全力を通り越して卑怯じゃないか?>
<それもそうですね。私は観察に努めます>
そろそろ5分経つ。
シドは彼らの気配がする方へ全力で駆けだした。
ワーカー組視点
ユキを先頭に岩場の中を駆け抜けていく7人。
全員がユキの情報収集機とリンクさせた情報端末でやり取りを行えるように準備し、戦闘時の連絡がとれるようにしていた。
「ねえ、結構来たけどまだ奥に入るの?」
移動開始からそろそろ5分経つが、かなり奥まで入ってきている。普通ここまで来れば、たった一人でこの集団を岩場の中で見つけるのは困難なはずだ。
「ダメです。このまま突き進んで、合図したらミリーさん達は全力で逃げてください」
このやり取りは、肩の部分に取り付けられた情報端末から視界に入る様に表示されるホログラムに表示され、声を出さずにやり取りできるようになっていた。
5人はシドが強いことは理解しているが、ここまで離れたら訓練にならないのでは?と考え始める。
7人が出発してから5分が経ち、いよいよシドが行動を開始する。
「!!!動きました!!」
ユキが全員が装着しているコンタクト型ディスプレイにマップを表示すると、シドを表すマークが信じられないスピードで、正確に自分たちの方向に向かって来ていた。
「ちょっと!!!なにこのスピード!!!!」
アリアはあまりの驚きに声を上げてしまう。
「声出すな!!音を出すとモンスターより正確に追いかけてくるぞ!」
タカヤが強めの注意を発し、ユキは移動スピードを速めていく。
足音は極力殺し、間違っても瓦礫の山に当たって崩れさせることの無いように進んでいく。
右に左にとコースを変えていくが、シドのマークは正確に自分たちを追跡してきていた。
「ダメだなこりゃ。戦闘組、正気を保てよ」
タカヤは気合を入れろでは無く、正気を保てと言ってくる。
アリアとラインハルトは無意識に生唾を飲み込み、手に持つ銃を力強く握りしめた。
「今です!散開!!!」
ユキが合図を出し、アズミ・ミリー・キサラギがそれぞれ違う方向に全速力で散っていった。
シド視点
<お?3人が別方向に散ったな>
<ユキの作戦でしょう。4人でシドを迎え撃つ様です>
<なるほどな。なら、最初はアリアとラインハルトからだな>
シドは狙いを定め、強く地面を蹴りターゲットに向かって跳躍していく。
4人の気配を感じ、全員が瓦礫や岩陰に隠れシドを狙おうとしているようだが、アリアの位置が悪い。
シドは瓦礫を飛び越え、アリアが隠れている場所まで到達すると、アリアは遮蔽物から身を出し、シドに銃弾を放ってくる。
<なかなか正確な射撃だな>
<遺跡の時も動きは正確でしたからね>
シドは足元にシールドを発生させ、宙を蹴り一気に地面まで降りることでアリアの弾丸を回避する。
地面に降りるまでの間に両手に持った銃から3発の弾丸を発射し、アリアの心臓・鳩尾・胃の3か所に打ち込んでいく。
地面に足が付くと、すぐにラインハルトの方へ走り出しこちらを驚愕の表情で見ていた彼の額に2発の銃弾を撃ち込んだ。
この間1秒に足るかどうかの時間で銃弾を撃ち込まれた2人は、その衝撃で吹き飛び、瓦礫の山と岩山に叩きつけられる。
<おし、2人キルっと>
アリアとラインハルトを気絶させたシドは、他の3人を狙うため移動しようとするが、タカヤとユキの銃撃が飛んでくる。
タカヤが両手に持つアサルトライフルを乱射し、ユキがシドが避けられないと思う箇所に正確に銃弾を置いてくる。
<おお~、二人とも上手くなったな!>
<そうですね。以前のシドなら数発は被弾していたでしょう>
<はは!そうだな>
シドはあの時よりさらに成長している二人に嬉しくなる。だが、自分もあの時のままでは無い。
電光石火を発動させ、二人では認識できないスピードで弾幕をすり抜けて一番遠く逃げているミリーを先に仕留めることにした。
(じゃーな、二人とも。すぐ戻ってくるからよ)
それから5分も経たないうちに全滅。
タカヤとユキは気絶自体はしなかったが、あの時のライトばりにボコボコにされて動けなくなった所で、1回目の戦闘訓練が終了する。
全員岩場の外に運ばれ、口の中に回復薬を突っ込まれて回復させられていた。
「さて、一回目の反省点。4人で俺を足止めして、3人は別方向に逃げるって作戦は良かったと思う。個々の評価だけど、まずアリア、お前は待機してた場所が悪い。完全に孤立してて他の3人がフォロー出来ない場所に陣取ったのはまずかったな、次はその辺りも考えてみてくれ」
シドにそう言われ、まだ痛む腹部を抑えながら悔しそうに頷く。
「次にラインハルト。お前の場合は驚きで固まってたのが話にならない。俺が真っすぐに突っ込んで行ったのに一発も撃てなかったのは明らかに失敗だった」
ラインハルトは、真剣な表情で頷く。
「で、逃亡組の3人なんだけど、全力で走るのはいいけど、足音が大きすぎる。感度のいいモンスターなら確実に追跡されるからその辺りを意識して訓練してくれ」
「「「・・・・・・わかった」」」
「最後にタカヤとユキだな。射撃の精度と連携は流石だった。でも、2人が離れて戦うより、纏まって戦った方が良い様に感じたぞ。その辺を考えてみてくれ」
「「わかった」」
「んじゃ15分休憩な。レーションで栄養補給がしたいなら車に積んであるから好きに食ってくれよ」
シドはそういいながらユキ達から離れていく。
「・・・・・・ねえ、あいつなんなの?」
「バケモノだって言ったろ?」
思わずといった感じで呟くアリアにタカヤが返事を返す。
「彼・・・空中で急降下しなかった?」
ラインハルトは自分が見たシドの動きが信じられず、固まってしまったのだった。
「シドさんはエネルギーシールドを足元に発生させて、それを足場に空中でも移動できるらしいですよ」
ユキがシドの空中移動の原理を説明したが、全員が納得できないといった表情を浮かべる。
「なにそれ?聞いたこと無いんだけど・・・・」
「俺もだ、レイブンワークスの高ランクハンターでもそんな事が出来る人はいないと思うんだけど・・・」
「私たちも聞いたこと無いわね・・・・ミリーはどう?」
「私もない」
「・・・・・・・どうなってんだ?一体?」
キサラギは、ワーカー達が戸惑いを隠せない存在になっているシドに戸惑いを隠せない。
「すっげー練習したって胸張ってたよな」
「そうだね。信じられないですけど、実際にやってますんで。そういうものだと思うしかないかな?」
タカヤとユキはシドの異常性に驚き慣れている為、もう深くは考えない様になっていた。
「今日は、とりあえずあの理不尽な動きに慣れることからだな。あとは対応できるように思考スピードの強化と身体能力の強化と、ヤバイ!って感じる感覚を身に着ける事がこの訓練のキモだと俺は思う」
「そうだね、次からはさっきみたいな手も足も出ないスピードでは来ないと思うから徐々に慣れていきましょう」
タカヤとユキはそういい、追加の回復薬を飲み込んで次の作戦を立て始める。
他の5人、特にワーカーとして活動してきた4人は、シドの常識外れ具合に言葉を失うのだった。
それから数時間。
7人は幾度となくシドに蹴散らされ、夕日が地平線の向こうに隠れそうになるころには、身動きが取れない程疲弊し全員が地面に倒れていた。
ワーカーではないキサラギは当然の様に気絶している。
休憩のたびに飲んだ回復薬のお陰で、体の負傷は回復しているが、幾ら高性能とは言え回復力にも限界がある。
限界を超えて酷使した体は痙攣し、これ以上動けば死ぬぞと動くことを体が拒否する。
「よし、今日の訓練はここまで、あとは宿に帰って飯だ!」
シドはそう宣言するが、体が動かない。
車まで移動するだけの体力も気力も尽き果てていた。
「・・・仕方ないな」
シドはそういうと、全員を担ぎ車まで搬送していく。女性陣は男性のシドに持ち上げられるのは抵抗があるかと思われたが、そんなことを考える余裕も無いほどに疲れ切っていた。
全員を車に放り込むと、ライトが話しかけてくる。
「シドさん、お疲れ様。どうだった?そっちは」
「おう、おつかれさん。まあ、初日だからな。こんなもんだろ、キサラギに関しては良く最後まで持ったよ、ほんと」
「そっか、こっちは途中で7人抜けたよ。まあ、仕方ないかな?でもスラムのみんなはやり切ったね。ハングリー精神の違いかな?」
「へ~、やるな。ドーマファミリーの構成員も」
2人が話していると、帰還準備を終わらせたキクチがやってきて、2人に声をかけてくる。
「・・・・おつかれ。この訓練はずっとこんな調子か?」
「ああ、おつかれさまです。ん~、みんなの強化度合いに合わせて少しずつレベルアップさせていく感じですね。最初の一週間はこのままの予定ですけど」
ライトのまだ訓練強度が上がっていくとの発言に、キクチは盛大に顔を引きつらせる。
「そ・・・そうか、あれ以上厳しくなるのか?」
「そうですね。ボクの方は今のコースを50kgのバックパックを背負って2往復が出来るくらいにはなってもらいたいですし、戦闘でもボクに一撃くらいは当てられる様になって欲しいです」
「俺の方は徐々にレベルを上げて行って、もう少し、戦闘勘と危機察知能力を磨いてもらう感じだな」
「・・・・・なるほどな。まあ死人が出ない様にしてくれれば問題ない」
「はい、心肺停止くらいなら蘇生出来ますから」
「おう、任せろ」<イデアにな>
<はい、お任せください>
キクチはそんな事になる前に止めろと言いたいが、訓練内容に口は出さないといった手前、なんとかその言葉を飲み込む。
「よし、全員の収容は終わったな。宿まで行ったらいいんだろ?」
「ああ、よろしく頼む」
本日の訓練は終了し、動けなくなったり気絶している者達を全員載せて大型車は宿に向かって走っていく。
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